タクシー譚(抄)(河野咲子のマイクロダイアリー7月1日)
改札を出て、駅の階段を降りてゆくとなめらかすぎるロータリーが目に入る。深夜、ここから中心街のホテルに行くまでの電車もバスも走っていないことを知ったのは新幹線の終電に乗ったあとのことだった。
たった一台のタクシーがロータリーに泊まっていたのでそれを逃すまいと早足で近づいてゆくと、さほど近づいてもいないうちにタクシーの扉がぱかりと開いた。なおも近づいてゆきながらわたしはホテルの名前が思い出せないでいた。首尾よくひらいた扉からまずは車内にすべりこみ、間を持たせるために「ホテルに行きたいのですが」と言ったら当たり前のように「どのホテルですか」ときかれた。「ちょっと待ってくださいね……」と言いながらスマホをひらいて名前を確認し、告げると、「はい、◯◯ホテルね」と運転手が復唱するなりタクシーはあまりになめらかに発進した。
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