尿療法1

チベット尿診

チベット医学 尿診  イェシュー・ドゥンデン著
 人が鏡を覗き込んで自らの姿を見いだすように、医師もまた患者の尿を診て、患者の病を見てとります。
 尿診は通常四つのタイプの分けられます。「大きな病気をかかえていない普通の人の尿」「病人の尿」「死にかかっている人の尿」「鬼神に冒された人の尿」。

尿診の準備
 翌朝、尿診を受ける場合、患者は前夜から守らなくてはならないことがあります。濃いお茶を飲まないこと、ヨーグルトをとりすぎないこと、ビールを含めアルコール類を一切とらないこと。こうしたものを摂取すると、尿の色などに影響を与え、正しい診断が妨げられるからです。
 また尿診の前夜に水分をまったくとらず、翌朝喉がからからに渇いているのもよくありません。言い換えれば、いつもと同じように、十分に水分をとり、さほど喉が乾かないようにすればよいのです。また性交も、睡眠不足も厳禁です。たっぷりと睡眠をとることが肝心です。
 動き回りすぎても、無理にじっと動かないでいるのもよくありません。緊張しすぎるのも、あれこれ考えをめぐらすのもやめましょう。尿診の前は、なんであれやりすぎは厳禁です。

尿診にふさわしい時間帯
 尿診に用いる尿は、朝の4〜5時より前のものであってはなりません。早すぎる時間の尿は前夜の食物の影響を強く受けているため、診断に適していないからです。朝の4時ごろか5時ごろの尿を診断に用いるようにしましょう。前夜に排尿していないならば、起床時に出した最初の半分を捨て、残りの半分を診断に用います。尿診は夜明け直後に行うとよいでしょう。

尿を入れる容器
 尿診は色、湯気、尿タンパク(尿の中の雲のようなもやもやとした濁り。チベット語でku ya クヤ)の3つの局面で判断します。
 尿を入れる容器は磁器の、尿の色がわかりやすいものがよいでしょう。それがなければ、アルミの器を代わりに用います。陶器、銅、真鍮といった容器自体に色のついた器は、そもそもの尿の色がわからなくなってしまいます。もっともふさわしいのは白い、それも模様のついていない容器です。こうした容器が手元にない場合には、容器の底に白い紙を敷いてみてもよいでしょう。

尿の色の変化
 四番目のテーマは、尿の色の変化です。四部医典はまず、消化のプロセスについて説きます。
 食物は胃で分離されます。つまりタンマ(滋養分=より精妙な部分)と不純部分(老廃物)に分離され、タンマは肝臓経由で血液の中に入るのです。不純部分は腸に流れ、そこで固体と液体部分に分かれ、液体部分が腸から膀胱に入ります。
 胃で分離された精妙な滋養分は、肝臓に入ります。そこでさらに、精髄部分とそうでない部分に分離され、精髄部分は血液に、老廃物は胆嚢のティーバになります。胆嚢で分離され、ティーバのより精妙な部分(タンマ)はリンパ(黄水)に、不純部分は尿タンパクー尿の中で雲のような濁りになります。こうした消化のプロセスによって、尿の色が決定されるのです。
 基本的には、尿タンパクは血液もしくはティーバの乱れが原因で尿に現れます。それゆえに、熱と寒の観点からみた体の状態は、尿に現れます。ちょうど市場で、商人が不法な品を売りさばこうとするとき、それを表に出すことなく衣服の下にこっそりと隠して、口で説明してみせ、買い手もそれを手がかりに商品を憶測するようなやり方に似ています。尿の状態によって、病のタイプや体に欠けているものを知ることができるのです。

健康人の尿
 健康な人の尿は、ディ(ヤクの雌、ヤクは雄の名称)のミルクに浮く、やや明るい輝きを帯びた黄色いバターの色をしています。
 その匂いはミルクの表面に浮かび上がるクリームの匂いを思わせます。
 湯気は濃すぎることも、薄すぎることもなく、大きすぎることも、小さすぎることもなく、また湯気の立ち昇っている時間ーつまり尿が冷えて、湯気が立ち昇らなくなるまでの時間も、長すぎることも、短すぎることもありません。泡もとくに変わった点はありません。
 泡の消えるまでの時間が長すぎることもなければ、短すぎることもなく、大きすぎることも、小さすぎることもなく、尿の表面にごく普通の泡が形成されます。
 健康人の尿タンパクは尿にまじり、尿の中に偏在しています。
 また健康人の尿には、さほど浮膜(spris ma 尿の表面に浮かび上がる脂質の膜)がありません。ごくわずかに尿の表面に現れるだけです。湯気が消え失せていくと、尿の器の真ん中にやや濃い目の色が収斂していきます。ちょうど鏡に吹きかけた息が徐々に鏡の真ん中に収斂して消え失せていくように。

病人の尿
 病人の尿に関しては、通常の尿診と個々の病の尿診という二つのテーマを論じなければなりません。

通常の尿診
 尿診は、尿が「熱いとき」「ぬるくなったとき」「完全に冷めたとき」の三度にわたって行います。この三度の間に、合計九種類のチェックを行う必要があります。
 尿がまだ熱いうちに行う最初の尿診では、「色」「湯気」「匂い」「泡」のタイプなどを調べます。二番目の、尿がぬるめになってきた際の尿診では、尿の表面に浮かび上がってきた脂質の「浮膜」や、もやもやしとした「尿タンパク」をチェックします。尿が完全に冷めきったところで、尿の色がどういった「タイミング」で、「どのように変化」したかをチェックし、最後に「変化後」の診断を行います。
 患者みずから来ることができない場合には、送られてきた尿を診断します。尿は、チベットではヤクの背中に乗せて、インドではまた別の輸送手段で送られます。このような尿は、到着した時にはすでに多少なりとも古くなっているわけですから、医師は変化した後の尿で診断することになります。

熱い尿の診断

 尿診には九つのチェック項目があり、その最初は尿の色です。これは尿がまだ熱いうちに行なわなくてはなりません。ルンの乱れている人の尿は、山の泉水のように、かすかな青みをおび、透明感があります。ティーバ病の場合は濃い黄色、あるいはオレンジ色にまで変わります。尿の色が白みがかっているか、青白いなら、ベーケンの乱れを示しています。

Q:ルン病の尿の青さと、ベーケン病の尿の青白さはどう違うのでしょうか?
A:ベーケン病の尿は、ミルクが尿に混ざりでもしたかのように乳白色で、透明感がありません。しかしルン病の尿は山の泉の水のようにとても澄んでいます。

 尿が赤ければ血液の病、錆色ならリンパの病、紫がかった茶色ならば、ルン・テイーバ・ベーケンの三体液が同時に乱れている「茶色いベーケン病」であることを意味します。赤と黄色が入り交じった色ならば血液=ティーバの病、白と黄色が混ざったような色ならばベーケン=ティーバの病であることを示します。尿がマスタード油のように黒味を帯び、脂っこいならば、悪化したティーバ病もしくは伝染性の病です。
「三体液の乱れによる熱」の病や「増長した熱」の尿は、オレンジ色で、色が濃く、悪臭を放ちます。総じて尿の色が黒っぽく、かつ虹色を帯びる場合は、肉や鉱物などなんらかの中毒であることを意味します。

湯気
 尿診で行うべき九種類のチェックの二番手は湯気です。これは尿がきわめて熱いうちに行わなければなりません。大きな湯気が立ち昇るなら、熱の病が進んでいるしるしです。逆にさほどの湯気が立ち昇らないにもかかわらず、長引く場合は、「隠れた熱」があるか、「慢性の熱」があることを示します。逆にほとんど湯気が立ち昇らず、すぐに消えてしまう尿は、ベーケンとルンのかかわる寒性病を暗示します。体の中の「寒」が過剰なのです。湯気の多少が定まらないのは、体に熱性病と寒性病が混合して存在していることを示します。
 尿の湯気を観察するのは、ちょうど熱いお茶のカップから立ち昇る湯気を観察するのと変わりません。泡、色、湯気は目に見えるものなのです。
匂い
 尿の匂いは当然、嗅いで診断します。尿に悪臭があれば、尿タンパクがあり、重い熱性病であることを示します。匂いがまったくないか、ごくわずかしか感じられないならば、寒性病のしるしです。尿からキャベツや肉といったさまざまな食物の匂いがするならば、消化がうまくいかない証拠です。消化の火が普通以下なのです。


 尿の泡が大きく(ヤクと牛の混血種である「ゾ」の目玉ほどのサイズといわれる)、青みを帯びているならば、ルン病のしるしです。小さい泡がたくさんできていて、かき混ぜるとたちまち壊れるならばティーバ病、水面に吐いた唾のように、尿の表面に泡が留まり消え失せないならばベーゲン病であることを示します。泡が赤みを帯びていたなら血液の病、虹色なら中毒を意味します。鳩の群れが急降下してきた鷹に襲われて四方八方にちりじりになるように、容器の中でいったん形をなした泡が突然はじけるならば、古い病があって、それが今や全身に広がりつつあります。これは重病になっています。
 以上が尿がまだ熱いうちにチェックすべき四項目ー「色」「湯気」「匂い」「泡」です。

ぬるくなった尿の診断法
尿タンパク
 尿がぬるくなってきたら、尿タンパクと脂質の浮膜を分析しなければなりません。尿タンパクもしくは尿の中に現れる雲のようなもやもやとした物質は、多くの場合、熱性病ー血液やティーバの病であることを示します。ぬるくなった尿に現れた尿タンパクが腕の産毛ほどの細いものならルン病です。小川にさらされた羊毛を思わせる細い糸状の尿タンパクが尿の表面に形成されるなら、血液もしくはティーバの病です。
 尿の表面に、目を細めてみなければわからないほどの、白馬の毛の先を思わせるごく微細な尿タンパクが現れるなら、ベーケン病のような寒性病のしるしです。尿の中に尿タンパクがたれこめた雲のように広がっている場合は、結核などの肺の病を示しています。尿タンパクが膿のようなら、伝染性の病か、体の中に膿がある証拠ですーおそらくは胃か腎臓に。尿タンパクが尿の表面に砂粒のように固まっているならば、腎臓病のしるしと言えましょう。
 尿タンパクが尿に現れるのは、通常、熱性病のしるしであることだけは覚えておいてください。根本的に尿タンパクは、熱とティーバから生じるものだからです。尿タンパクが尿の表面に現れるなら上半身の臓器の、特に肺と心臓の病をしめし、尿の底に現れるなら腎臓や大腸の病、中ほどに現れるなら、胃や脾臓、肝臓の病をしめします。尿にくまなく尿タンパクがあるなら、ルンによって、「身体の構成要素」のみならず、熱寒ともにかき乱されていることを示します。
 尿タンパクの濃さに関しては、ひどく濃い場合には熱性病を、逆にひどく薄い場合には寒性病を意味します。もちろん尿タンパクの存在は、総じて熱性病を意味することには変わりはないのですが。
 尿タンパクの色は尿の色と同じです。例えば、ティーバ病の人の尿がオレンジ色なら、そこに浮かぶ尿タンパクもオレンジ色です。毒にあたった人の尿は虹色ですが、尿タンパクも同じく極彩色です。

浮膜
 浮膜とは常に尿の表面に現れる、脂質のものです。浮膜が薄ければ寒性病を、濃ければ熱性病を暗示します。
 非常に濃い浮膜ともなれば、排尿後十五時間から二十時間の間に、チベットのバター茶のように尿の表面に徐々に固まり始めます。そこまで固定化してしまえば、医師が細い道具を使って尿の表面から取り出すことも可能になります。それを何滴か赤く焼けた石炭の上に落としてみて、大麦などの穀物が焼けたような匂いがすれば、病は自然におさまるので治療の必要はありません。
 尿の表面に浮かんだ脂質の浮膜が網目状になるなら、腫瘍が大きくなっているしるしです。といっても必ずしも癌とは限りません。この現象はいかなるタイプの腫瘍にも起こりうるのです。
 また尿の表面にある種の模様や形の浮膜が形成されるなら、人間ならざる悪霊や魔物の影響を示しています。

冷めた尿の診断法
 次は冷めた尿の診断法です。これには「色の変化のタイミング」「色がどのように変化するか:「変化後」という三つのチェック項目があります。
色の変化のタイミング
 新鮮な尿を容器に注ぎ、湯気も消えないうちから、色が変化するならば、重い熱性病のしるしです。尿の湯気は排尿時、つまり尿がまだ温かいうちに出るものです。尿が医師のもとに持ち込まれたときには、すでに冷めてしまっているのが普通で、湯気はすでに失せており、尿の入っていた容器から診断用の容器に移し替えたときも、湯気が再び立ち昇ることはありません。つまり尿が冷めてしまったなら、この特殊な診断法を用いることはできないのです。繰り返しますと、尿診の時点では尿は非常に熱く、冷めてくると湯気が立ち昇らなくなりますが、その間に尿の色が変わり始めるなら熱性病です。
Q;患者は医師にそのことを報告すべきなのでしょうか?
A;いいえ、患者にそこまでを求めてはなりません。時には医師自身が患者のもとへ行き、尿をチェックします。
 湯気が消え、尿が冷めてから尿の色が変わるなら、寒性病のしるしです。湯気が消えていく過程で色が変わるなら、体の中の熱と寒の要素のバランスがとれている、つまり熱性病でも寒性病でもないことを意味します。なんらかの病気はあるかもしれませんが、熱性病や寒性病ではないのです。
色がどのように変化するか
 尿の色が次第に凝縮するーつまり容器の中心に濃い色が集まってくるならば、寒性病のしるしです。また底の尿から、尿タンパクとともに立ち昇ってくるかのように色が変化するならば、新たな熱性病を意味します。
 中心部へと向かう色の濃さが均質でないならば、「慢性の熱」の病です。また尿の色が変わる前に尿タンパクの色が変化するならば、体の中の熱と寒の要素が相克しているか、乱れているか、熱性病が現在体に広まりつつあるか、寒性病が今や体に表れつつある(腎臓に端を発し、次から次へと体の組織を侵し、最終的にはそのすべてが侵される)かのいずれかです。
 鬼神に冒された患者の尿や、瀕死の患者の尿は変わりません。同じ色のままです。

変化後
 最後の項目は「変化後」の診断です。これは先の二つの診断を終えた後で行います。この診断は、例えば単に遠くから尿を運んできて冷めた場合だけでなく、数日間を経た尿を診断するときにも使います。時間がたった尿の色はルン、ティーバ、ベーケンの三体液の乱れに対応します。例えばティーバ病なら尿はオレンジ色です。尿がひどく濃厚なら熱性病であり、水っぽく、サラサラなら寒性病です。

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