構想のキーワード「SDGs」

ゼロイチの構想に欠かせないキーワードが「SDGs」

なぜ、これまで中高生や大学生など若者に向けた活動を行ってきて、今SDGsをキーワードに新しいチャレンジをしようとしているのか。

ここでは、その理由と背景を今までの自分の経緯を含めて少しだけ書いておこうと思う。

ちなみに、このnoteの記事。これからゼロイチを作りたいと言う人の参考になればと書いているので、自分のこれまでの道のりもできるだけ煩雑にならない程度で書いていこうと思う。

さて、自分の本業は、環境教育の実践や普及啓発。

NPO法人を立ち上げた10年前からその本業とNPO法人代表と言う二足の草鞋を履いてきた。

元々、小学校5年生のときに環境を守る仕事をしたいと思って、環境の先生を目指して大学も生物地球環境化学科を卒業。最初に就職した日本気象協会で環境保全の仕事をする傍らで、気象予報士を取得して、環境教育活動も少しづつ行なっていた。

そして、20代後半になってもっと地に足をつけて環境教育の種を蒔き、育て花が咲き、実がなり、また種が増えるところまでの活動をしたいと考え、転職をして地元岡山に帰ってきた。

転職先は、岡山の公益環境団体。環境教育活動を行なってはいたが、その展開の可能性はまだまだで、その可能性を広げる役割に魅力とやりがいを強く感じて転職を決意した。

地元岡山の環境保全団体に転職し、最初に取り組んだのが環境教育の拠点となる環境学習センターの立ち上げ。岡山における環境教育活動の拠点施設とプログラムの開発、そして様々な人の連携の仕組み作りに奔走した。

ただ、4年間様々に努力してみるも、環境問題は当たり前のように全然解決されていなくて、自己満足的に活動している年配の方も多く、そこに税金が使われる仕組みや限界感から、もっと若い世代が行動を起こすべきだ、その繋がりが必要だと任意活動を始めたのもその頃。

当時は、その任意活動から、同じように頑張る地域の若者と繋がり、勉強会や交流会を開催していた(今ではその当時のメンバーはそれぞれのフィールドでオピニオンリーダーとして活躍しているからそれもとても面白いと思う)。

その勉強会や交流会がさらに広がり、大学生などの若者が地域の魅力的な大人と出会う機会創出に取り組み、そこから世代間交流プログラムを学校教育現場で展開が始まった。その中で、社会に良さそうなことをするのではなく、社会を変える活動をしようと決意と覚悟をしてNPO法人を作ったのが35歳だった。

要するに環境教育では社会は全然変わらず、自然と社会教育にシフトしていき、その中で学校教育と社会教育の接点を作るようになって言ったのがこの10年の動きだった。

そして、今、NPOの活動は年間2000人近い中高生に届けることができ、地域ごとの独自の展開も生まれつつある。中学生も、高校生も、大学生も、世代を超えた交流と対話はそれぞれの内面と向き合う機会と社会に対する信頼を高めている。

ただ。

そうして、広がった未来に繋がる若者たちの気持ちの種や関係性の種が、ちゃんと育つ社会の仕組みになっているかといえば、それはまだまだ難しい。

課題があるとか、何が足りないとかそう言うレベルではなく、そもそも今、その瞬間で落ちた種が芽吹いたとしても、それを受け入れられる社会の雰囲気が作られていない。

その雰囲気を作るための教育や仕組みがこれまでなかった。

若者たちが社会に対して普通に意見を持ち、発信し、変えていきたいと思え、それを社会や大人も普通に当たり前として受け入れている、そんな雰囲気。それが ない。

だから、そんな雰囲気を生み出す仕組みを社会に作り、広げる。     そのキーワードがSDGsだと思っている。

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