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エネルギー
熱が全然さがらなくて、布団で何日も寝ている。
薄暗い畳の部屋に閉じこもって、外の世界の喧騒を聴きながら、寝て起きて、また眠りに落ちる。
たくさんの人たちが試合をして負けたり勝ったり、落ち込んだり喧嘩したり愛し合ったり、そういうのを想像しながら、自分はじっと布団の中で生命維持活動に専念する。
身体に集中すると頭の熱さや手足のしびれの波長をかんじる。身体が、わたしの世界の全て。手の先に落ちている黄色いボールペン。黄色いひまわりのついたやつ。小学校の時に買って、母親にうらやましがられたもの。触れるか触れないかのところで、わたしの体温は冷たいボールペンと隔てられている。
わたしは生き物だ。ボールペンは生きていない。
呼吸する。寝返りをうつ。頭の熱いかたまりが右に傾く。どくどくどく。目の前にあるタンスの中には、高校生のときに着ていたブレザーと、体操服が詰め込まれている。手を伸ばせば届く。もう二度と着ることがない過去のもの。かつては毎日わたしの肌に触れて、外の世界に出歩いていたもの。大人になって、時が経って、制服はなにもかわっていないのに、わたしが変わってしまって、タンスの中でものとしての生涯を終えていくだろう。
わたしは年をとる。制服は年をとらない。
熱さ。熱さ。生き続けるわたしの体温が移って、生きてないまくらが重くて暖かくなる。まくらも夢を見るのだろうか。
もしかしたらわたしたちの見る夢は、わたしたちの周りのものが見る夢が移ってるのではないか。意識がなくなったとたんに、身体を乗っ取って、昼間の間に触れたもの、食べたり飲んだりしたもの、考えた対象(実家のこと、会社に置いてきたノートやハンドクリーム)の余韻が、エネルギーが、わたしたちの脳をうごかす。
彼らははっきりとした目的や言語を持たない。夢はだから、いつもとりとめがなく意味がない。
白い猫も黒い猫も、こっちにおいで。
軒先に落ちる雨だれ。遠くにぼやける緑の山の端。
試合の前半、一度も蹴れなかったサッカーボール。
窓の外の光が急速に失われて、群青色は濃さを増す増す増す…あっというまに藍色、そして黒さがそれを覆い、ついに漆黒の闇。夜がやってきた。
身体と世界の隙間が意識できなくなる。身体の濃度がうすくなって、闇の空気とおなじくらいになり、意識だけがどうにかやっと自分の身体のかたちをつなぎとめているかのようだ。
わたしは生きている。生きている。
突然大きなどしんどしんという音がして、床が波打ち、どかんとなぐられたように家が鳴る。
闇のなかから生き物が目覚めた。
いままで意識していなかった窓の外に風が甲高く音を立てて吹きわたり、人々が眠りから目を覚ます。
冷たい冬の朝。夜明けまであと一時間半。
街を揺らし、夜を終わらせ、空が急速に青さを見せ始める。
屋根の群れが色を帯びる。雲のようなかすみのような白い気体が空を浮かび去っていく。ぼんやりとした夢のかたまりが、道路のあちこちで立ち尽くして、そのまま消滅していく。
その朝の空気は、いつもどおりの夜明けの青だった。
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