奇術を使うのは誰?

とある街の緑生い茂る憩いの公園前で
ベージュの長い髪をポニーテールにした
ブーゲンビリア色の瞳をした
白いスーツの優男がスイートピーをポンッという
軽快な音を立てて掌から取り出す。
それを見ていた観客にスイートピーを
優しげな笑みを浮かべて渡して回る。
彼は見目麗しい見た目をしており
若い女性達が黄色い声をあげている。
「キザだねぇ。秀麗の奴は。」
秀麗と呼んだ男の姿をジト目で眺める
左目を癖っ毛のある黒髪で覆った黄色の瞳をした
黒いスーツの黒手袋の男は
ピンクのエプロンを身に付け
薬草学の本を片手に傷薬を作り、列に並んだ老人に渡す。
硬貨を取り出そうとする老人を制し
「あ、代金なんて要らねぇよ。大事にしろよな。」
と、ぶっきらぼうだが
優しく声を掛け見送る。
そして、そんなボランティア活動をしている
二人の男を眺め、ベンチに淑やかに座る
茶髪のショートヘアーに青い瞳の
黒いワンピースに身を包んだ少女は
満面の貼りついた笑みを浮かべながら飴を配っていた。
一時間ほど続いた慈善活動は
黒い髪の男の掛け声で終わり、少女の元に二人が近寄る。
少女の顔は真顔で冷たいものに変わっていた。
「この活動にどの様な意味があったのでしょうか?それに上級悪魔であるこの私、幻影の悪魔を呼び出す理由は?貴方達、中級悪魔の戯れに付き合うほど退屈していないのですよ。」
秀麗は幻影の前に跪き、手を取り
手の甲にキスをする。
「申し訳ありませんね。幻影の悪魔様。たまにはこの様な慈善活動も良いものですよ。貴女は常に残酷で性根の腐った人間と相見えておられる。そんな人間に辟易して崇高なご職務を放棄する様な事が無いように美しい人間を眺める。気分転換の為にお呼びしたのですがお気に召しませんでしたか?」
幻影は汚物でも見るような冷酷な目をし
秀麗の頭を思い切り踏みつける。
黒い髪の男は呆れた様に顔を押さえ、首を左右に振る。
「お前さぁ…マゾ豚野郎だったか。キメェなぁ。という冗談は無しにして…。煽るなや。上司って訳じゃねぇけどよぉ。上級悪魔の幻影の悪魔だぜ?性悪女の幻影の悪魔。敬意の一つでも払っとけよ。…おー、嫌だ嫌だ。俺はお前らみたいな悪女や外面だけが良いだけの馬鹿とは違う内面まで麗しい賢い素敵なご主人様のお役に立つ活動してただけで関係ないね。勝手にお前らが寄ってきただけだろ。文句ならその綺麗な足拭きマットに言えよな。なあ?足拭きマットの秀麗の悪魔。お前の大嫌いな醜悪な悪魔に罵られる気分はどうだ?ん?」
醜悪な悪魔はやれやれとでも言いたげに
両腕を広げて首を振る。
すると、黒い霧が醜悪を包み込み
白い肌にヒビを入れていく。
「躾のなっていない駄犬共が。おっと。人を不快にさせるのがお上手な悪魔達。貴方達の真意は良く理解させていただきました。人間に飼われるとこんなに素敵な所業が出来るのですね。琴線に触れましたよ。」
醜悪は動じる事なく周囲を確認しながら
ヒビ割れた頬を押さえながら割れを直し
更に力強く踏みつけられている秀麗は
声を上げて笑いながら、幻影の靴を撫でる。
「僕をここまで貶められるのは貴女だけさ。幻影の悪魔。僕は愚の骨頂の感情である驕りに振り回されそうになるとこうやって馬鹿な真似をしてわざと己を貶める。すると、冷静になれるのさ。中級の悪魔である僕が秀麗を保つのは大変だからさ。それに僕は君の事は嫌いじゃないよ醜悪な悪魔。寧ろ、仲良くしたいと思ってるのに可笑しいね。アハッ!アハハハハハハハッ!」
狂気的だが美しい笑い声と
心底から嫌そうにする鳴く様な声と
ひきつった笑みから溢れる荒い息が
人気のなくなった公園に木霊する。
その異様な空気を切り裂く様に
茂みがさりと動き
栗毛色の髪をした琥珀色の瞳の
気弱そうな少女が三人に
消え入るようなか細い声で話し掛ける。
「あの…お取り込み中の所をお邪魔して非常に申し訳ないのですが…。皆様の品位が下がる様な所業を公衆の面前で…。人間という悪魔の方々の糧の前で行うのはどうかと…。皆様がご満足できたら私は何も言いませんし、お節介だった事を心からお詫びいたします…。」
少女は何度も丁寧に頭を下げる。
「あら、いたんですか。穢れし生娘のウェサさん。逆に問いますけれど貴女、この現場を関係者に発見されたらお仕舞いですよ。良いのですか?悪魔と知り合いだなんて知られても。」
ウェサは顔を上げ
今までの弱気が消えた毅然とした瞳で
幻影の悪魔を見つめる。
「その点はお構い無く。皆様にご迷惑はお掛けしませんから。そこまで愚かな小娘になったつもりはありません。お答えはいただけないのですか?」
幻影は秀麗を蹴り飛ばし
ウェサの元へと歩みより
不敵な笑みを浮かべ、顎を持ち上げる。
「地に伏せている無様な悪魔や己の醜さを必死に取り繕う外道な悪魔とこの私を同じにしてもらっては困りますね。ここはキチンと人間の世界から切り離してあげましたよ。知っていた癖に。悪い子。幻影の悪魔の名は伊達ではありませんから。お答えしましょう。問題なんてありませんよ。先程も言った通りここは私の幻影の中。人間は貴女しかいませんし、この行為は上級悪魔である私が中級悪魔達を教育しているだけですから。それと貴女に見られても何とも思いませんよ。何故ならば…貴女も此方側。生娘なのに穢れとは人を救う為に悪魔にその身を捧げたから。私達三人と契約しておいて綺麗事をほざくだなんて。本当に貴女は…愛らしい。うふふふっ。」
ウェサの頬に口付けをし離れる。醜悪は目を丸くし、膝から崩れ落ちる。
「はぁ…?聞いてねぇぞ…ウェサ…。俺だけじゃないのかよ…。なぁ?俺だけとしか契約してないだろ?答えてくれよ…。俺の主ウェサ。」
ずっと達観した表情で幻影の悪魔に
ヒビを入れられていた頬から手を離し
ウェサにすがり付く。
一気にひび割れが進み
パリンと上っ面が割れると
真っ黒な数多の虹彩を持つ
ドロドロとしたスライムに姿が変わる。
「過大表現はお止めください。幻影様とは古くからのお知り合い。秀麗さんとは最近であってお話をした程度の関係。私が最も信頼を置いているのは貴方だけですよ。安心してください。私が貴方を裏切る時は死ぬ時だけです。」
本性を現した醜悪を
はにかみながら優しく撫でる。
醜悪の無数の目からは涙が零れ落ち
ウェサをびっしょりと濡らす。
秀麗は笑うのを止め、どこか寂しげな笑みで
二人の姿を眺める。
「羨ましいな。そんなに深く強い感情で結ばれるだなんて。僕も…ふふっ。何でもないさ。悪魔は黙って契約を完了させれば良い。それだけの関係だよね。分かってるよ。」「あら、とても美しい光景ですね。実に不快です。まあ、貴女と私の仲という事で多目に見ましょう。あと一つ聞かせてください。慈善活動なんて愚かしい真似は秀麗の仕業ですよね。ですが、私達を集めたのは貴女でしょう?何か用ですか?出来れば手短にお願いしたいものです。」
ウェサはゆっくりと醜悪から手を離し
二人に向き直る。
真剣な瞳を見て秀麗は立ち上がり
埃を払って姿勢を正す。
「大した用件ではありませんよ。皆様の姿を…性格を…力を再確認したかっただけです。本日は奇術の日。奇術を眺めたかったそれだけです。皆様の場合は奇術ではなく正真正銘の魔術ですが。渡した対価に見合った素晴らしいものが見られて幸福でした。私がいずれそちらの世界にお邪魔する際の参考になりますね。お付き合いくださりありがとうございました。」
深々と礼をするウェサに拍手が送られる。
「やはり、穢れし生娘様は美しい。僕の完敗さ。悪魔として失格だよ。対価を貰い過ぎた。これからはもっと気軽に呼んで欲しいね。対価がある限りだけどさ。ある意味、君が一番奇術を使いこなしていたよ。」
「うふふふっ。此方にいらっしゃる際はたっぷり可愛がって上げますよ。マジシャン。これからも仲良くしてくださいね。」
「お前は…最高の…主だ…。愛してるなんて安い感情で…やめだやめだ。醜い俺がいくら言葉を束ねても意味がねぇ。尽くしてやるよ。何処までも。」
ウェサは不器用に笑う。
悪魔に愛されているなんて禁忌で人として許させざる関係だけれども幸福で仕方がなかった。口先だけの奇術を使いこなすペテンであろうとも。

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