賢知と強剛

爽やかな小鳥の鳴く早朝を迎えたバー。
外と違いそこは荒れに荒れ
割れた酒瓶やグラス、照明が散らばり
そこそこ仕立ての良さそうなソファーは
ズタズタに切り刻まれ
壁には弾痕と刀痕が残り
戦闘があった事を示唆している。
乱雑に集められたソファーに大剣が突き刺さり
その側で深紫色の癖っ気のある長髪に
右目を薔薇の眼帯で覆った褐色肌の
紫のゴスロリの美女が
だらしなく鼾をかいて酒瓶を抱き眠っていた。
すると扉が開かれ
ココア色の髪にセミショートの左目を無骨な眼帯で覆った筋肉質で大柄な女が入ってくる。
そして、彼女は小さく溜め息をつき
深紫色の髪の美女の頬をつねる。
「いってぇ!何しやがる!ってリビィかよ。何か用か。あたし、寝てぇんだが?」
頬を擦りながらリビィと呼んだ女の腹筋に軽くパンチをして寝返りをうち、背を向ける。
「闇様からの指令をお持ちしたのですが。アウィ、受けてくれます?」
「はぁー?マジ?聞くだけ聞くわ。友人の頼みだからな。」
リビィの方に向き直ってから
ソファーから立ち上がり背伸びをする。この世界には属性を統べる神が存在し、その補佐を担うのが精霊。闇の精霊はその名の通り闇の統べる闇神の補佐。だが、あんまりにも闇神が仕事しない故に闇を管理しているのは実際の所、彼である。そして、リビィは彼に作られた闇の作成物という特別な存在で、存在理由は彼の補佐と多忙な彼の息抜きの作品である。
「そんで?内容は?くだらねぇなら受けねぇぜ。」
そうは言いながらも冷蔵庫を漁り
食べ物を抱える程に持ってきてから
金糸雀色の瞳はジトりとした視線で行儀悪く座りながら話を聞く。
「この近辺で闇の王と名乗る不届き者が存在しているのでそれの排除が目的です。」
「あっそ。それさぁ、お前だけじゃダメなん?あたしにはあんま関係なくない?親子…?まあ、親子か。それの仕事を引き受けてやるほどお人好しじゃないね。あたしはこの街で裏社会を知らない外部のチンピラを黙らせるっていう本業のギャングの仕事があるんだが?つーか、人間に人外の相手なんてさせんなよ。人外は人外で戯れてろっての。」
「そうおっしゃるのですか。では、貴女の大好きなスイーツを奢る話は無しですね。抹茶、お好きでしたよね。パフェなんて更に至高でしたよね。」
食べるのを止め、一礼し背を向けて歩き出すリビィのズボンを破れる程の勢いで掴む。
「マ?奢ってくれんの?それなら話は別だね。暴れられる上に旨いもんまで食える仕事なんて受けるしかねぇなぁ!」
ソファーに突き刺さった大剣を引き抜き盛大に振り回しまだ原型を保っていた家具達を叩き斬る。
辺りを気にしない攻撃により、右頬が切れたリビィはその様子を光のない真っ黒な瞳で一瞥し歩き出す。
「あ!待ちやがれ!!」
大剣を引き摺る金属音を響かせながら
小走りで追いかけていく。

「何処に居んのさ?」
地図を眺めながら時々立ち止まり
何かを仕掛けながら歩くリビィに声を掛けるが返事はない。
「答えろよ、叩っ斬るぞ。」
イラつき始めたアウィを横目で見ながら
仕方無さそうに口を開く。
「この貧民街の何処かとしか情報が無い上に相手は無駄に闇様を模倣していましてね。定まった形が無いのですよ。故に探し出すのは困難ですね。」
「あぁ!?ふざけんなよ!!面倒くせぇなぁ!賢知のリビジョアと闇を司る闇の精霊がそのザマで恥ずかしくないのか?」
「嗤いたければ嗤ってください。私は指令を遂行する事に全力を尽くしていますので。それと、私が目を潰していないという点に気が付いていないとは貴女はやはり力しか取り柄が無いのですね。強剛のアウィス。」
今すぐにでも殴り掛かりたいという衝動を一旦押さえ冷静になってリビィを眺める。
視線恐怖症で人と話す時は残った右目も潰しているのが通常だという事を思いだし
そこから考え出された答えを知った瞬間
口よりも手が動きリビィに大剣を振り下ろしていた。
「このアバズレ!あたしの事、人として認識してねぇなぁ!?」
歯を剥き出し、顔を真っ赤にしながら大剣を振り回す。
それを最低限の動きで回避しながら
表情を変える事なく言葉を放つ。
「試しただけですよ。闇様に改造していただいた瞳がどれだけの効力を発揮するのか。友人である貴女をこの目で捉えられるというのは新鮮で案外喜ばしい事ですね。一度は姿を納めておきたかったので。本当は潰したいのですが。私の能力ご存知でしょう?『負傷すればするほど強くなる』それよりも外見を重視しました。そういう指令ですから。」
大剣を振るのを止め、荒かった息を整える。
「は?闇の精霊からの指令なのに外面気にすんのかよ。」
「私は今、人間のギルドに所属してましてね。その仕事とも丁度被ったので一緒に片を付けてしまおうという魂胆ですね。私の話にご興味ないと思いますが、闇様の作り物の中で人間の友人を持っている希有な私がもう少し人間性をを学んで他の子に教え込めとの事でしてね。そこで多種多様な人間が集まるギルドに目を付けまして。問題があるとすれば私が視線恐怖症という大きなハンデ持ちという事象ですが。貴女の存在のお陰で作成物の中でもそれなりに優遇されるようになったんですよ。」
「あっそう!」
乱暴に言葉を吐き捨て、背中を思い切り殴る。
リビィは足が一歩前に出て前のめりになっただけですぐに体勢を戻す。
「こう見えても人間の貴女より脆いのでご勘弁願えますか?」
何も言わずに大剣を背負い歩き出すが
傷だらけの男達に四方を囲まれてしまう。
「このアマ!昨日はよくもやってくれたな!ぶちのめして回してやるぜ。」
一番体格のいい上半身と頭部を包帯で覆った男が喚く。
リビィは眉間に皺を寄せ頗る嫌そうな顔をし
「下賎な輩ですね。直視はしたくないものです。この目、潰したいですね。指令の方が優先度高いのでそんな真似はしませんが。」
アウィが反論を述べる前に
手品の様にナイフを五本取り出すと
正面の男達に向かって投げていた。
そのナイフは眉間を貫き、命を奪っていた。
「リビィ、お前さぁ…。たまに容赦ないよな。それで人間性あるっていうんだから笑えるな。」
「貴女にしては良い皮肉ですね。それはそれとして下等な存在に用はありませんから。」
男達はその行動に怒声を上げ襲い掛かってくる。
「良いじゃねぇか。全員叩っ斬ってやる!あたしを穢そうなんて何京年経っても出来ねぇんだよ!ゴミ共が!!!」
大剣を地面に突き刺し、吼えると
引き抜いた勢いで数人を横に真っ二つにする。
攻撃を受けても痛覚を遮断する能力のお陰で
「その程度か?フハハッ!」と嘲笑い
掴まれれば豪腕で投げ飛ばし
時には大剣を上に放り投げ
一人一人顔面を殴ってダウンさせる。
数の差があるのにも関わらず、豪胆な大剣の振りで
荒くれの集団は薙ぎ倒されていく。
リビィは魔術を使い
建物の間に干された洗濯物のロープの上にて
状況を眺めていた。
男達がリビィを見つけ喚く様を
見下しながら右腕を上げると
大量の虎ばさみが現れ、足を挟む。
そして、右腕を振り下ろすと建物の縁に置いてあった
複数個のバケツが落下し水をばら蒔く。
それと同時に電線がナイフで切断され水溜まりに落ちる。
無慈悲な電撃が男達を襲い黒焦げにしていく。
リビィは様子を冷たく眺めるだけでさっさと移動してしまう。
荒くれ達が半分以下になった所で
リーダー格の男はすっかり戦意喪失していた。
「ばっ…化け物…。」
「あたしは人間さ!お前らが雑魚過ぎんだけなんだよぉ!さあ、死ぬ準備はできたかぁ!!あたしに体を要求した代価はでけぇぜ!?」
後ずさりするリーダー格の男に
突如として現れた黒い靄が覆い被さると
リーダー格の男は
漆黒の筋骨隆々な肉体に所々赤い線の模様が入った真っ赤な瞳の口が割けて数多の歯が並んだ化け物に変わっていた。
「それが闇の王ですね。血の匂いにでも釣られてきたのでしょうか。下等ですね。いくら能力があろうとも一撃でも喰らえばひとたまりもないのでご注意下さいね。」
「お前ふざけるなよ!」
口論している間に
闇の王が振りかざした拳はアウィを狙う
大剣でガードするが
足が地面にめり込み、地面にヒビが入る。
リビィが腕を上げると
既に街中に仕掛けられていた
トラップが発動し
そのうちの一つ槍が飛び出すトラップにより
脇腹を貫かれた闇の王は怯み、後退る。
「痺れるねぇ…。」
大剣を落とし、両腕を力なく垂らす。
リビィがアウィの目の前に立ち
振り向く事なく小瓶を放り投げの中の液体をかける。
「冷たっ…って回復薬かよ。もっと丁寧に扱え!」
「私の腹部に穴が開く前に使っておきたかっただけですよ。ちょっと下がってください。すぐに攻撃のチャンス来ますので。」
すると本当に闇の王の拳が
リビィの腹部を貫き穴を開ける。
血は一滴も流れない。
「悪くない一撃ですね。それは良いので早くこの不届き者の首を刎ねてください。」
「分かったよ!」
闇の王は腕を引っこ抜こうと必死だが
リビィの強化された力の方が上で
腕を引っ張ると闇の王が前のめりになって倒れそうになる
そこをすかさず
大きく振りかぶった大剣の一撃で叩き斬る。
コロコロと転がる首は
だんだんと元のリーダー格の男の顔に
変化していく。
体はまだ動いているようで腕が必死にもがいている。
「無様ですが仕方ありませんね。私とトラップ巡りしましょうか。闇の王。」
そう言うと腕を掴んだまま走り出す。
火炎放射トラップ、硫酸トラップ
トゲ付きウォールトラップ等々
己が傷付いて見るも無惨な姿になりながらも
闇の王を引きずり回す。
元の場所に戻ってくる頃には
ズタボロで引き摺られた闇の王より
原型の無くなったリビィの様なものが
傷だらけの脚だけを残して倒れ込んだ。
闇の王も半身が完全になくなり肉塊と化していた。
「うぇっ、気色悪ぅ…。流石にこいつはキツいぜ。」
アウィがドン引きしていると
建物の影から
もっさりとした真っ白な長髪に
小柄な黒ローブの中性的な顔立ちの男が
地面からぬるりと生えるように出現した。
「アウィス、ほれ。ケーキバイキング券じゃ。受け取れ。我はこやつらを回収してくからのう。後は好きにするがよいぞ。しかし、我の真似事をする愚かな輩は滅びぬのう。大昔に光の輩に仕置きを受けて奪われた我の力の半分で構成された闇の世界から生まれておるのじゃから我の子であり我自身でもあるんじゃがね。定期的にこういう精霊の成り損ない。つまり、闇の王が存在してな。定期的に人間に迷惑かけて我の評判を落として闇の世界を貶めて。また光の輩に狩られるのは面倒で仕方がないからのう。手伝いに感謝するぞ。」
券をアウィの腹部にぺしりと叩き付けると
闇から巨大な手を生やし、黒い靄が再び何処かへ飛び立とうとしていた肉片を闇へと引きずり込む。
「こんなきしょいの見て物が食えるか!」
「なんじゃ、あんな職についている癖に軟弱じゃのう。別にリビジョアがどうなろうが慣れておろう。報酬はキチンと渡したぞ。文句なかろうて。」
「…直んのかよ。」
「すまんが我は歳でな。耳が遠いのじゃよ。もっと大きな声で言うが良いぞ。」
「リビィは直んのか!!闇の精霊!」
「五月蝿いのう。聞こえておるわ。直しておくよ。安心せい。」
「わたしは心配なんてしてねぇっての。ギャングだぞ。」
「そうかそうか。ならよいがね。素直じゃないのう。一人称変わっておるのには突っ込まんぞ。」
そっぽを向いてしまった
アウィを眺めながら
無表情で去ろうとするが
ボソリと闇の精霊は呟く。
「ツンデレめ。」
文句を言おうと振り向くが
そこには何もなかった。
呆れた様に溜め息を付きアウィはその場を去っていく。

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