無名の土地への入口
2019年(2年前)の夏、東京都現代美術館で「ひろがる地図」という展示があった。
現実には存在しない空想の街地図、近所に暮らす人たちの日常が可視化された地図、そして何よりも面白かったのが、藤原ちからさんの「演劇クエスト」だった。
美術館の館内からクエストは始まり、その世界はオール江東区に広がる。当然1日ではコンプリートできず、何度か江東区に通うこととなった。
懐かしい。2年前だ。
そしてもう一枚、わたしは美術館で紙をもらった。
「無名の土地への入口」への道、と題された一枚の紙である。
裏には001番から133番までの詳細なミッションが羅列されている。
001 「現代美術館前」の信号をスタートし、北へ進む
002 「菊川駅前」の信号を渡ってから右折
…
といった具合に、133まで指示された通りの道を行き、最後には現代美術館に帰ってくるというクエストである。
実はこれはGPSアートで、GPSアプリを起動させながらこの道を行くと、そのアプリに何かしらのアートが出来上がるという仕組みだという。
面白そうと思ったものの、「演劇クエスト」で何度も江東区に通った後、それにまでチャレンジする時間と余力が生み出せなかった。
そうこう言っている間に2年が経った。
別件で江東区まで行く用があり、それならばと、このGPSアートにもチャレンジしようと思った。忘れていたわけではなく、いつか機会があれば是非やってみようと、紙も大切に取っておいたのだ。
とりあえず、江東区までもジョグで行く。
築地経由が近いけれど、今回は天気も良かったので、レインボーブリッジを渡って、豊洲から北上した。
一つ用事を終わらせてから、現代美術館へと向かい、隣の木場公園にあるベンチに腰掛け、その紙を開いた。改めてGPSアプリを起動させる。途中で電池切れにならないよう、予備のバッテリーも持ってきた。
001のミッション、まずは「現代美術館前」の信号をスタートし、北へ進むだ。
指示通りの道を走る。地元ではないので土地勘も少ない。東西南北、途中どちらに向かっているのかも把握できなかったり、それでも言われた通りにそこへ行くと、確かにその道があるので面白い。知らない場所なのに、指示書に案内されつつ確かに私は道を進んでいる。
恥ずかしかったのは、スイッチバック指示だ。
027 1つ目の交差点まで来たら、回れ右して来た道へとスイッチバック
回れ右!
相当、恥ずかしい。周りから見たら、まるで道に迷っているおばさんだ。しかもランニングの格好をして、手に紙を持っている。引き返している!
このようなスイッチバックの指示はその後も何度か出現した。
スイッチバック地点までは走っていき、何事もなかったようにゆっくり戻るという、はっきり言ってどうでもいい自分フォロー。
そして、2年前の指示書にはもう一つ難題が隠されていた。
2年の間に、指示書にある都営アパートが解体されていたのだ。
038 左手アパートの2棟目の奥の道へと左折(アパート敷地内へ)
アパート、ない。。。。
仕方ないので、指示書の次の番号をたどって、どこに向かっているのかを想像する。なんとなく移動して、どうにか044で元の道に戻って来た。
(なので、その辺はきっと本来のアートとは違う動線をたどってしまったと思われる)
途中面白い景色にもいくつか出会った。
暗渠の上に鉄橋、の上に首都高。
ゆかいなシンメトリー。
白いヤエザクロ。
架け替え中の橋脚。
さて、最終的な距離は20.59km、結局5時間近く江東区の中をふらふらしていた。そして出来上がったGPSアートがこれだ。
…
なんじゃこりゃ
私は無数のクエスチョンマークを頭に浮かべながら、帰路に着いた。
そう、私は2年もこの紙を温めていたにもかかわらず、元ネタが何かを調べようとはしなかったのだ。
紙をよくよく読んでみると、このように書かれてあった。
ー指示書にしたがって歩くと、軌跡が「無名の土地への入口」になります。ー
「無名の土地への入口」とはなんぞや???
そこでようやく検索する。
出て来た答えはこれだった。
東京都現代美術館に所蔵されている、ナイジェル・ホールという作者が制作した現代アート「無名の土地への入口」。
これかーーーーーい
なるほどー。
どうやら私は、この作品を見るために、また江東区へ行かなければならないようです。
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