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アロマンティック・アセクシャルを自認した私の悩みというかもはや愚痴

※タイトルにでかでかと話題出しているので苦手な人は自衛してね※


わたしは数年前にアロマンティック・アセクシャルを自認しました。
専門的な勉強をしたわけでも、だれかと認識をすり合わせたわけでもないので間違っているかもしれませんが。
ネット記事やさまざまな方の体験談を読んで「たぶんそうだろう」となっています。

わたしが自認するまでの話

ここで突然ですが、自分の自認するまでの話をちょっとだけ記させてください。
なんか長くなってしまったしそもそも本題ではないので、そんなん知らんわ!という方は飛ばしちゃってくださいませ。

元々「恋愛」というものに興味が湧かない自覚はありましたが、数年前まで、とくに周りとの違いを意識して生活することはありませんでした。
子供の頃は周りに恋愛をしてない人なんていっぱいましたし。
とはいえ、そんなことが通じるのは学生までくらいなもんで、社会人となってからちょっとずつ違和感を持ち始めるようになります。

20代も過ぎますと、付き合った、わかれた、結婚した、離婚した、と同世代の友人からもたらされる話題はそんな感じの内容が増えていきました。
なぜだか私は友人からその手の相談を受けることが多く、友達にご飯に誘われていったらなぜか彼氏さんがいて、結果的に3人で楽しくご飯を食べる、なんて経験が数回ある。
もちろんオタク同士の話もあるけど、長話になればなるほど話題はプレイべーとな内容に変わってくる。
(今思えば、私のこれまでの話を聞いて友人はある意味安心していたのかもしれませんね)

人はなぜか自然に恋愛をするようになる。私以外は。
全然ピンと来なくて、なにかきっかけがあるのか?と疑問に思って友人たちに聞いてみたものの、納得できる回答は得られませんでした。
「好きな人ができたから」と言われても、うーんわからんってなっちゃう。
告白されて付き合った経験は何度かあるけど、大体相手の熱量についていけず、だんだん疎遠になるか、相手に悪いと思って早々に別れるかのどちらかでした。
家族愛とか、友達へ向ける愛情はあるけど、そこに「恋」という愛情のカテゴリは私の中には存在しない。
違和感はあるものの、それで困ったこともなかったので、「まあ私はそんなもんか」と特に重くは受け止めていなかったです。

そうはいっても、さすがにこのくらいの年になると、親に冗談ではなく本気で心配されるようになります。
祖父母には子供はまだ?って言われるようにもなる(結婚はもはや決定事項のようです)
会うたびに聞かれるから、子供として孫として期待に応えたい気持ちもある。
何もしてないのに「恋愛できないんで!」って言うのはアカンのではと思い、マッチングアプリとか、街コンとか行ってみたりもしたし、出会った人と何度か会って所謂お付き合いをしたこともあります。
話も楽しいし、気も合うし、一緒にいて楽しいのに、いざ恋人という立ち位置になると途端に違和感が強くあるのです。
相手にそういった雰囲気を出されるのも苦痛だし、こたえられずそれとなく避けてしまう。
相手は恋人としての付き合いを求めているのに私はそれができなくて、合わせようとしてもストレスがとんでもなくて、次第にきつくなってしまうから続かない。
自分もしんどいけど、相手に無駄な時間を過ごさせてしまっている気がして罪悪感がすごい。だからたいてい私の方から別れを切り出しました。

ちなみに性欲も今のところ全然ないからそういった欲を発散する必要もない。

アロマンティックの方の話でよく聞く「まだ人を好きになっていないだけ」と言う言葉。私も耳にタコができるくらいに言われました。
私も心のどこかで「そうなのかも」と思って期待していたけど、ことごとくダメで、もうその言葉を信じるのは疲れてしまった。
だから「アロマンティック」「アセクシャル」という言葉に出会って、そういった人もいるんだと知ることができてすごく心が軽くなった。

名前が付くのが嫌と言う人もいると思う。
でもわたしは名前を見つけたことで本当に楽になった。
あ~私と同じような考え方の人がほかにもいるんだなという安心感。

カミングアウトと理解されない微妙な辛さ

皆さんは自分の性的指向や趣向をカミングアウトした経験ってありますか?

私は友人に、異性を好きな人、同性を好きなひと、どっちも好きな人がいて、それぞれからカミングアウトされた経験があります。
中にはすごくすごく悩んで話してくれた人もいて、打ち明ける相手に私を選んでくれたことを感謝していますし、嬉しかったです。

そんな経験もあり、自分がアロマンティック・アセクシャルと気づいた時、「誰かに打ち明けたい…!」という気持ちが瞬間的に高まりました。
高まったテンションのまま、「まずは情報収集だ!」といろんな方のカミングアウトエピソードを調べ始めます。
いろいろと調べる中で、自分の中で思いもよらない新しい不安が生まれてきました。

私の考え方って、誰にも理解されないんじゃないか?という不安。

偏ったものばかり見ていたのかもしれないけど、カミングアウトの多くは、「自由な恋愛」というものが真ん中にある気がした。

・人を好きになることは素敵なこと
・恋愛に性別は関係ない

ネガティブなものでいえば、「同性を好きになるなんて理解できない」など。
肯定も否定も「恋愛」が前提になっていて、そのうえで色々な意見が語られている。

でも、わたしはそ「恋愛をしない・できない」を誰かに伝えたいと思っているわけで。

悪魔の証明じゃないけど、「無い」ことをどうやって証明したらいいの?と途端に不安になってしまった。

だって、私は両親がいて、兄弟がいて、祖父母がいる。
私が生まれている時点で両親は「恋愛ができる人」である。祖父母もしかり。
私にカミングアウトしてくれたいろんな人たちも「恋愛をする側の人」だ。
世の中には恋愛作品が当たり前にあふれていて、どんなジャンルの作品でも恋愛が絡められている様子からも、「恋愛をするのは当たり前」というニュアンスが受け取れる。
私自身昔からドラマでも映画でも漫画でも恋愛を扱う作品には触れてきたし、どれだけ当たり前に存在してるかは実感としてもっています。

そんな世界に生きていて、「恋愛をしない」は理解されるとは思えない。

実際友人間でちょこっと自分の話をしても「?」って顔をされるし、真正面から「何言っているかわからない」って言われたこともある。
そのくらい恋愛ってごく普通にあるもので、「恋愛がない世界」を想像できない人が多いんじゃなかろうか。
それを批判したいわけではないです。
というか私も自分自身で気づかなければあたりまえだって思ってただろうし。

たぶん私はまだしばらくカミングアウトはしないと思う。

伝えて批判されるならまだしも、そもそも理解されないかもしれないと考えたら、別にしなくてもいいかな…とか思ってます。

でもやっぱどこかしらに言ってスッキリしたいのでここに書きました!
ありがとうございました!!!!!
おわり!!!!!!!!!!!

(余談)

カミングアウトはしていないけど、実は両親にはそろそろ勘づかれているような気もしている。
マッチングアプリのこととか、付き合ったけど別れた話とか特に隠さずあけすけに話しているもんだから、この前「まあお前はもうそのままでいいよ」と言われました。
明確に「恋愛しない・できない」とは言ってないけど、「こいつに期待するのはやめとこう」とは思わせてる気がする。
ちゃんとカミングアウトしなくても、いつの間にやら伝わってたりすることはあるのかもしれませんね。

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