ログ:ホムンクルスと瞳

「ロッチェ様、一つお聞きして良いですか? 」
黒と赤と青の液体がうねり
絶えずマーブル柄を作り出している
毒々しい色合いのフラスコ内から
少女と思われる声が聞こえる。
ロッチェと呼ばれた存在は
膝に置いて読んでいた大判の分厚い本を閉じ
包帯の巻かれた醜い手で
そのフラスコを持ち上げ、ゆっくりと揺らすと
徐々に中身が透き通った青色の液体に変化し
中央に浮かぶ
身体中に水色の幾何学模様が刻まれた
体長十センチ程の人間の形をした胎児の様に
膝を抱えて丸まっていた声の主が全身を伸ばす。
すると、幾何学模様が消え、茶髪のショートヘアーに
紺色のロングスカートのメイド服を纏った
両目を幾重にも包帯で覆った少女の姿に変貌する。
それをを顔色一つ変える事なく眺めるロッチェは、フラスコの中の存在と瓜二つの姿をしていた。
違いは纏っている洋服が濃い紫のローブで
両手に包帯を巻き付けていて両足が膝から下がない所だ。
「ノーバディ。私の作業中に声を掛けてくるなんて珍しいですね。何か御用ですか?」
ノーバディと呼ばれた小さな人間。
ホムンクルスは不器用に首を傾げて問い掛けてくる。
「私の包帯の下はどうなっているのでしょうか?忠実に創られているのでしたらこの下は無。何もない筈ですよね?ロッチェ様と同様に。創造主様から何かお聞きしていますか?唐突にお声掛けしたのは本日が瞳の日だからだそうです。」
ロッチェは指摘された
己の目を覆う包帯に触れる。
彼女はリッチ。人ならざる者。
生前は冥府の瞳と呼ばれる見つめた者を
問答無用で冥府に引きずり込む
漆黒の闇よりもどす黒い虹彩をした
魔眼が嵌まっていたが
その力が目覚める前に
ノーバディの言う創造主と同じ存在
彼女が創生主と呼び、慕う
純血の吸血鬼により命と共に奪われてしまった。
「私は何も知りません。ご自分でご確認下さい。」
己の包帯をほどき
フラスコに反射して映る
ぽっかりと空いた眼窩を再認識してみる。
魔法の力により見える醜い顔。
その奥に浮かぶ同じ顔をした
ホムンクルス、ノーバディ。
それは彼女の真似をして
包帯をほどこうとするが
出来ないとでも言いたげに
首を横に振る。
「こんな些細な事を創生主様に問いたくありませんよ。あなたも同じ気持ちでしょうけれど。」
少し突き放した様な口調で返事をし
固く変わりのない表情で
包帯を魔法で浮遊させ元通りに巻き直す。
少々形は違えど
同じ存在を敬愛する同士でありながら
己よりも無垢さとまだ愛らしさがある
ホムンクルスに軽い劣等感を感じながら
フラスコを眺める。
プカプカと浮かんでいたノーバディが
何かに反応し、フラスコに触れる。
すると、黄色の文字が浮かぶ。
「作っていない。事故防止の為。第一、瞳などお前の職務に必要ない。包帯も体の一部だ。」
ノーバディは縦に一回転し
微笑んでいた顔を更に緩める。
文字を送った存在は言うまでもなく
二体の主である純血の吸血鬼。
「ご返答下さりありがとうございます。私も気にはなっていたので助かりました。お手数を御掛けして申し訳ありませんでした。」
ロッチェがフラスコに向かい
謝罪すると、読んでいた本の表紙に赤文字が
「大した事じゃない。」
とだけ浮かび上がり消える。
「私の細胞さえあればあの瞳が量産できる可能性がある…?なんとおぞましい。」
か細くロッチェが呟くと再び赤文字で
「能力が開花するなどほぼあり得ないが念には念を。お前はそんなに安い存在ではない。」
と浮かんで消える。
最後の一文に喜びを感じるが
やはり表情は固く、笑みなど浮かべられない。
そんな仏頂面の彼女をよそ目に
ノーバディは嬉しげに話し掛ける。
「大切にする瞳がないというのは一抹の寂しさを感じなくもないですが、創造主様の趣向ならば寧ろ、喜ばしいです。そうですよね?ロッチェ様。」
真っ直ぐ見つめる瞳などない筈なのに
威圧感を感じてそっぽを向きながら一言だけ返す。
「同意です。」
先程とは違う
いとおしむ手付きで包帯に触れる。
見る目のない二体は
何事もなかった様に元の行動を続ける。

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