ラジオ「LL教室の試験に出ないJ-POP講座~特集:チャイナ」放送後記座談会(6/20土25:00~O.A)


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▼今週の1曲
M-1 Wool & The Pants「Bottom Of Tokyo」

森野:坂本慎太郎が去年のベストの1枚に選んだというデビューアルバムなんだけど、先月のミュージック・マガジンで巻頭に載っていて、これかあと思って。
矢野:たしか、「江戸アケミ」っていう曲があるんですよね。
ハシノ:そういわれたらじゃがたらっぽさを感じなくもないね。
森野:アルバムではサウンド的にはなんでもありな感じの曲が入ってましたよ。
矢野:ニューウェーブ感もあって。
ハシノ:コールドファンクな感覚もありつつ。
森野:ジャンル的な居場所がないことによって存在感が浮き出すタイプのバンドという感じはするよね。「piticato aibu」とかそういうふざけたタイトルもあったり。
ハシノ:ライブでは1曲15分ぐらいワンフレーズで延々やってたりしそう、っていうかやっててほしい。それで異様な盛り上がり方するような絵が浮かびます。勝手ながら。
森野:なんか生意気そうというか、媚びたりしてなくていいなあ。こっちがすがって聴きたい曲だよ。


▼今週のテーマ「チャイナ」
M-2 YMC feat.DAOKO & 片寄明人「在広東少年」

矢野:矢野顕子のカヴァーですね。
ハシノ:歌ってるのDAOKO。イエローマジックチルドレンっていう名義で、去年だったか、高野寛とかそのへんの人がやったトリビュートライブの音源からです。
矢野:チャイナ特集ということで、矢野顕子の原曲は僕もプレイ候補に入れていました。いい曲ですよねー。
ハシノ:チャイナなメロディーもそうだし。歌詞も中国の仙人の話みたいな、残酷なような幻想的なような味わいで。はたおじでチャイナ特集やったときには原曲の「在広東少年」をかけて、チャイナものを左翼的・右翼的って分類したんですよね。
森野:それ、すごく面白かったんだけど、番組ではあんまり深堀りしなかったね。
矢野:左翼的/右翼的ってどういうことですか?
ハシノ:右翼のほうは、戦前の満州国とか上海とかの、大陸にロマンを感じるような路線。曲でいうと「蘇州夜曲」とか。おもに戦前なんだけど、一部戦後にも継承された流れ。
矢野:なるほど、上海バンスキング的な。
ハシノ:左翼のほうは、YMOの「中国女」に代表される、ゴダール〜毛沢東かぶれな路線。中華人民共和国としての中国。そういうふうに右翼/左翼を位置づけて、それとカンフーの流れもありますよねって感じで論じました。
矢野:カンフーは72年のブームで、ニクソン訪中と国交回復のタイミングでアメリカで流行る。
ハシノ:黒人カルチャーの中でウータン・クランもそうだけど、黒人ってカンフー好きじゃない?それがディスコと結びついて、カンフー系ディスコがあって。それのセットで日本にも輸入されてきたという。
矢野:なるほど。
森野:あんまり番組とかではできないよね。今や言葉の持つ意味が強すぎたり、偏ったりしすぎているので。
ハシノ:インパクト重視で右翼/左翼とあえて乱暴なカテゴライズをしてみました。そういえば放送中リアルタイムでおもしろがってツイートしてくれたのが電撃ネットワークのギュウゾウさんだったというね(笑)

M-3 泰葉「フライディ・チャイナタウン」

森野:これはラジオで聴きたいでしょう。しかも深夜にね、歌うヘッドライト的な気分で!
矢野:これもいい曲ですよね!
森野:アレンジが井上鑑なんだけど、イカしてるよねえ。l
矢野:泰葉ってこの曲以外にはなにかあるんですか?
森野:歌手としての活動はあんまりわからないんだけど、でも作曲をしてピアノ弾いて歌ってし、たしか音大にも行ってたんじゃなかったかな。
ハシノ:これ、ちゃんとした玄人の作曲だよね。素人のまぐれ当たりじゃなくてちゃんと練られてる。
矢野:タレントとしてはどういう存在だったんですか。
森野:三平ブームがあって、その娘ってことだから。やっぱり気の利いたアシスタントみたいな感じで出てた印象はあるな。
矢野:この曲は和モノとしてはずっと定着してますよね。
ハシノ:めちゃめちゃ踊れる曲で、しかも歌ってるのがあの泰葉っていうことで、めっちゃシズル感あるもんね。
森野:時代的にはフュージョンも入ってるよね、夜のアーバンな街の風景があって。
矢野:しばたはつみ、大橋純子とかああいうのが好きな人が並べてかけそうなイメージ。
森野:10年以上前に、許可局のイベントでゲストに出てもらったことがあるんだよね。まだ許可局も無名時代で失礼がないか集客が心配だったんだけど、蓋を開けてみたらロフトプラスワンに200人以上のお客さんが来てくれた。
矢野:イベントのときは例の三遊亭圓朝襲名云々の話はしたんですか?
森野:全然格が違うっていうか、懐深く受け入れたうえで、自分がおどける感じで立ち回ってたな。当時でいえば3人とも無名だからに怒られるかもってあったけど、わりと鹿島さんは今と変わらず突っ込んでたり。で、そういうのもわかった上で乗っかってくれたから、結果的にはすげーいいものになった。最終的には私が圓朝襲名します!とか言ってね、盛り上げてたよ。

M-4 安藤裕子「ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ」

矢野:鹿取洋子のカヴァーです。チャイナテーマで最初に思い浮かんだのが、泰葉の曲とこれの原曲でした。どちらも81年ってことで、中国とディスコっていう組み合わせですよね。
ハシノ:これ、さらに原曲があって。ディーゼルっていうオランダのバンドの曲なんだよね。鹿取洋子がそれを日本語カバーしたっていう。原曲はおそらくオリエンタリズムな文脈なのかなって思います。当時なんか今よりも欧米からのちょっとナメた感じのオリエンタリズム目線あったでしょ。で日本人もなぜか同じ白人目線で中国を見ていたっていうね。はたおじでチャイナもの特集をやったときに気づいたんだけど、チャイナものってめっちゃ面白いテーマだなと。誰もやらないなら半年ぐらい時間くれたらおれが新書でも書こうかなと思ってる。
矢野:いいですね。ぜひ書いて欲しいです!
ハシノ:なにしろ80年代ぐらいまで日本人にとって中国って親近感がある国だったんですよ。自分も大学の時に上海に行ったけど、幅広い年代に人気の旅行先だった。尖閣諸島問題以降の今となっては想像できないぐらい、みんな中国に親近感あったわけ。「ドラゴンボール」とか「らんま1/2」みたいな中国文化を好意的にとらえた作品が多かったことからもわかる。
矢野:ドラゴンボールも、実は中国が舞台ですもんね。
ハシノ:それと「飛んでイスタンブール」とか「異邦人」とかのシルクロードものの感じが合体したところもある。西遊記の「ガンダーラ」とか。そういう神秘的な場所としての中国イメージもチャイナものには含まれてるよね。


M-5 山口由佳乃「チャイニーズボーイ」

ハシノ:これも日本語カバーです。はたおじでもかけたんだけど、原曲はAnekaって人が歌った「ジャパニーズボーイ」って曲。イギリス人がオリエンタリズムバリバリで、着物風の衣装で歌い踊るっていう。
矢野:原曲にも、この中国風のフレーズはあるんですかね。
ハシノ:お、さすがの指摘。その中国風のフレーズは原曲にはなくて、「チャイニーズボーイ」にするにあたって足してる。
矢野:へえ、まったく違和感ない。それにしても、すごく錯綜していますね。まずイギリスからみた日本への視線がある。それで、山口のカヴァーのほうから原曲を引くと、あの中国風のフレーズが残るわけですよね。そこで、日本から見た中国のステレオタイプが浮き彫りになる。
森野:そういえば「ジンギスカン」は中国ではなかったよね。
ハシノ:ドイツ人ですね。
森野:あの曲自体のモチーフはモンゴルでもないよね。ガンダーラ的な感じなのかな
ハシノ:あれは中華っていうより、もっと野蛮な感じでしょうね。
矢野:ジャケットで山賊みたいな人が武器をもっていますよね。
ハシノ:そうそう。山賊みたいな。
矢野:若干ロシアも入ってますよね。
森野:そういう曲名のあったよね?
ハシノ:「めざせモスクワ」ですね。でもよく考えると、オリエンタリズムを逆手に取るのってYMOもそうか。「ファイアークラッカー」をチャンキーディスコでカバーするっていう、細野さんがYMO結成時に描いてたコンセプトと同じ構造。
矢野:YMOよりも無意識なぶんおもしろいです。中国とヨーロッパと日本というのは、カルチュラル・スタディーズでよく語られました。ゴダールとの関連から論じた上野俊哉さんの「中国女」論とか。中国と日本の音楽研究は、そこで一段落した感じがします。和モノ以降の音楽研究では、ハシノさんの言ってるようなことやってるひといないかもしれないですね。YMOはある意味確信犯だし学者も語りやすい気がする。
ハシノ:そうだよね。歌謡曲にあらわれる中国モチーフは思想とかじゃないもんね。
矢野:YMOは共産主義と全体主義とテクノみたいな感じだけど、このあたりには、必ずしもそうじゃない生々しさを感じます。
ハシノ:これはちょっと掘り下げたいテーマなんだよね。
森野:メロディだけだとわざわざ「チャイナもの」って言わなくても普通にあるよね。浸透しすぎちゃってて、ドラ入れようとかにはならない。きゃりーぱみゅぱみゅとかは裏テーマにあるかもしれないけど、和メロというか、ペンタトニックスケールがあまりにもこの20年ぐらいで有名になっちゃった。その中に中国っぽい要素ある、という感じだから、もう普通に普及してて中国を感じなくなってるかも。効果音的な物が入ると急激に中国っぽくなるけど、ギミックとしての「中国」ってもうあんまりないよね。扱いづらくなったのもあるのかな?
矢野:それはありそうですね。
ハシノ:扱いづらくなったというのと、現実の中国のイメージが先に立って変わり続けてて、特定のイメージが持ちづらくなってるのかも。
矢野:まあステレオタイプはだめですよね。
森野:そうだよね。中国って「中国っぽい」ことやるのかな。日本はやるじゃない「和の心を歌う」みたいな感じで。
ハシノ:それでいうと孔子を再評価するみたいなのはあるみたいですね。
矢野:たしか、2008年の北京オリンピックのとき、タマフルで、たしかコンバットRECさんが「おれたちの見たい中国ってカンフーじゃん!」って言いながら盛り上っていて、それは聴きようによっては差別的になっちゃうなって思ったことを覚えています。もちろん、差別の意図なんてあるわけはないんだけど、けっこうギリギリだなって。それからさらに10年経った現在では、「おれたちが見たい〇〇」というノリはもう厳しいと思うんですよね。もはや、イメージを出すっていう打ち出しかた自体がやりづらいんだろうなって思います。それはどう考えるべきなのか。
ハシノ:中国はしばらく行ってないけど、今年の1月に台湾に行きました。台湾では今でもガンガンに中国モチーフを打ち出してました。日本だとここに鳥居とか富士山とか配置しそうだなっていう場所にちゃんとそういうものを置いてた。どこの国でもそのへんは変わらないのかなと。
矢野:椎名林檎的な表層的なイメージの使い方でもあるのかな。

M-6 ローザ・ルクセンブルク「在中国的少年」

ハシノ:どんとだ。
森野:これはもうイントロのフレーズからそうだし、最後はドラで終わるしね。これデビュー曲なんだけど。矢野顕子と細野晴臣が大絶賛したと言われてる。
矢野:タイトル的にさっきの矢野顕子を意識してるんですかね。
森野:このアルバムは全体的にそういう感じなんだよね。
矢野:ハシノさんの区分で言うと、これは左翼チャイナですよね。そもそもバンド名がローザ・ルクセンブルクですからね。ローザは基本的にはニューウェーブと考えていいんですか。
森野:そうだよね、カテゴライズしにくいけど。もうちょっと音楽的に深いっていうか、流行りっていうよりはジャンルが先行してないっていうか。ドラムの三原さんはローザの後ルースターズに入って、その後にスターリン加入!
ハシノ:やっぱ流行りから遠い感じが京都っぽいな思いますよね。村八分からなんならモーモーまで繋がるような、ラインがありますよね。
森野:なんなんだろう。妙に落ち着いてるというか、浮き足立ってない印象を受けるんだよね。
ハシノ:大学8年生感がある。京大の寮に入り浸ってるみたいな、それで焦ってないみたいな。
森野:なるほど。東京は田舎から集まってきてるし人も多いし。大阪とも違うよね。
ハシノ:神戸の方の大学行ってましたけど、神戸とも大阪とも違って京都は大学生がのびのびしてて楽しそうだなって思ってた。
森野:インディー的なことも東京だとファッションな感じなんだけど、京都は地に足がついてる感じがしてね。同じようなことやってても壁を感じたな。京都のメトロとか東京から行くと閉鎖的な印象を勝手に感じたな。別にお断りされるわけじゃないんだけど、見ていくならどうぞ、という感じで。
ハシノ:東京の音楽業界にいる「大人」に該当するものが京都にはいないので、「大人」のほうをむいて音楽をやる必要がないんだと思います。ライブハウスにいる大人たちも商売っ気がないというか、業界業界してない。
森野:あと着席のライブハウスが多いよね。大人の客が多いのかな。
ハシノ:高田渡と同じハコで若いバンドもやるし、その両方とも見に来るお客がいるっていうのは京都らしさですね。
森野:店に客がついてる感じもあるし、誰がやってるとか関係なく飲みに来る人がいて。
矢野:音楽ライターの岡村詩野さんも「京都がおもしろい」って京都に行きましたね。
森野:京都はやっぱりプライド高いよね…?
矢野:京都学派っていう潮流があって、これは学問のジャンルを超えて存在するんですよね。実際、圧倒的に教養があるから東京は圧倒的に見下される。
森野:とある仕事で京都の大学と請求書のやりとりをしたんだけど、なんかねメールの文がいちいち偉そうなの(笑)。こっちが頼まれているんだけど、請求書のやり取りひとつとっても全部偉そうでさ、腹が立つというか笑っちゃったな。
矢野:京都コミュニティに寄稿するのは緊張感ある。
ハシノ:東大はアカデミズムの中でっていうより卒業して官僚になるとかが出世コースだけど、京大は大学の中で偉くなるのが本流っていう。
森野:「京都ぎらい」って新書がヒットしてたけど、京都の中でもヒエラルキーがすごいってね。嵯峨あたりだと肥を運んで行ってくれるから、いつもありがとう的な感じでバカにされるとか。
ハシノ:そのあたりの話は実はちょっとセンシティブだったりします。シャレにならない差別問題もあるし。
森野:チャイナがいつのまにか京都の話しになっちゃったね。
矢野:まあ、京都は中国文化が色濃いですから。

M-7 水曜日のカンパネラ「カンフーレディ」

ハシノ:これポンキッキのイメージがすごくある。
矢野:最初はポンキッキの「カンフーレディ」の原曲をかけようと思ったのですが、カヴァーもあることを知って、こちらを選びました。
ハシノ:すごいセンスいいカバーだよね。
森野:もともと本人の曲じゃないかっていうぐらい違和感ないよね。
ハシノ:違和感ない。
矢野:原曲はやはり80年ですね。
ハシノ:リアルタイムでポンキッキ見てた時代にガンガン流れてたからめっちゃ印象に残ってる。
矢野:原曲はヴォコーダーが使われているんですよね。
ハシノ:これも時代的にカンフー・ディスコとシルクロード的な、チャイナものが盛り上がってた時代の産物でしょう。
矢野:アメリカのガレージバンドにも中国ものありますよね、ヘッドコーツとか結構やってる印象です。80年代の中国っていうのは、どのような存在だったのでしょうかね。
ハシノ:パンダが来て田中角栄で国交回復してっていう、それ以降に盛り上がったんじゃないかな。それ以前って冷戦だしどう触れたらいいかわからない隣国だったのかも。戦時中に悪いことした負い目もありつつっていうところに、国交回復して仲良くしましょうってなって。
森野:そういうシリアスなイメージとは区別して、耳障りの良いとこだけとってる感じはあったよね。中国4000年の〜みたいなコピーってよく聞いたし。
矢野:社会的な動きの上澄みのような部分だけが音楽にあらわれているんですかね。
森野:その扱い方はすごく雑だよね、瞬発力というかさ。そんなのちゃんと考えてたらできないよねっていうポップスの作り手の考え方があったんじゃないかな。それゆえの良さみたいなものも
矢野:しかし、「おれたちが見たい中国」じゃないけど、その雑さが現代はやりにくくなっている。
森野:そこはものづくりの難しさで、偶然おもしろいものができる余地がなくなってるとも言えるよね。
矢野:厳密に考えたら、日本の音楽でチャイナをする必然性はないですもんね。例えば、アフリカン・アメリカンによるブラックライブスマターと比較したら、必然性のなさは明らか。ただ、そうなると、今度はブラックライブスマターにどうスタンスとっていいかわからないところはあります。
ハシノ:こないだブログに書いたけど、アメリカの極右が「ブーガルー」を自称することの雑さは、チャイナ歌謡の天然の雑さとは違って、わかった上で文脈を踏みにじることの快感が目的化してる雑さは嫌だなって思う。ネトウヨの嫌な感じと同じ。

(選曲を聴き終えて)

ハシノ:でもやっぱチャイナおもしろいな。

森野:そもそも歴史が全然ある国で、日本より大きいわけだし。この近現代に限って立場が逆転して、調子に乗っててのもあったけど、いまだにその頃の名残で見てる人もいるんじゃないかな。
ハシノ:石原慎太郎的なね。

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それでは、次回も土曜日の深夜1時です。市川うららFMでチャイム着席をお願いします!(以下のリンクからも聴けます。)

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