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「電車」 善方基晴

 駅のホームで電車を待っていると、外国人の女性が地面にスマホを向けていた。

何かを写真に収めている様子でスマホが向けられた先を見ると、そこには整列乗車を促すための車両の扉の位置を示す表示があった。
 
なるほどこれは外国人からしたら珍しい表示なのだろうと思った。

 
それを見て僕は、少し前に読んだ話を思い出す。

 
 
 駅で電車を待っているとき先頭に並んでいたのだが、どうやら次に来る電車は車両の数が少ないらしい。

それに乗りたいのだが、自分が立っている扉の位置を示す表示の場所は駅の端であり、そこには止まらないのだ。しかも自分の後ろにはもう列ができてしまっている。これでは、完全に自分のせいでほかの人を間違った場所に並ばせてしまっていることになる。

そこで、その人はこっそりと脚に何か違和感があるといった顔をしながら脚を少し伸ばしつつストレッチをするフリをして、少しずつ横に移動しようとしたというのだ。

 
 
この話を外国人の女性にしたら喜んでくれそうな気がしたが、登山用だろうか、とてつもなく大きなリュックを背負っていて気圧されてしまい、ただただ僕は自分が乗る電車を待った。
 
 
 昔も今も電車に乗り込んだとき、気分が前向きになることはほとんどない。
 
満員電車はしんどかったり、鮮やかな黒のスーツを着て就活する大学生であろう人がいたり、明らかに頑張っている人がたくさんいたりする。
 
それに、電車と電車がすれ違うときの窓が震えて轟音が響く瞬間は今でも怖い。
 
 
 月に数回ちゃんと早い時間に電車に乗らなければいけない日がある。

一緒にその電車に乗っている人たち全員本当に偉いと思いながら周囲を見渡すと、その中に明るすぎる白の特攻服みたいな装いに、金のネックレスをじゃらじゃらしているようなめちゃくちゃチャラい人がいたりすると、この人めちゃくちゃチャラいのに朝早いのかよ、と思ったりして少し興味が湧いてその人のことをしばらく観察していたら目が合いそうになって、慌てて視線を逸らす、そんなことばかりだ。
 
 
 もう長いこと電車に乗る生活をしているのだから、前向きな気持ちで電車に乗るための何かをそろそろ身に付けたい。


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