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日曜日よりの使者

私の母は、歌が好きでいつも歌を口ずさんでいる。
私は幼い頃から母の歌が好きだったため、歌は自然と覚えたし、全ての曲が思い出深いものになっている。

中でも母は甲本ヒロトの歌が好きで、THE BLUE HEARTSやTHE HIGH-LOWSの曲を色々な場面で歌っていた。
私が悲しくなって泣いていると、
もう泣かないで〜…
と「君のため」を歌ってくれた。
その度に安心し、さらに涙が溢れた。
そういった思い出がいくつも心に残っている。

そんな母の歌に関する記憶で最も印象に残っているのが、「日曜日よりの使者」だ。
私は一人っ子で、家族で出かける時はいつも父と母と3人だった。
小さな頃から本当に色々なところにドライブに行っては楽しい経験をさせてもらっていた。
どこかに向かっている時やその帰り道の車内は、色んな話をしたり、しりとりをしたり、歌を歌ったり…
私はこの車内の時間がとても好きだった。
中でも母が楽しそうに歌う姿は見ていてとても安心できた。

日曜日、朝ごはんを食べ、 父の運転でドライブへ出発する。
車が走り出し、これから始まる楽しい一日を想ってワクワクする私。
すると母は、

「このままどこか遠く連れてってくれないか
 君は君こそは日曜日よりの使者」

と楽しそうに歌い出す。
幼い私は、歌詞についてなど深く考えていなかったが、なんだか楽しそうで優しい曲調にさらに心が踊ったのをよく覚えている。
母はドライブ中の車内で、本当にこの歌をよく歌っていた。
そして楽しそうに歌う母の歌を、私と父でニコニコしながら聴いていた。
それは嬉しいことに今でも変わらず、3人でどこかへ出かける時は、母が歌う歌を私と父で聴いたり、3人で歌うこともある。

最近、私自身があることをきっかけに甲本ヒロトの歌を聴く機会が増えた。
今までは、母の声で聴くことの方が多かったし、母との思い出を通して好んでいた。
それが大人になって改めて聴いてみると、歌詞も曲調も声も、全てが私を元気づけてくれると気がついたのだ。
やはり血は争えないということだろうか。
甲本ヒロトの声を聴くと、曲に込められているエネルギー、そして母との思い出が、同時に背中を押してくれる。
だから辛くて寂しくて苦しくてどうしようもない時は、聴いて元気を貰うようになった。

そんな中で、久々に日曜日よりの使者を聴いた。
すると、幼い頃には考えもしなかったことが、頭に浮かぶ。
母は、叶うことならば本当にこのままどこか遠く3人で行けたらと思っていたのではないかと。

幼い頃の私は、家族や周りの人のおかげで、日々に苦しいことなどなく、ただただ楽しい日々を当たり前のように送っていた。
しかし、大人になり一人になって気がついたが、大人にとって日常というのは辛いものだ。
お金がなければ生きていけない、そのためには仕事をしなくてはいけない、したいことを我慢しなければならない、無理しなければいけない…
私はまだ独身のため想像に過ぎないが、家族が出来れば、自分を差し置いて守り抜かなければならない存在がいて、自分がその責任を負うことになるだろう。

そのようにたくさんの重荷を背負って大人は生きている。
私の父も母もそうであっただろう。
幼い私が当然のように送っていた幸せな生活は、父と母の弛まぬ努力と沢山の苦労の上に成り立っていたのだと今思う。

そんな母が日曜朝、家族でドライブに出発した時に、楽しそうに歌う「日曜日よりの使者」。

「このままどこか遠く連れてってくれないか
 君は君こそは日曜日よりの使者」

当時は母を見て、ただ楽しいから歌っていると思っていたが、今は何となく違う気がする。
辛い毎日の中で、
こうして家族と過ごすかけがえのない時間がずっと続けばいいな。
もう日常に戻らずこのまま遠くに行けたらいいな。
今日という日が終わって欲しくない。
この幸せな時間に終わりが来ませんように。
そんな想いを抱きながら、あの曲を歌っていたのではないかと、そんな気がしてくる。

大人になり、大人の辛さをだんだん分かってきた私は、今「日曜日よりの使者」を聴いて、今の自分と歌う母に重ね、涙を流す。
私も、家族や友人、かけがえのない存在と共にすごしている時には、この時間がずっと続けばいいのにと思ってしまうことがある。
それだけ日常には辛いことが多くあるし、大切な人と過ごす時間は楽しいものだ。
しかし、時間というのは止まることなく進むし、一方通行なのは言うまでもない。
だからせめて、終わって欲しくないと思う程楽しい一日のため、今日も働いて辛いこともグッと堪えて頑張る。
そうして生きていき、いつか父や母のような、大人としての幸せを手にしたいと思う。

そして、手離したくないほど楽しい一日の初めに歌ってやろうと思う。

「このままどこか遠く連れてってくれないか
 君は君こそは日曜日よりの使者」

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