サビアンシンボルでアカシックリーディングする(46)20211130

サビアンシンボルでアカシックリーディングする(46)

2021年11月22日から書き始める

いて座26度から、うお座26度まで書く。

集合の代表

 いて座26度A flag-bearer.[旗手]は、26度が上から降りてくるものを受け止めるということでは、やはり26度的なシンボルだ。上から降りるには、降りる地点を明確にしておかなくてはならない。それは特定の時間、空間のポイントで、フラグが立てられている。下の次元に降りるというのは、この時空の限定をしてゆくことそのものを示し、そのピンポイントに、上のコスモスからの通路ができるということだったのだ。
 このフラグは、しばしば思想・記号性ということでもある。すると、それに型共鳴したものが、大宇宙の中から、下にあるものをミツエシロにして重なってくる。無数にあるコスモスの中で、特定のところが浮き彫りになるという点で、型共鳴世界においては、受け止める側が出した型のとおりに、上に虹の階段が登場してくるという説明をしていたが、この型共鳴という点で、上コスモスから下コスモスに降下してくるコースは秩序があり、型共鳴があまり精密でないという場合に、この通路に乱れがあったり、ノイズが入ったりするということでもある。
 旗手という言葉は、戦いの時に、どこに所属した軍かを示す印ともいえるし、また団体が運動する時に、その団体の主旨を持って歩く人ということでもある。

 いて座は運動感覚で、筋肉の運動なども示すと思う。上から降りてきたものと、下の受け止め手の2点間に筋肉が作られたかのようで、そこに強いテンションが発生する。これは強い気力とか、意志、運動を貫く力を与えるのではないか。
 芸術の分野でも、その先頭に立って活躍する人を旗手と言うが、絵画の大型本のタイトルに「キリコ、ダリ。シュールレアリズムの旗手」と書かれているものもある。
 こうしたラベリングをされた人は、シュールレアリズム全体を牽引しなくてはならないので、無気力に生きるわけにはいかないし、戦闘力も強いと思うが、この牽引力は、シュールレアリズム活動の全体から(集合意識)力を得ていることもある。近代自我の時代以後、神は死んだのだから、活動エネルギィは上位コスモスからもたらされるという考えはなくなり、社会の中にある人々から、横から持ち込まれると思われる。でも、正しくは、この集団の中の代表者に、型共鳴で、同じアーキタイプのものが、上位コスモスから降りてくるということだ。横の集団からと、上からと、どう違うのかというと、集団によるエネルギィのチャージは、活動の推進力がなく、むしろ、創作力としては後退させる性質があることは否めない。新しい着想、発見力は、上から来たものによるしかない。
 そしてこの新しい推進力を持っている人は、たいてい横の人々とは距離を持つのではないか。この距離感はみな同じというわけではない。横の仲間と密な関係が続くと、創作力は失われていくことが多いのではないか。これはトリトコスモスでの様々な出来事とか話題が増えるにつれて、比率的に、上位のメゾコスモス、デュートロコスモス、マクロコスモスの比率が減るということも原因のひとつだ。

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