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1980年のプログレ風景:ピンクフロイドの大ヒットを横目にジェネシスファミリーの底力に震える

 前年の11月30日にリリースされたピンクフロイドのThe Wallが久々の大ヒットとなり、そこからシングルカットされたAnother Brick In The Wall, Part IIが、米BillboardチャートのNo.1を4週連続で記録するという、あり得ないようなことが起きたのが、1980年の春なのです。

The Wall / Pink Floyd 1979

Another Brick In The Wall, Part Two / Pink Floyd 1979

 このときどうしてこのアルバムと、シングル曲がこれほどのヒットになったのかが、今になっても全然腑に落ちてないのです。ピンクフロイドといえば、それまでもアルバムセールスとしてはかなりなものを誇っていたわけです。もし、プログレマニアだけが買っていたら、絶対あれほどのセールスにはならないわけで、そういう意味ではかなり普通のロックファンの中にもピンクフロイドを聴く人がたくさんいたのだと思うのです。それにしてもなんです。ディスコミュージック全盛のアメリカで、あの影のある曲がシングルチャート1位になるなんてことは、やっぱり信じられないのです。アルバムだって大ヒットしてるわけなんです。確かに、1曲1曲は比較的短い曲が多いですし(それでも全曲がつながってるというプログレスタイル)、シングルカットされた曲以外にも、Comfortably Numb とか Run Like Hell とか、後のライブの定番曲となる名曲も含まれています。でもなんです。ディスコミュージックが流行りまくってる時期に、このアルバムが「大」がつくヒットになるなんて、どうしてもわたしの頭では理解出来なかったのです。今になってもあまり納得できる解説を読んだ覚えがありません。

 ちょうどそんな頃にやってきたのが、ジェネシスのマイク・ラザフォードの1stソロアルバム Smallcreep's Day なんですね。この人は、ジェネシスの最初期からのメンバーで、もともとはギタリストから転向したベース担当ですが、ライブではベースとダブルネックの12弦ギターを弾いたり、その後ギタリストのスティーブ・ハケットが脱退したあとはリードギタリストも兼務するという、なかなか器用な人なのです。前年のジェネシスサウンドの中核であるトニー・バンクスのソロアルバムが、なかなかの出来だったため、こちらも興味を持って聴いたわけなのです。

Smallcreep's Day / Mike Rutherford 

このアルバムでキーボードを弾いているのは、ジェネシスのオリジナルメンバーであるアンソニー・フィリップスなんです。さらに、Brand Xのモーリス・パートがパーカッションに参加していたり、ヴォーカルのノエル・マッカラという人は、ピーター・ガブリエルの後任ボーカリストに名前が挙がった人なんです。セールス的には決して成功ではなかったのですが、まあジェネシスマニアにとっては、なかなかおもしろいアルバムでもあるのです。(ドラムは、名手サイモン・フィリップスです)

 ところがどっこい。これが見事なまでのプログレアルバムとなっていたのですよ。A面はあるストーリーに基づいた組曲、B面は5曲収録というスタイルで、プログレのアルバム一発屋として知られるマンダラバンドの曼荼羅組曲のような構成のアルバムだったのです。元ジェネシスのスティーブ・ハケットが、わりとジェネシスの雰囲気を残した作品を作っていたのですが、マイク・ラザフォードは少し軽く、またちょっと違う印象だったのですが、何よりもメロディメーカーとしての非凡さが十分理解出来る素晴らしいアルバムだったのです。こうして、3人になったジェネシスのメンバーのソロアルバムをここまで2人分聴いて、それぞれがバンドの3分の1どころか、ひとりで十分バンド背負っていけるくらいの実力を持ってるということがここでよく分かったわけなんです。これには正直驚きました。

 そうこうしているうちに、今度は本家ジェネシスの新作、Dukeがやってくるのです。そして、またまたこのアルバムに打ちのめされるわけです。

Duke / Genesis

 前作 …And Then There Were Three は、フィル・コリンズが最初の離婚でゴタゴタしていたときに制作されたアルバムでした。残りの二人がほとんど曲作りを行って、フィルはあんまり参加してなかったようなのですが、結局離婚することになって、フィル・コリンズの自宅から奥さんが子どもを連れて出て行ってしまうんですね。こうして空っぽになったフィルの自宅に、あと2人のメンバーが機材を持ち込んで、そこでニューアルバムの制作をはじめるんですね。これはフィルの希望でそうなったようではあるのですが、なんか、離婚でボロボロに落ち込んだフィル・コリンズを、他のメンバーが励ましたような感じの仕事の仕方なんです。こうして制作されたのが、Dukeです。トニー・バンクスとマイク・ラザフォードはパブリックスクールの同級生ですが、ここにフィル・コリンズを入れた3人というのは、やはりかなり仲の良いメンバーなのですよね。なんかすぐメンバー間でいざこざを起こす某バンドと違って(^^;)、ジェネシスというのは、3人になったメンバー同士の信頼関係がかなり強固なバンドなのです。もちろんそんなことは、当時全く知らずに音だけ聞いていたわけですが。

 さて、このDukeですが、これが前作 …And Then There Were Three に比べて、またちょっとプログレに回帰したような素晴らしいアルバムだったのです。冒頭から3曲が組曲のようにつながって約13分、エンディングのインストゥルメンタルは2曲がやはりつながっていて、あわせて11分弱と、プログレっぽいお作法で固めておいて、その間をポップな曲で埋めるというような構成になっているのですが、ポップな曲といっても、やっぱりジェネシスらしいひねりのあるポップさで、その中にトニー・バンクスがどしっと構えていたりするわけです。さらに言うと、ヴォーカリストとしてのフィル・コリンズの圧倒的な成長が感じられるアルバムでもあったわけです。

 そしてこのアルバムは、イギリスのアルバムチャートで初の1位、アメリカでも11位を獲得し、それまでで最大のヒットとなります。さらにシングルカットした3曲 Turn It On Again(邦題:君のTVショウ)(全英8位・全米58位)、Duchess(全英46位)、Misunderstanding(全英42位・全米14位)が、どれもそれなりのヒットとなったのです。特筆すべきはイギリスよりアメリカで売れたMisunderstanding でして、これはアルバムに2曲だけ入っていたフィル・コリンズがひとりで作曲した曲のうちの1曲なんです。ここではじめて本格的に作曲に取り組んだフィル・コリンズが大いに自信を深め、これが後の彼のソロアルバムにつながっていく起点の曲となるわけです。

Misunderstanding / Genesis

 すいません。ジェネシスの話になるとどうもくどくなってしまうのですが、この年は、この名盤 Dukeに続いて、ついにピーター・ガブリエルの3rdアルバムも発売されるのです。いよいよ、ピーター・ガブリエルが覚醒したのもこの年なのです。

melt Peter Gabriel 3 / Peter Gabriel 

 このアルバムは、例によってまた peter gabriel としかクレジットが無いわけですが、ジャケットのイメージから melt と呼ばれるようになったものです。この頃、自分が脱退してからどんどんとビッグになっていくジェネシスを横目に、かなり焦りがあったのではないかと思います。ソロ1st、2ndのセールスもそれほど振るわず、この3rdに至っては、所属するアトランティックレコードから、「商品性がない」とまで言われて契約を打ち切られてしまい、別のレコード会社からリリースされるという程の追い込まれ方なんですよ。ところが、これが全英アルバムチャート1位、全米22位という起死回生のヒットになるのですね。ちなみに、このアルバムではドラムに旧友のフィル・コリンズが参加し、レコーディング中に、後にあの80年代サウンドのアイコンともなる有名なドラムのゲートウェイサウンドが生まれたわけです。

Intruder / Peter Gabriel

そもそもは、ピーター・ガブリエルがこれまでとやり方を変え、曲をリズムから作るという試みをはじめたことが発端なのです。そしてフィル・コリンズのドラムセットから、シンバル類を一切外して、あれこれ試しているときに、偶然できたのがこのドラムサウンドでした。このサウンドにインスパイアされたガブリエルは、一晩でこのアルバム冒頭曲 Intruder を書いたのです。本当に、あのジャケットからレコードをとりだして、初めて針を下ろしたとき、いきなりのこのおどろおどろしい曲で、度肝を抜かれました。ちなみに、このアルバムにフィル・コリンズが参加したのは、ガブリエルが金欠でバンドに払うギャラが足らず、フィル・コリンズが友情出演したからなんだそうです。

 この曲だけでなく、アルバム全編を通してみなぎるピーター・ガブリエルのテンションがすさまじく、何かこれまでの2枚のアルバムとは全く違うサウンドになっています。プロデューサーに、ニューウェーブ系バンドを手がけていたスティーブ・リリーホワイト、エンジニアにヒュー・パジャムを迎え、そういう音も取り入れながら、実に彼なりのアウトプットとなっており、これが初めてセールス面での成功を彼にもたらすのです。

 こうしてDuke、meltと、ジェネシスやピーター・ガブリエル渾身のアルバムが続いたところにやってきたのが、またしても元ジェネシスの、スティーブ・ハケット  なんです。

Defector / Steve Hackette

 ただ、このアルバムは前年の名作 Spectral Mornings の延長線上という感じでした。残念ながら、前作ほど名曲といえる曲が無かったように感じたんですよね。でも、やはりこれも、もはや安定のスティーブ・ハケット印でありまして、ジェネシスファミリーの連中って、なんでこんな凄いんだろう…という印象がわたしの中でもう確立してしまったというわけです。

 こうして、年明けからジェネシスファミリーのアルバムが立て続にリリースされて、しかもそのどれもに感心して、かなりおなかいっぱいのところに、今度はイエスがやってくるのです。

Drama / YES

 ただ、このときのイエス。何とリック・ウェイクマンだけでなく、ジョン・アンダーソンも不在で、そこにあの、バグルスのコンビ(トレヴァー・ホーンとジェフ・ダウンズ)が加入したイエスなんですよね。このニュースには正直耳を疑いました。当時の限られた情報では、どうして「ラジオスターの悲劇」のようなポップスグループのメンバーがイエスに加入するのか、その理由が全く分からずに、「どんな音になったんだろう?」みたいな興味が沸かなかったのですよね。それに当時の音楽雑誌のアルバム評もちょっと微妙なものが多かったように思うんです。今聴くとそんなに悪くないんですよね。やっぱりこれはこれでイエスだし、後の大ヒットにつながる伏線でもあったりするわけですが、結局このときは、もうジェネシス関連で満腹状態だったこともあり、このアルバムは買わずじまいだったのです。

 それよりも、この年にはもうひとつ、ハマっていた Bruford のニューアルバムが出てまして、わたしはにこっちに行ってしまいました。

Gradually Going Tornado / Bruford

Apple Musicでは、同じ年に発売されたThe Bruford Tapes というライブアルバムとのカプリングになってますね。

 このアルバムでは、もうアラン・ホールズワースが脱退して別のギタリストになっていて、その分かなりパワーダウンした印象で、ボーカル曲が多くなったりと、かなり変わっていましたが、わたしにはこの頃のBrand Xよりはずっと楽しめたのでした。ちなみにビル・ブルーフォードは、この後ロバート・フリップのディシプリンプロジェクトに加わり、キング・クリムゾンの再始動にそのまま参加することになるため、Brufordは、このアルバムが最後のアルバムとなるのです。

 ちなみに、そのロバート・フリップなのですが、前年の1stソロ Exporsure に続いて、 この年に God Save The Queen なるソロアルバムを出しています。ところが、これが彼が開発したあのフリッパートロニクスを使った作品集でして、これはもう全くロックという文脈から離れてしまっていて、ほとんど話題にすらならなかったと思うんです。なにせ、わたしも全くそんなアルバムの存在をつい最近まで知らなかったくらいなので….

 このように、80年代に突入しても、ピンクフロイドは大ヒットするは、ジェネシスファミリーのメンバーも次々とアルバムをリリース。イエスも派手なメンバーチェンジをしながらも、存在感を示したという感じで、プログレの人たちもそれなりに頑張っていたわけです。






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