【モノガケラ】彼が依頼を受けるまで【掌編】

時刻は午前0時20分。

この時間の地下駐車場は車や人の行き来がほぼなく、あまりに静かだった。そんな中でまばらに止まっている自動車の内の一台。黒いワンボックスの車内ではクラシックの音が飛び交い、運転席にいる灰色のパーカーを着た男が目を閉じて背もたれに身を委ねている。

しばらくすると、コンコンと助手席側の窓がノックされた。その向こうにはメガネをかけたスーツ姿の男がいる。音楽を止めて助手席側のドアのロックをはずすと、スーツの男がそのまま乗り込み助手席に座った。


「仕事の依頼だ」


車に乗ってすぐに口を開くと、スーツの男は懐から一枚の写真を取り出した。手に取ってよく見てみると20代半ばの青年が写っている。


「名前は須藤真人すどうまさと。今、世間を賑わせている連続殺人事件の犯人で、警察から指名手配されたばかりだ。コイツが警察に捕まる前に見つけ出して殺す………これが今回の依頼だ」


依頼の内容を伝えるその声は事務的で感情の抑揚がない。説明を受ける彼の頭の中にはちょっとした疑問が浮かんだ。彼が今までに引き受けてきた仕事の依頼は3桁に及ぶ。その全てと比べても今回の仕事は類を見ないものであり、警察がある種の競合相手になっているのも彼には初めての経験だった。


(待てよ。たしか例の事件の被害者はみんな10代後半の女の子だったか………)


今回の依頼の裏側にあるものが見えてきそうになったところで、彼は脳裏にある疑問を振り払った。殺し屋には依頼者の事情など関係ない。依頼を受け、仕事をこなし、報酬を受け取る……その流れさえあれば良い。詮索はただ自分の寿命を二つの意味で縮めるだけだ。


「了解ーーーと言いたいところだけど、今回はかなり骨が折れそうなんでできればもう少し色をつけてもらえると嬉c」


そう言いかけたところで、スーツの男から鋭利な目線が向けられた。今回の仕事は標的の所在が不明な上にとても厄介な競合相手がいる。いつも通りの料金だと割に合わないと思う彼に向けられた目線はあまりに鋭い。そこで彼は改めて認識した。この男が自分と同じ、裏の世界の人間だということを。


「ーーーもちろんだ。お前の手腕は俺も認めている。ただ今回は状況が状況だからな。働きに応じて報酬の増額はするつもりだ」


男は視線を下げ、彼の発言に対し同意の言葉を送った。


「あーなるほど。最初から色々乗っかってるわけではないと」


男の目がより鋭さを持ったところで彼は言葉を慎む。


「分かりました。お引き受けしますよ」


言葉では色々と言いながらも、この男はお得意様であるため、彼の中に拒否という言葉など最初からなかった。


「期待しているぞ」


男は車を降りてそのまま歩いて消えていった。

見送った後、先ほどとは違うクラシックの曲をかけ、また背もたれにもたれかかって今回の仕事のプランを練り始める。数十分後、頭の中でまとまってきたところでスマホを手に取り友人の一人に電話をかける。