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幻覚の原因

拙著「前世物語」から・・・

  幻覚
 十九世紀の初頭のイギリスに、アンドリゲスという騎士がいました。いつも黒い革の靴に紅い刺繍のある靴下、薄茶色の半ズボンに青いベスト、茶色の革の手袋につばの広い帽子というナイトの姿で馬に乗っていました。剣の腕前が素晴らしく、国王の信頼も厚く、町の人々からも敬愛されていました。
 二十五歳になって、アンドリゲスは悪夢を見るようになりました。
 いつも暗い闇の中に古いお城が浮かんできます。彼は城壁の上から遠くを見ています。何かがやって来ます。敵の大軍でした。しかし彼には何もなす術すべがありませんでした。それは十三世紀の戦いで、彼が三十歳の時の記憶でした。彼は城壁の上で決心しました。
「やはり戦わなくてはいけない。とにかく自分だけでも防がなくては」
 彼は城の中庭へ降りて行きました。すでに敵が侵入して戦いが始まっていました。もう間に合いません。彼は奮戦しましたが首を刎はねられました。
 古い悪夢が黒雲のようにアンドリゲスの心を厚く覆い隠していきました。
「また、敵が攻めてくるぞ」
 古い悪夢が彼とともに町へ歩き出しました。
 アンドリゲスは次第に疲れやすくなりました。原因は彼にもよくわかりません。ただ身体が重くてイライラします。黒髪の妻が怒って彼に言いました。
「あなたは怠け者よ」
 彼は小さな息子のピーターに八つ当たりしました。妻は息子をかばいながら彼を罵ののしりました。
「これは本当の自分じゃないんだ」
 彼はそう思いながら馬をとばして走り去りました。
 ある日、アンドリゲスはイライラしながら罪人を取り調べていました。壁に手足を繋つながれた罪人を拷問しています。
「敵のスパイに違いない」
 彼は確信していました。罪人はもう死にかけていました。彼は国王に進言しました。
「こいつは悪人ですから、もっと痛めつけてやりましょう」
 罪人は叫びました。
「私はやっていません!」
 彼は殴りながら言いました。
「そんなはずはないんだ!」
 国王の許可を得た彼はその罪人をなぶり殺しました。
 アンドリゲスは城を出て町を悠然と歩いていました。突然、後ろから誰かに殴られました。彼の剣が反射的に抜かれます。彼は女を突き殺していました。それ以来、町の人々は彼をとても恐れました。
 ある夜、アンドリゲスは悪夢の終わりを見ました。いつもの城で敵と戦うために彼は中庭へ駆け降りて行きました。でもそこには敵はいませんでした。彼は町の人々に取り囲まれました。いつもアンドリゲスに敬愛の眼差まなざしを向けてくれていた人々です。彼は気づきました。
「これはオレの思い過ごしだったんだ。オレの独りよがりだったんだ」
 町の人々が彼に石を投げ始めました。
「違うじゃないか!」
 町の人々の叫び声が聞こえてきます。彼は袋叩きにされました。人々の信頼が彼の血とともに滴り落ちて、彼の夢を赤黒く染めていきました。
 二十七歳のある日、アンドリゲスは牧草地の大きな木の下に馬を休めていました。これから彼は決闘へ行くのです。彼の心は不安でいっぱいでした。なかなか踏ん切りがつきません。家族のことも気がかりでした。
 彼は想いを振り切るように馬に乗って走り出しました。町外れの草むらで誰かが彼を待っていました。シルクハットにステッキ姿の貴族の男、ロドリゲスとその妻ルーシーたちでした。ロドリゲスは「今の父親」です。アンドリゲスとルーシーの夫は言い争いを始めました。
「お前が妻を苦しめたんだ!」
 ルーシーの悲しそうな緑の視線を感じました。アンドリゲスは思いました。
「ルーシーは結婚しているのにオレが好きになってしまったんだ」
 突然、ロドリゲスが銃を構えました。アンドリゲスは剣を抜きました。
「頭を撃たれそうだ」
 アンドリゲスは倒れました。赤黒い血が草むらを染めていきました。
 先生はアンドリゲスの魂に尋ねました。
「身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
 彼の魂が答えました。
「バカなことをしたなぁ。すごく独りよがりでした」
「次の人生はどうしようと思いましたか?」
「もっと人の話を良く聞いて優しくしないといけない、と思いました。強かったからその強さに奢ってしまっていて、人の気持ちがわからなくなっていました」
「あなたのまわりに何か存在を感じますか?」
「何かがいるような感じです」
「それは何と言ってますか?」
「それは必然でした。あなたはもっと学ばなければいけません」
 先生はアンドリゲスの魂を高みへと導きました。そして彼の人生を振り返るように促しました。
「自分は本当は人のためになりたい、と思っていたのに出来ませんでした。後悔しています」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてアンドリゲスの人生と、今、生きている人生を見比べてもらいました。
「すごく家族に迷惑をかけていました。よくわからないけれど、すごく苦しい感じがあります。・・・
あまりにも気ままな感じで生きてたので、今度は『しんどい』というのを経験しないといけないのです。なかなか簡単には報われないことです。そうじゃないとわからないことです。前の人生では私は器用で何でもすぐに出来ていましたから」
 先生はさらに高みへと導きます。そこにはほのかな光がありました。彼の魂が言いました。
「光の中はとても楽です。すっごく楽です。すごく優しい表情でドレスを着ている女の人がいます」
 先生はその女の人に聞きました。
「今回の私の人生で、疲れやすい理由は何ですか?」
 彼女は微笑みながら答えました。
「あなたが頑張れるためです。そうでないと、あなたはなかなか気づかないでしょう。でもそうやって頑張ればきっとわかりますよ」
「なぜ今は器用じゃないのですか?」
「能力のない人の気持ちをわかるためです。たやすく身につくとわからなくなるからです」
「どうしたらこの疲れやすさは治るのでしょうか?」
「もっと他の人に優しくしなさい」
「どうして今回はこんなに身体が弱いのですか?」
 女の人が答えました。
「悪いものを食べたのです。身体に良くないものをたくさん食べました」
「例えば?」
「おいしそうなキノコ。でも毒が入っていました」
「どこで食べたのですか?」
「アンドリゲスの時です。そのキノコを食べたらすごくうまくいく、と思っていたのです」
「この身体の弱さから私は何を学ぶのですか?」
「身体が弱くてうまくいかない人たちの気持ちがわかるようにです」
「なぜ私は何度も生まれ変わっているのですか?」
「あなたには使命があります」
 先生は尋ねました。
「それは何ですか?」
「スピリチュアルなものをしっかりと伝えないといけません。でも、アンドリゲスの人生で何もしませんでした。あなたはずっとそういうことに関わってきましたが、あの人生では何もしませんでした。だから今回の人生でそれを精算する必要があるのです」
「私は今まで何回生まれ変わりましたか?」
「八十七回です」
「私は今の父をなぜ選んだのですか?」
「どうしてもわからない人を説得できるようになるためです。わかる人ばかりの中にいてもダメなのです」
「どのようにして私はこの両親を選んだのですか? どのような仕組みなのですか?」
 女の人がお母さんの声で答えました。
「あなたは今回、あなたを撃ち殺した男のもとに生まれなければなりませんでした。だから私はあの人
と結婚したのです」
「今の私の人生はここまで順調ですか?」
 女の人が答えました。
「計画通りですね」
「この人生の計画を立てたのは誰ですか?」
「あなたでしょう」
 先生は尋ねました。
「ところで、あなたはどなたですか?」
「微笑んでいます。大いなる存在だそうです」
「あなたも私を応援してくれますか?」
「あなたが気づかないだけで、ずっと応援してるのですよ」
「どうしたら気づけるのですか?」
「夜、ゆっくりと瞑想してごらんなさい。そうしたらわかりますよ」
「最後に何かメッセージがありますか?」
「まだまだ素晴らしい出会いが待っていますよ。出会いを大切にしなさいね」


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