サビアンシンボルでアカシックリーディングする(16) 20210331

サビアンシンボルでアカシックリーディングする(16)

2021年3月22日から書き始め

 本書のシリーズは書名にアカシックリーディングという言葉が入っているので、いつもサビアンシンボルとアカシックレコードの話題は入れたい。随分に長くシリーズを続けているが、飽きると違うタイトルにするつもり。でもこのタイトルに飽きていないのは、まだしゃぶり尽くしていないところがある、ということだ。

記憶にはまずは意味を与えるものが前提

 アカシックレコードについて最初の説明で書いていた内容とは、アカーシャのタットワすなわち第五元素に記録されたデータベースのようなものだということだった。アカーシャのタットワは四元素に分解されて時間と空間を生成する。時間も空間も、断片的なものの連続で成り立つ。
 だから、まだ時間と空間に分解されていない第五元素においては、そこにあるデータは時空の栄枯盛衰から免れており、データは消えないということだ。「絶対にか?」というと絶対ではない。ある特定のコスモスにおいての時空の範囲に対して超越的であり「不死である」ということで、より大きな範囲の時空枠の中では、ゆっくりと変形していくと思う。階層宇宙の考え方を取り入れると、下に対して上は絶対の位置にあるというような構造なので、アカシックレコードの仕組みについても、これは階層的に存在するという見解をとりいれたほうが自然だ。
 第五元素に記録されているというのは、人のトリトコスモスや惑星のメゾコスモス界あたりで通用する概念だと思ってもいいし、むしろより高次の第五元素もあるのだと考えたほうがいいのかもしれない。

 で、記憶、データなどというものは、それに意味を与える軸と、意味を与えられた質量性の関係の上で成り立つもので、意味を与えるものが意味を与えている限りにおいて存続可能だ。だから、意識状態が変わると、ごっそりと記憶も変わると常々説明している。ここでは意識というものが意味を与える作用だということだ。少しでも座る場所を変えると記憶がかならず変化するし、それまで知らなかったものが出てくる。思い出す都度、再構築するので、前に思い出した時と内容が微妙に変わっているということもある。

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