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心が育つとき

琉花「ロミちゃん、相談した結果わたしたちもお手伝いしようと思って」
ロミ「え、なんのこと?」
沙世「ツリーにぶら下げる小袋編むの手伝いたいの」
ロミ「え、あ、それ、ね」


ある日の夜、夕食が終わって片付けしているときに私が洗った食器を拭きながら琉花と沙世が話しかけてきた。
琉花も沙世も中3の女子。中3といってももう私とあまり変わらない体格で施設ではすっかりリーダーとなっている。


沙世「ロミちゃんが毎晩遅くまで編み物しているの知ってるの」
琉花「それって25日に起きたらツリーにぶら下がってる小袋でしょ、知ってるよ」
ロミ「あはは、サプライズになんないじゃない」
沙世「うん、でも知ってても朝起きるの楽しみだしわくわくするよ」
琉花「それに、私たちもみんなが喜ぶのを喜びたいの。あ、意味通じてるかなぁ」
ロミ「そっかぁ、バレてたら仕方ないわね。じゃあ手伝ってもわおうかな」


編み物はこの春から女子中心にワークショップを開いて基本はやったけど。
家族のいる中3女子なら、欲しいものがいっぱいあってもらう側のことしか考えてないんじゃないかな、普通は。


琉花「やったぁ!」
沙世「ロミちゃんよりも早くて上手いかも」
ロミ「こらぁ~、そんなこと言うのは十年早いわ」


施設では毎年、クリスマスに一人一人のプレゼントを用意して24日の夜中にツリーにぶら下げておくのが習わしになっていた。
今年から施設でお手伝いを始めた私は、その習わしを知りこれまで紙袋だったのを毛糸で編んだ小物入れにしようとスタッフに提案し今年はそれが採用された。小袋は手のひらと同じくらいのサイズで編み方や色を変えて全員分違うデザインにしようと思ってる。
その小袋には、手作りのクッキーを3個と翌年の占いとして一人一人へメッセージを書いたカードも入れることになっている。


琉花「ロミちゃんはおもいっきり美味しいクッキーを焼いてください。私たちは可愛い小袋を編むから」
ロミ「あれ、なんか私が編んだ小袋が可愛くないみたいな言い方ぁ」
沙世「ジェネレーションギャップ、ってやつ(笑)」
ロミ「まぁ、そこまで言うなら楽しみにしてるね、おもいっり可愛い小袋編んでね!」
沙世「まーかーせーてー」


占いカードのことは言ってないからこれはサプライズになるかな、と内心自分もわくわくしてることをおくびにも出さず、彼女たちに気持ちよくお手伝いしてもらうことにした。
食器の片付けも終わりすっかり冷えたキッチンのテーブルで一息、家から持ってきたお茶を飲むひと時がとても心地がいい。彼女たちとお茶を飲んでいる時、私は仕事のことも過去のことも忘れ今に向き合えるニュートラルな心境になれる。


沙世「今日のお茶はなんですか?」
ロミ「ルイボスティーだよ。ルイボスという花の葉を乾燥させて茶葉にしてあるの、カフェインないしこんな時間に飲んでも大丈夫よ、どう、美味しい?」
琉花「見た目はなんか赤いからきつそうに感じたけど飲んだらほんのり甘くて広大な大地を感じますねー」
ロミ「食レポみたい」
沙世「琉花はアナウンサー志望だから」
琉花「ちがうちがう、そんなんなれっこないって。いいなとは思うけど無理無理ぃ」
ロミ「そうなの?いいじゃない!琉花ならなれるって、絶対に」
琉花「うん、一応の夢、ね」
沙世「琉花は音読してるんだよ、昼休みとか誰もいない校舎の裏とかで」
琉花「もー、あまり言わないでよー、恥ずかしいわぁ」
ロミ「努力するってことは、その成果だけじゃなくて過程もとても自分にプラスになるんだよ」
琉花「まだ噛むことあるし、抑揚が変だから、、、」
沙世「噛むって、お笑い芸人さんみたい(笑)」
琉花「噛んでも特集でNG集やってくれて可愛いって言ってもらえるもん」
ロミ「それ、いい!NG集録画して何回も観るから(笑)」
沙世「もうユーチューバーになろうよ、よく噛むアナウンサー琉花ちゃんってチャンネル作って(笑)」
みんなでクスクスと笑った。


夢の話はよくしてる。私自身の夢の話もしてるし、それに向かって努力していることも。子供たちに伝えたかったことは、夢の内容じゃなく自分で考えて大きな課題とそれにつながる小さな課題を作って、一つ一つチャレンジしていくことを。
こんな心地よい時間もあっという間に過ぎてのんびりしていると彼女たちの自由時間が残り少なくなる。


ロミ「そろそろ帰るね、小袋は明日材料持ってくるから」
沙世「ありがとう、ろみちゃん。楽しみが増えた!」
琉花「二人でやれば今週中に終わっちゃうね」
ロミ「ありがとう、心強いよ、お二人さん」


中学男子は広間で小学生の宿題を見ている。先生の物まねをしながら、子供たちからは「似てない~」とかヤジが飛び交い楽しそうにやっている。
ある時中学男子に「人に教える」じゃなくて「人を導く」んだよ、と言うと神妙な顔をして考え込んでた。まだ意味を理解していないと思うけど彼らなりにトライ&エラーをしながらも自分のものにしてくれるだろう、と楽天家の私は広間を横目に見ながら勝手口から外に出た。
一気に冷たい空気が顔をピリッと突き刺す。もうすぐ1月かぁ、あれから何年かなぁ、去年は慰霊祭に参加せず海外に飛び出したけど、今年はそうもいかないだろうな。


沙世「ロミちゃん、忘れ物」
走って勝手口から出てきた彼女が差し出したのは毛糸の手袋だった。
ロミ「あ、それ私のじゃないよ」
沙世「ううん、ロミちゃんのだよ」
ロミ「違うって、私の手袋はこれよ」
カバンからカラー軍手を出して彼女に見せた。
沙世「知ってる。ロミちゃんがカラー軍手しているのを。これは私と琉花で編んだの。私は右で琉花は左。ちゃんと裏地もあるから軍手よりも暖かいし、小袋編むの手伝うと決めたから琉花と二人で編み物の練習がてらに作ったの。だから」


小袋編むよりよっぽど難しいししかも裏地までついてるなんて。


ロミ「もしかしてクリスマスプレゼント?」
既に涙腺決壊寸前の私はかろうじて言葉を発した。
沙世「まだクリスマスプレゼントには早いからそうじゃなくて、寒くなってもロミちゃん自転車で来てくれてるから一日でも早い方がいいかなって」
ロミ「う、」
沙世「カラー軍手はお庭掃除の期にでも使えるから、通勤にはこれを使って、ね」
ロミ「ありがとう、ほんと、ありがとう」


そんなこと言ったかな、ちゃんと言葉になったかどうか、あまり覚えてないけど気が付いたら猛スピードでペダルをこいでた。


相変わらず顔の表面はピリピリするけど、なんか全身ポカポカしていて、もちろん手も全く冷たくないし、このままどこまでも走っていけそうだし、スピードを上げて空も飛べるかな。
 
人の喜ぶところを自分の喜びにしたい。
 
彼女たちの申し出の根底にあったこと。