都市の残滓にて

暗雲が空を覆い
凍てついた風が砂を巻き上げ
乾燥した空気を埃っぽくする。
瓦礫だらけの都市の残滓を生気のない
琥珀色の瞳で眺めながら歩く。
「寒くないか?」
左腕に纏わり付いた彼
黒いスライムが数多の目で私を見つめ
心配そうに優しい声を掛けてくる。
醜悪な悪魔、彼はそう呼ばれているが
私は己こそが醜いと認識している故に
その名で呼ぶ事はない。
自身の細く小さい手で彼を撫でながら
不器用に口角を上げ笑って見せる。
寒さは感じていない。
その筆舌しがたい表情を見て
彼は深く溜息をつき言葉を紡ぐ。
「そう感傷に浸る程かね、俺はこんなの日常茶飯事だと思っちまってね。悪魔と人間の感覚は違うと言われればそれまでだが…。」
何も答える事なく彼を撫で続ける。
彼は私の態度に再び溜息をつき
頬にそのほんのりと暖かい
柔らかな体を密着させる。
多分、考え込むのは勝手だが
もう少し己を気にしろという意思表示だろう。
考え込むのには理由がある。
この都市は最近
「アルビノの暴君」という
存在によって滅ぼされてしまった。
そのアルビノの暴君というのは
色彩シリーズ魔剣 ヒイロによって暴走してしまった私の親友、六辺香白魔さん。
暴走原因は
女王蟻という人に擬態し
人に種を植え付けて働き蟻という兵隊を作り
悪逆非道を働いていたモンスターを
駆除する為に剣の力を使用したから。
あの剣は生き血を啜れば啜る程に
強くなるというおぞましい剣。
そして、力を使用するには
溜めに溜めた血のストックを
消費する事が必要になる。
そこまではまだ許容範囲なのだが
問題はここから。
あの剣には意思があり
それが今回の騒動を引き起こした。
早く失ったストックを寄越せと
白魔さんを操ったのだ。
普段から白魔さんは強い。
それなのにあの剣に頼ってしまう程に女王蟻は凶悪だった。
私が同行していれば…!
唇を強く噛み、悔しそうにしている私を見かねて
彼は左腕から離れ
癖のある黒い髪で左目を覆った黄色の瞳の細身のスーツの男性に変化し
頭を撫でる。
「白魔がこの事態を後悔してるとでも?ないな。殺した奴の事なんて覚えちゃいねぇ。力を使えばこうなる事ぐらい理解して行動してる。つまりだ、最初から都市一つ消す覚悟で虫の女王様をぶち殺しに行った訳だなこれが。んで、アルビノの暴君が白魔だとバレるとつるんでるお前の身辺調査がされる。するといずれ俺とお前の関係…悪魔と契約してる事が明かされる。そしたら、お前退学だぜ?分かってるだろ、悪魔との契約は禁忌だって。せっかく入った学園を追い出されたくねぇだろ。そんで俺はお前から離れなきゃならねぇ。下手したら祓われちまう。だからよぉ、白魔はお前を守った。第一、着いていくって言っても絶対に許さなかっただろうぜ。今、俺らがやる事は己の保身。あの魔剣の魔力を知ってる奴なんてそうそういねぇからいくらでも誤魔化せる。白魔は自分のやった事のケリ位つけられるっての。理解してるよな?」
彼の正論に弱々しく頭を垂れて頷くしかなかった。
「本当に白魔の奴は罪な女だこと。」
彼は何度目か分からない深い溜め息をつき
私をお姫様抱っこし歩き出す。

二時間程歩き回り
瓦礫に座って、彼の言うとおりにレポートを書く。
「つーか、ここまでの事をやる奴を人間だと認識する輩なんているもんかね?…そうそう、女王蟻とアルビノの暴君は同種って書いときゃ何とかなるだろ。人間に擬態するんだからな。あー…となると女王蟻がどうなったのか書いとかねぇとな。俺が適当に死体やってやるからその画像提出しとけ。んー、でもお前が退治した事にすると拗れるしなぁ。他に誰か呼んどくべきだったか。」
書く手を止め、俯き
ボソリと呟く。
「無力さにつくづく嫌気が指しますね。ヒーラーとしての能力しか取り柄のない貴方がいなければ戦闘一つも出来ない下級ウィザードの私に。」
彼は眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をする。
すると私達に
近寄ってくる足音が聞こえる。
彼は音のする方に体を向け
私を守る様に立ち塞がる。
「お困りですか。私もなんですよ。ウェサさん」
目の前に現れたのはココア色の髪に
ヘアバンドを付け
真っ黒な瞳の左目を眼帯で覆った
筋肉質の大柄な女性。
リビジョアさんだ。彼女とは彼を通して顔を知っている程度の認識だ。
「よぉ。リビィ。今回は目を潰さねぇのか。珍しいねぇ」
そう、リビジョアさんは視線恐怖症で
普段は残った右目も潰している姿が
日常的なのだがどうしたのだろう。
「人間に馴染む為に冒険者ギルドの仕事を受けたので作り主である闇の精霊様が瞳を改造してくださったのです。私は潰れた瞳の方が能力を使用しやすいので困りはしませんが闇の精霊様の面子がありますので。」
「そりゃ、両目の潰れた女を雇う冒険者ギルドなんてそうそうねぇからな。外面だけは綺麗にしとかねぇと。俺が言うんだ間違いねぇだろ。お仕事ご苦労さん。」
彼女は小馬鹿にしたような
笑みを浮かべるだけで返事はない。
彼はその姿を見て鼻で笑い話を続ける。
「んで?お前の仕事ってなんだよ」
「アルビノの暴君の討伐。困る理由がご理解いただけますよね?」
「あー…聞きたくなかったねぇ。そんな気はしたが。お前さぁ、最初から交渉しに来たろ。」
「そうですよ。私は白魔さんの首なんて要りませんし、あの化け物と事は構えたくありません。戦える方を求めていたのでしょう?私にお任せください。」
「ほぉん、代価は?」
「そんなものは必要ありません。前に借りがあったでしょう?その借りを返したいだけです。」
「はー胡散臭、でも背に腹は代えらんねぇから受けてやるよ。」
「よろしいですか?ウェサさん。」
困り眉ながらも笑みを浮かべる彼女の顔を見る事なく頷く。
「では、私は女王蟻の首を持っていきますね。」
「倒したっていう実績だけじゃ足りねぇのか。で?無い物をどうやって持ってく気だよ。俺の一部でも持ってくか?頗る嫌だが。」
「そのご厚意は助かりますがリアリティが足りません。ここは不慮の死を遂げた者がさ迷う地。居るんですよ、悪霊と成り果てた者達が。それを駆除してください。私も一応手を貸しますがね。その悪意と貴方の一部を使用して首を偽装します。私はよりよく騙しますから。」
「あら、頼もしい事。賢い奴の考える事は違うねぇ。」
彼は相槌を打ちながら話を進めていくが私は「悪霊」という言葉に反応し
目を伏せる。
「…やはりそうでしたか。薄々感じていたんですよ。刺すような悪意。身を震わせるような無念を。私の普段の学園任務は祓いですから。」
消え入るような声で話す私を心配し
彼は頭を撫でる。
それを彼女は冷たい目で一瞥する。
「穢れし聖女はどこまでも優しいんですね。私は悪意さえ入手できれば困りませんので。ちなみに捕らえてあるんですよ。その悪霊。解き放ちますので普段通りにやってください。それでは」
彼女が杭を取り出すと
それをナイフで真っ二つにする。
すると猛烈な怨嗟が辺りを揺らし
視認できる程にハッキリとした
紫色の人の頭の塊が目の前に現れる。
「さてと、ちゃちゃっと片付けますかね。」
私は彼を身に纏う。
身体中に様々な虹彩を持った瞳が現れ
両腕を蟷螂の様に変化させる。
数歩下がって両腕から真空波を放ち
悪霊に傷を付ける。
喧しい喚き声を上げるが
再生などする事なく悶えるだけだった。
怨嗟は強烈だったが
そこまで強くはないらしい。
遠くで彼女が右手を上げるのが見えると
トラップが発動し
建物が崩壊し、悪霊に向かって倒壊する。
半分ほど潰れた悪霊は
更に激しく喚き出す。
「何ですか、予想より弱いですね。人間を元にしたものなんてこの程度ですか」
彼女が悪意を奪おうと近寄るが
私は気が付く
頭の一つからヒドラの様な触手が生え
彼女に向かって
高速で振り下ろされようとしているのを。
避けるように声を出そうとしたが
彼女は呆気なく
触手の餌食になってしまった。
だが、彼女の特性を思いだし震える。
「やってくれましたね。この気配、女王蟻の残りですか。良いですね。とても良く効く攻撃でしたよ。では、リアリティ追求の為に貰い受けますよ。」
左半身がぐちゃぐちゃになった彼女は
己の能力「負傷すればするほど強くなる」を
使用し、触手を素手で引きちぎる。
「どうしました?もっと掛かってきてくれても構わないのですよ。貴女の悪意と力が欲しいので。」
片手で触手を引きちぎりながら
片足で器用に悪霊の上を登る。
触手の生え際に手刀を差し込むと
そのまま触手を引っこ抜く。
そして、満足そうにそれを抱えて落下する。
「私の最終手段お分かりですよね。自爆です。それをやられると白魔さん程ではありませんが被害が出ますよ。早く片付けてください。これだけあればもうこんな塊に用はありません。」
彼女の感情のこもっていない忠告を受け
私は両腕で悪霊を切り刻み
胸に魔力を集中させ祓いの魔法を放つ。
悪霊は波動に飲まれ跡形もなく消滅する。
私は魔力を使った反動で意識が遠退き気を失う。
どれぐらい気を失っていたのだろうか。
辺りは真っ暗で
私は少々背が縮んだ彼にお姫様抱っこされていた。
そして、顔の側には真っ白な髪に
小柄な黒いローブの
中性的な顔立ちの紫色の瞳をした男性がいた。闇の精霊。闇を統べる神の右腕。彼の生まれた闇の世界の主でもある。
「目が覚めたかい、ウェサ嬢。我じゃよ。闇の精霊ぞ。リビジョアを修理して奴が冒険者ギルドに首を持っていくのを確認し、一部が無くなったこいつに力をくれてやろうとしている我である。」
「説明は感謝するがね。力は止めてくんねぇかな。暴走したかねぇ。」
「失敬な。我は闇の精霊ぞ。間違いなど無いわ。」
「お断りするね。ウェサ、帰ってキチンとレポート仕上げて休もうぜ」
「…。それでは闇様、私達はこれにて失礼致します。」
彼に下ろしてもらい闇様に深く一礼してから
その場を後にする。
「良きコンビになったもんよ。まあ、それはよい。これにてアルビノの暴君の件は終わりぞ。満足か白魔。」
瓦礫の影から
雪の様な白く長い髪を靡かせた
水色の瞳のゴスロリ少女が現れる。
「私は私でケリをつける気でいたんだがな。」
「仕方無かろう。白羽の矢はウェサを選んだのじゃから。たまにはお主の良き友を労うがよいぞ。」
何も言わずに
踵を返し白魔は去ってしまう。
それと入れ替わりに
リビジョアが戻ってくる。
「ただいま戻りました。」
「よくぞ戻ったのう。リビジョア。お主も良くやったわ。」
「お褒めいただきありがとうございます。闇の精霊様。」
「さて、我等も帰ろうぞ」
凍てついた風が廃墟を吹き抜けると
二人の姿は消え
静寂が辺りを再び支配した。

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