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わたしの話

皆さん、少しの間だけわたしの話をきいてくださいますか。
病気のせいでだんだんと声を出すことができなくなってしまいまして
言いたいことも言えなかったもんで。それが今なら出来るんです。
驚かないでくださいよ。実は私、ついさっき死人になったんです。
死人がしゃべるわけないって?そりゃそうですよ、今ここで私が
口を開けてごらんなさい。天と地がひっくり返ってしまいます。
肉体はすでに私のものではありませんし。
ただでさえ寒いこの時期に、身体はドライアイスでカチンコチンに固められて、まるで氷状態です。好き勝手にされて、たまったもんじゃありませんよ。でも私の魂はすでに外へ飛び出しているから、寒さは感じないですけどね、三途の川を渡るまでにちっとばかし時間があるんで、これから私がみるおもしろい経験をお話しようと思っているわけです。
良い方法がひとつだけありまして、娘の右手に降りて、一時的におかりすることにしました。それにしても肝心のその娘がまだ来てないんですよ。
子供のころからのんびりしていて何もするにも時間のかかる子でして。
じれったいったらない。こちとらは立派な江戸っ子!
コーヒーはコーシー。はっぴまで着せられてしまいましたよ。お祭り楽しかったなあー。あ、来た来た、やっと。
ぎりぎりで間に合った。おっ!またお酒つけてくれるのか、嬉しいねえ。
だけど手が震えているじゃないか。怖いかえ~。
こんな狭い箱に入るのはいやだが、仕方がない。すべての苦しみから解き放たれて自由になったんだからな。
私が降りている手の持ち主は、実の娘でして言うのもなんだが、私に似て器量よし。頭も良いが体があまり丈夫じゃない。数年前に心の病にかかっちまって、発作が起きると、私の往生際と同じくらい苦しいらしいから可哀そうで、不憫で。
しかしどんなにつらくても、私よりも先に逝かないという約束は守ってくれました。
性格が几帳面で約束は必ず守る子でして、亡くなるまでお年玉は上げるというもう一つの約束もきちんと守って、旅立つ一週間前に最後のお年玉をしっかりもらっていきましたよ。
こんなちゃっかりした子が心の病気に罹るんだから、人の運命はわからないね。でもまあ、生きててくれたから許せるな。
しかし許せないこともある。息子の嫁のことだ。呼ぶなと言っておいたのに
来てるじゃないか。息子は今回わたしのためにいっぱい働いてくれてるからあんまり悪口はいいたくないんだけどさ。
お互い犬猿の仲っていうやつでね。生存中は一度だって家に招いてくれたことはないし、床に伏してからも一度も見舞ったことがないんですから。
最上級の白状ものでしょう?
それだのに、甲斐甲斐しい嫁ぶりを発揮しているな。ウソ泣きだってわかるぞ。久しぶりに会った孫たちも幼いな。身綺麗を装って楚々として振る舞っているが、本物でないことは見る人が見ればわかるぞ。
そうだ、娘も病気になってから愛犬をこちらに押し付けて、それっきりだったな。その舞子は先に逝っているからもうすぐ会えるな。
犬のほうが子供よりもよっぽど可愛いな。それにしても暇だな。喉も渇いたな、お酒飲みたいな~。
ちょっくら部屋を覗いてみるか。
やや、なにやら宴会してるみたいだな。わたしを肴にして飲み食いしてるのか。結構楽しそうじゃないか。
あっちは同窓会風に盛り上がってるな。いい気なもんだな。
しかし連れ合いとは50年以上暮らして苦労かけどおしだったな。
こんな大酒飲みで我儘なわたしを最後まで看てくれてありがと。それにしてもお母さん、飲みすぎだよ。私がいなくなってほっとしてるのはわかるけどさ、飲み過ぎていいことはないよ。好きな酒飲みながら、ぽっくりいける幸せな人なんて、滅多にいないんだから。
そもそもこんな大酒飲みにしてしまったのは、この私だ。面目ない。
お母さんには感謝してるよ。でもお前、これから大変だな。周りを見てみろ。山婆嫁に、可愛くない孫、自分のことでせいいっぱいの娘。
碌なもんじゃあないぞ。だけど残りは少ないんだから、一日ずつを大切にして些細なことでもやりたかったことの中から今できることを見つけてさ。
人は死に直面すると、今まで見えていなかったものが見えてくるらしいし、娘はそうしてるみたいだぞ。
今言ってやれることはこれくらいだ。
おっといけない。時間だ。もう行かないと。少し喋り過ぎたかな。
楽しい時間は早いな。
これから川を渡る船に乗るんだ。乗り遅れたら大変だ。
もっと大きな川を想像していたが、大したことはない。泳いだって渡れそうだよ。むっ、川の向こうに誰かいるな。爺さん、婆さんかな。手を振っているのは兄さんだ。また一緒に酒飲むかな。これからは皆仲良くだ。舞子が尻尾振ってる。
やっぱり可愛いな。では皆さん、お会いする時までお元気で。
これ?何持ってるのかって?名前が書かれた順番表だよ。
次の人?知りたいのはわかるけど、教えられない規則だから勘弁してください。それこそ、知らぬが花ですよ。
でもこんなわたしのお喋りに付き合ってくれたから、こっそり教えちゃいます。
当分、空欄になってます。じゃあね。ばいばい。
                         2024年 みずな


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