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愛知の地名由来「年魚市(あゆち)」はどこまで海だったのかを地名から見てみる

今日は愛知の地名の由来「年魚市(あゆち)」について、調べてみました。年魚市は万葉集の時代は「あゆち潟」と呼ばれていて、昔は干潟や海であったと伺えます。

下の古地図を見てみても名古屋のほとんどは海に沈んでおり、熱田神宮はちょうど海と陸地の境界にあった感じになっています。

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実際に地名として海に関連する地名を地図に表示した場合、海に関連した地名は陸と海で分かれているのか気になりますよね。

そこで、「言の場」を使ってそちらを調べてみました。

例えば、「島(シマ)」の地名で検索してみると島があったであろう場所は見事に地名として残っており、逆に陸地の部分にはピン自体がないです。

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こちら「新田」は湿地を田んぼにした地名、名古屋の西側はほとんどが海で、田んぼを開発していったことがわかる地名ですね。

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「津」は船着き場の意味があるのですが、名古屋の上前津も昔は船着き場であそこまで海だったんですね。wikiにも載ってました。

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そして、「端(ハタ)」川岸・海岸を表す地名なのですが、名古屋の西側はやはりピンの数が多いので、海なのか川なのかはありますが、岐阜の方まで海だった形跡が残っているのかもしれませんね。

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「新田」は比較的新しい海の部分、「端(ハタ)」は比較的に昔に海だった場所が地名で分かれている感じもします。

また、近年の埋め立て地で海が陸になった部分は地名に表れていないのは、キラキラ地名(瑞祥地名)をつけている表れなのかもしれません。

下の画像はキラキラ地名の「野」のピンが立つ場所です。

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こうして地名由来だけでなく由来の場所を地図に落として、総括的にみるとその土地の成り立ちがわかるので、古来からの地名は大事にしていきたいですね。

そんな思いもあって、「言の場」を制作しています。
ぜひ他の地名由来も「言の場」を使って調べてみてください。


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