天使なんて柄じゃない

表の街並みは普段よりも騒がしい。ありとあらゆる場所に飾付けられた数多の滑稽な顔をしたオレンジの南瓜。配られる甘ったるい極彩色の菓子類。響くトリック・オア・トリート、ハッピーハロウィーンといった掛け声。そして、怪物に仮装した老若男女が眼前を通り過ぎていく。
そう、今日はハロウィン。秋が終わり、冬の訪れと共にやって来る死者達を迎え、オマケに寄ってくる害なる悪霊を脅かす為に仮装をする。そんな祭り。今では宗教的な意味など薄れたドンチャン騒ぎの仮装大会にしか過ぎないが嫌いではない。かくいう俺も仮装をしているからだ。テーマは天使。
フリルシャツに青のコルセットとフリルスカート。黒に青の縞柄ニーソックス、黒革の襟付きブーツを履き、青のアンダーリムの伊達眼鏡を掛けている。紺碧のつり目が眼鏡で緩和されれば良いのだろうがそうもいかないらしく何人かの子供に逃げられた。見下すような冷たい目を止めればいいと言われたが残念だな、こればかりはどうしようもない。
白い翼に似つかわしい天使の輪を付け、青薔薇の花束に菓子を仕込んでねだる子供に菓子を配っているんだがな。それに、自慢の銀の長髪を愛らしく見えるであろうツインテールにしているのにな。女装している件については諸事情を省かせてもらうが大した問題でもなければ恥ずかしくもないとだけ述べておこう。
「えっと…その…ハッピーハロウィーン…。」
蛍光色の赤髪にピンと伸びたアホ毛にピンクのリボンを付けた翡翠色の瞳の少女が褐色の暗い赤髪の黒のコートを纏った大男の後ろに隠れながら吃りつつ声を掛けてくる。大男は緑の瞳を困った様に細めながら少女の頭を撫でている。
「ふーむ、駄目だったか。仮装ってか女装してればいけると思ったんだがなぁ。顔は最高に中性的で整っててパーフェクトだからねぇ。悪いな高貴。取り敢えず、なんか菓子くれ。」
「ハッピーハロウィーン。嫌われ慣れている。それに仮装如きで人間が変わる訳がない。正しい反応で安心した。」
「あんがと。ほら、潤芽。飴ちゃん。せめて、礼ぐらいは言っておけよ?」
「うん。その…飴ありがとうね。高貴君…。」
「どういたしまして。」
「へー…高貴って礼言えたのか…。」
大男、部下である乾を睨み付ける。乾は冗談だとでも言いたげに微笑む。少女、乾の義理の妹の潤芽は小さく声を上げ完全に姿を隠す。
「こりゃ駄目だな。まあ…しゃーないよな。互いに。で?本当に休暇もらって良かった訳?超ありがたいけどなぁ、菓子配りさぁ、一応うちの活動じゃんか。」
「奴の気紛れなんかに付き合う必要はない。右腕である俺が適当にやっておけば良い。そう判断しただけだ。他の奴らの姿を見たか?見ていないだろう?そういう事だ。」
「分からんでもないけどなぁ。他の奴らは厳つくてさぁ、どっからどうみても堅気じゃない面でさ。あんなん子供泣くから外すっての分かるけどさぁ。え?俺も厳ついの部類入り?堅気の面してない?傷付くわー。」
「違う。単にお前は妹とたまの催事だ、楽しめという理由で外した。他はお前の言う通り。それより、この話をこいつに聞かせて良いのか?」
乾はオーバーに自身の口を塞ぐ。潤芽は心配そうに乾の顔を見つめている。
「あー…そだね。この話はお休暇にするものではないですね。オーケー、ハロウィン楽しんでくるわ。ハッピーハロウィーン。」
乾は不安そうな顔をした潤芽を肩車して後ろ手で手を降り、この場を後にする。褒められた仕事じゃないからな。あまり口にするものじゃない。
暫くして話し掛けて来たのは深紅のショートヘアーのアイビーグリーンの瞳の鍛え抜かれた身体の大女。何時もは他を寄せ付けないきつい顔付きをしているが今回は誤差程度程の柔らかい顔付きをしている。
「高貴。ご苦労だな。…手伝えなくて申し訳無いと思っている。何を着ても浮くとはな…。理解はしていたが現実を突き付けられるとな…。」
「気にするな、火吹。お前の姿は俺の為のもの。男を寄せ付けない守りの姿。恥じる事はない。今から女らしくあろうなんて考えなくて良い。女装している俺が言っても説得力などないがな。それにお前は奴の部下じゃない。」
「私にはお前が真の天使に見える。綺麗だ。」
「止めておけ。天使なぞ良いものじゃない。実物を見た事などないからよく知らんが。冷酷無比の殺戮マシーンだとか聞いたが知らん。」
「…すまない。」
珍しくしおらしくなった火吹を慰める為に抱き寄せたくなったが周囲の視線を考えて手の甲に口付けをする。
「お前は俺の誇れる妻だ。それだけは覚えておけ。ハッピーハロウィーン。」
火吹は顔を赤らめこの場を足早に去っていく。愛しい女だ。暫し、去る背中を眺めていると腰辺りから声がする。
「トリック・オア・トリート。お熱いね。お菓子は要らないからそれより甘いお話を聞かせて?ウフフ。」
柄物のシルクハットを目深に被ったマスタードブラウンの髪の右目が前髪で隠れたダークグリーンの瞳の少年が悪戯な笑みを浮かべている。
「飴でも咥えていろ。マセガキ。」
「ねぇー。僕にだけ辛辣じゃない?まあ、僕ら親友だもんね、うん。飴甘いね。」
「随分と熱心に俺を見ていたな。乾が来る前から居ただろう。」
「はい、その通り。高貴お兄さんがスッゴく可愛いからスケッチしてたよ。いつも通りね。僕がもっと大人だったら口説いてたのになー。それ以前に既婚だもんなー。不倫も浮気も良くないね。」
「減らず口はどうでもいい。冷やかしだろ?トウ。」
「うん、冷やかし。あーでも口説いて良い?」
「帰れ。」
「んもぉ、辛辣。美人のお兄さんを眺める事の何がいけないのさ。お触りしてません!…絵は描いたけど。」
「それだけで満足しておけ。菓子はくれてやったしな。甘い話などしない。」
「チェー。しかし、潤芽ちゃんに職業バレしなくて良かったね。乾お兄さんの軽さは知ってたけど口まで軽いとはうっかりさん。高貴お兄さんがマフィアの幹部の右腕的な立ち位置でその部下が乾お兄さんだって潤芽ちゃんが知ったら絶望しちゃうよ。だからさ、本当に危うくなったら気の聞いた台詞で誤魔化してあげる気だったけど。」
「随分と優しいな。明日は大雪か?」
「これ、失礼だぞ。僕は乾お兄さんも好きだからハッピーでいて欲しいと思ってるだけだよ。」
鼻で笑って何事もなかったかの様に菓子を配る。
「笑われたー。まあいいや。心いくまで冷やかしたからね。ハッピーハロウィーン。バイバーイ。」
人混みに消えていく小さな姿を見送る。トウは歳が離れた親友。傍からは耳聡いマセた子供にしか見えないが中身は人でない知性ある化け物。要するにただの子供ではない。本人がろくに話したがらない故に本性が何かは知らないが対価を払えば情報をくれる便利な奴だ。
さて、菓子は尽きた。表での活動は終わりだ。さっさと着替えて無能なボスとその部下達の元へ戻るとしよう。
裏社会の人間は天使になどなれない。

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