雪の名を冠する少女へ

薄明が射す白銀の雪原に
何者かが居たと主張してくる靴跡が続いている。
その靴跡の主は積もりに積もった新雪よりも
真っ白でさらさらとした美しい髪を靡かせ
景観の白をより強調する
漆黒のゴスロリに身を包んだ
水色の瞳の端正な顔立ちの少女だった。
少女は凍風に怯む事なく、毅然とした姿勢で歩いている。
広大で風が雪を舞わせる音と少女の背で存在感を示す剣がカタカタと揺れる音しかしない
雪原の中央に辿り着くと
少女は背負っていた不相応な紅の剣を音もなく引き抜き
地面に突き立てる。
剣の禍々しい紅が白の世界を穢していく様だ。
少女は突き立てた剣の側に膝を立てて座り  無表情で口を動かす。
「新たな年。えもいわれぬ感覚で脳が支配されるめでたくもなんともない始まりの日。お前の歳に近付いていく。当然だが。お前は止まっているのだからな。しかし、記憶は遠退く一方。だから、こうやって来てやってる訳だ。欠かさずにな。」
刹那的な雪風が一本と一人を覆う。
剣の影が座った体勢で少女を抱く女の様に見えたが
風が止み、視界がはっきりとした今は
やはり、一本と一人しか見えない。
「私が涙を流すなどという人間らしい顔したのはここだけだ。最初で最後。私の初めてなんてくだらない代物をくれてやったんだ。感謝するがいい。」
独り言にしては大きい間が空いてから
言葉が紡がれていく。
「笑顔を寄越せ?ふざけた事を抜かすな。この世界が面白くなる日など来ない。とある生ける屍がほざいていたな。『骨となれば笑える』と。肉が剥がれた髑髏の面が笑っている様に見えるからだそうな。という訳で私が死して骨となるまで待つが良い。何時になるか、何処でそうなるか知った事じゃないがな。少なくともここじゃない。こんな寂しい場所で死ぬのが嫌だからだと?馬鹿馬鹿しい。言った筈だ。私の望む死に方は戦地で誰だか判別できない程に傷付き、無様に屍の山の一部と成る事だと。」
暫く間が空いてから少女が話し出す。
「私は新たな地で馴れ合いをしてはいるがそいつらと最期は迎えられない。一人は最期が決定され揺るがない故に、一人は住む世界が暖かく恵まれ過ぎて私の望む死に方を容認してくれそうもない故に。二人とも形は違えど人に愛されで感情があり実に人間らしい。ウェサとチャイだ。その感情を私の為に消費して貰いたくはない。…らしくない事を言っている時点でお前の知っている私ではないから他の在り方が出来る。そして、他の死に方だってある…か。ないな。泣かせたくない。そんな顔は見たくもない。化け物と罵られ続けた私には相応しくない。数多の命を屠って来た人間兵器だった私を惜しむ者など必要ない。」
最初は感情一つ感じない
冷たい話し方だった少女だが
段々と口調が感情的で激しくなり
拳が血が滲む程に強く握られる。
「もっと吐き出せ?結構。日が完全に登った。また来年だ。」
初日の出が一本と一人を眩しく照らす。
剣を引き抜き、背に戻す寸前。
「私の前だけよね。昂る感情を見せてくれるの。本当に嬉しいわ。■■。今は白魔だったわね。」
女の声がうっすらと聞こえた気がした。
「それは良かったな。あの時の幼く貧弱だった私が憎い。お前を殺した私が今でも憎い。その憎悪で私はまだまだこの手を穢し続けられる。常に強く在りたいと思える。醜く生きている事を痛感して存在できる。私が生きている理由は贖罪じゃない。地獄よりももっとおぞましい生き地獄こそが私には相応しい居場所だからだ。死なせたなどとは思っていない。私が殺したんだ。誰がなんと言おうとな。もっとも、この場所を知っているのもお前の存在を知っているのも私だけだが。また来てやる―――。私の――な―。」
完全に鞘に収まると
異様な雰囲気は消え
静寂が包む雪原に戻っていた。
少女、白魔は日に背を向け
人間兵器だった■■に心が宿った
始まりの地を後にする。

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