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童話の部屋 ぎっちょの心


#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

 王子(おうじ)様(さま)は、左利(ひだりき)きです。

 それまでは、何(なん)の疑(うたが)いもありませんでした。

  あたり前(まえ)に、左手(ひだりて)で箸(はし)を持(も)ってご飯(はん)を食(たべ)て、普通に、左手で鉛筆(えんぴつ)を持ち字(じ)を書(か)いていました。

 字を書くといっても、ほとんどの物(もの)は、右(みぎ)利(き)き用(よう)なので、横書(よこが)きの場合(ばあい)、左から右に。縦書(たてが)きの場合、右から左へ書くわけで、左利きの子は、見(み)た目(め)はとても窮屈(きゅうくつ)そうだったのですが、王子様自身は、別(べつ)に不思議(ふしぎ)ではありませんでした。

 あっと、それから、ボールも左手で投(な)げていました。

  それが。

 ある日、突然(とつぜん)、母(はは)である女王(じょおう)様(さま)が言いました。
「右手でお箸を持ちなさい。」「右手で鉛筆を持ちなさい。」

「お友達(ともだち)は、みんな右手でお箸を持つでしょう。」

「お友達は、みんな右手で鉛筆を持つでしょう。」

「だから、あなたも右手を使(つか)いなさい。」

  えっ。 何(なん)で?  だれが?  左利き?

 王子様は、気(き)が付(つ)いていませんでした。

 人には、左利きと、右利きがいるのだと言(い)う事(こと)を、そして、王子様は、左利きなのです。

  女王様は、来(く)る日(ひ)も来る日も、朝(あさ)ごはん、昼(ひる)ごはん、夕(ゆう)ごはんの時(とき)には、お箸は右手で持ちなさい。お茶碗(ちゃわん)を左手で持ちなさい。

 字(じ)の練習(れんしゅう)をするときは、鉛筆は右手で持ちなさい。

 絵をかくときは、筆は右手で持ちなさい。

 そして、ボールを投(な)げるときときも、ボールは右手で投げなさい。

  王子様は、物心(ものごころ)がついたころから、ずっと左手が先(さき)でした。

 ゴミを拾(ひろ)う事(こと)も、鼻(はな)をかくことも、ハサミやカッターナイフも左手を使っていました。

  少(すこ)しは変(へん)だと思(おも)ったこともありましたけど、どんな道具(どうぐ)を使(つか)っても、何故(なぜ)だかわからないけど、なんだか少(すこ)し使いにくい。

 でも、自分(じぶん)では普通(ふつう)に、左手で、右利き用(よう)のハサミやカッターナイフを使っていたのに。

  
 もうすぐ学校(がっこう)に入(はい)るという、ちょっと前(まえ)の事です。

  女王様はこんな話(はなし)を聞(きき)きました。
 大臣(だいじん)A「学校に入ったら、左利きの子は大変(たいへん)なんですって。」

 大臣Bのパートナー「そうそう、左利きの子は、10人に1人の割合(わりあい)だから、何でも右利きの子優先(ゆうせん)なんですって。」

 大臣Cのパートナー「それに、左利きの子は、右の脳を経(へ)て、左の脳(のう)に入るから、言葉(ことば)の発達(はったつ)が少(すこ)し遅(おく)れるらしいって、聞(き)いたわ。」

 大臣D「鉛筆で字を書く時だって、横書きは左から右へ、縦書きは右から左へ書くでしょう。左利きだと、後(あと)追(お)いの様(よう)に見えるでしょう。なんだか、ぎこちなくって。」

  女王様は、王子様が憎(にく)くて、言っていたわけではありませんでした。

 学校で、苦労(くろう)をさせないように、ひとりぼっちにならない様(よう)に、右利きの友達から、いじめられないように。その上、言葉(ことば)が遅(おく)れるなんて。

 と、優(やさ)しい親心(おやごころ)だったのです。

  だから、来る日も来る日もお箸は、右手で持ちなさい。
  鉛筆は、右手で持ちなさい。
  どんなことでも、右手を使いなさい。と言っていたのです。

  考(かんが)えてもみてください、それまでは、赤色(あかいろ)だとおもっていたものが青色(あおいろ)だったり、桜(さくら)の花だと思ってたものが花(はな)モモの花だったり、山だと思っていたものが海(うみ)だったり。いや、ちょっと違うか。とにかく、それくらいのショックでした。

  女王様の親心は、王子様にとって大変(たいへん)な負担(ふたん)になりました。だって、朝(あさ)から晩(ばん)まで、お祈(いの)りの様に、右手をつかいなさい、左手でしてはいけません。右手を使いなさい。

  そして、とうとう、王子様は心(こころ)の病気(びょうき)にかかりました。夜中(よなか)に起(お)きて、急(きゅう)に泣(な)き出(だ)したり、ふらふらと歩(ある)き出(だ)したり、最後(さいご)には、一日中(いちにちじゅう)部屋(へや)に閉(とじ)じこもってしまい、何(なに)もやる気(き)が起(おき)きなくなりました。女王様の声(こえ)が耳(みみ)から離(はな)れないのです。

   「右手を使いなさい!」「お箸は、右手でもちなさい!」

  それまでは、とても優(やさ)しい女王様でした。毎日(まいにち)王子様の好(す)きなハンバーグを作(つく)ってくれるし、夜(よる)寝(ね)るときは子守(こもり)唄(うた)を歌(うた)ってくれるし。朝(あさ)は、優しく起(お)こしてくれました。晴れた日は、よく散歩(さんぽ)にも行きました。

  それが、ある日突然(とつぜん)、「右手を使いなさい。」と。

  
   何(なに)も知(し)らない王様(おうさま)は、大変(たいへん)慌(あわ)てました。王子はなぜ部屋に閉じこもってしまったのか。なぜ夜中に泣き出してしまうのか。

 王様は、女王様に尋(たず)ねました。

  女王様は、事(こと)のいきさつを、全(すべ)て王様に話(はな)しました。

 王子は、10人に1人の割合(わりあい)の左利きで、学校へ入ったら、いじめられたり、ひとりぼっちになるのではないかと思(おも)った事(こと)。
 絵をかいたり、字を書いたりすることで、苦労(くろう)するから、今のうちに右利きにしようと、来る日もくる日も、右手でお箸を持ちなさい、右手で鉛筆を持ちなさい、何でもかんでも右手でする様にしなさいと、言いつづけた事。

  女王様の話を聞(き)いて、納得(なっとく)がいった王様でしたが、

  王様は考えました。本当に左利きは、いじめられるのだろうか?
 ひとりぼっちになるのだろうか?

 確(たし)かに、絵をかいたり、字を書くことは不便(ふべん)だろうと思(おも)うけど、左利きは左利きなりの、良(よ)いところがあるのではないだろうか。右利きには無(な)い、何(なに)かがあるのではないだろうか。と思(おも)いました。

 そこで、いろいろと調(しら)べることにしました。
 インターネットで「左利き」「左利きの特徴(とくちょう)」。
 ありました。

 うまれたときは、左右(さゆう)の区別はなくて、2~3歳で決まってくることや、確かに、言語(げんご)情報(じょうほう)を司(つかさど)る、左の脳の発達(はったつ)が遅(おく)れることと、右の脳に入ってから左の脳にいくので、ちょっとだけ、周(まわ)りと会話が、右利きの子供より遅くなる。とありました。

 反面(はんめん)、左利きの場合、右の脳(のう)が先(さき)に活発(かっぱつ)になるので、絵や音楽の表現が秀(ひい)でている事や、空間(くうかん)をとらえる力や、情報をこなす力がすぐれているので、スポーツ選手(せんしゅ)やリーダー、芸術家(げいじゅつか)等(など)に向(む)いているとも書かれていました。

  そこで、王様は女王様とよく話し合いました。

 10人のうち1人の割合ということで、いじめられるとか、右利き優先になるとか、言葉が出にくいとか、悪いイメージばかりを持つのではなく、左利きの良いところを、伸(の)ばしていくことのほうが大事(だいじ)なんだ、ということに気(き)が付(つ)きました。

 そうでなければ、王子様は、一生(いっしょう)、部屋の閉じこもったままになる。と。

 ピカソやベートーヴェンやアインシュタインも左利きだった。と書いてありました。

  それからは、女王様は「なんでも右手でしなさい。」と言わなくなり、優しい王女様に戻(もど)りました。

  だから、王子様は自由に、左手で字を書いたり、絵をかいたり。カッターナイフやハサミを使うことができるようになりました。

  今(いま)思(おも)えば、1つだけよかったことがあります。
 それは、左手と、右手を同時(どうじ)に使える事です。
 左手で鉛筆を持って、右手で消(け)しゴムを使えるのです。

  でも、王子様は、まだ時々、女王様の「右手を使いなさい」という声が聞こえて、「ドキッ」として、後(うし)ろを振(ふり)り返(かえ)ることや、夜中に、ふと目を覚(さ)ますこともありますが、泣き出す事は、なくなりました。

 もし、あなたが左利きで、言葉が出てくるのが遅くても、何も悩(なや)むことはありません。
 あなたは
 10人に1人の選(えら)ばれた人かもしれません。
 芸術家(げいじゅつか)や音楽家(おんがくか)になれるかも知(し)れません。
 世界的(せかいてき)なスポーツ選手(せんしゅ)になれるかも知れません。
 
 でも、ほとんどの人は、ただの左利き終(お)わるでしょう。だから、胸(むね)を張(は)って、「私は左利き」ですと言えるように左手を愛(あい)しましょう。

 


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