よし、ボートだ!最終話

トシユキくんとは電話の翌日、場ではなく市内のホテルの1階ラウンジで待ち合わせた。
「くまさん、僕、こんなとこ初めて。」
うん、それでどうしたの?
トシユキくんは、一通の招待状を取り出し、是非来てほしいと言う。
結婚式の案内状、だった。

おいおい、これはなんだ、大丈夫か?
「僕、友達が少なくて・・くまさんは友達でしょ?ぜひ着てくださいよ、来てほしいな」
いやしかし、親子ほど歳が・・
「大丈夫ですよぉ、『社長』にも来てもらうつもりだから。」
えっ、社長?
「はい、他にもみなさんを呼ぶつもりです。」
みなさんって・・・ホントに大丈夫か?

とにかく直ぐに社長と連絡を取った。
「あぁ、もろたよ案内。結構なことやし、行かしてもらおと」
大丈夫ですかね、我々みたいのが・・
「本人来てほしい言うとんやから、ええんやろ?祝い事やし、断ったらあかんで。」
そうですかねぇ、心配ですがねぇ・・

結論から言う。
2時間以上の式の間、冷や汗を掻き続けた。

トシユキくんは誰でも知っている大病院の三男坊、だったのだ。
列席の来賓も、やれなんとか医大の学部長だ、衆院議員の誰それだ、市長の何某だと豪華絢爛。お嫁さんのお友だち席にはアナウンサーや歌劇団女優、ゴスペルシンガーまで居た。
こっちは社長と僕、たぶっちゃんあたりはまだしも、残る3人は明らかに遊び人だ。円卓の上空に『場違い』というプラカードが踊っていた、ほんとうに見えたよ、トホホ。
十数卓ある円卓の中でとにかく異様な空気感の我々の席は、好奇の目に曝され続けた。思い出したくない、忘れてしまいたい経験だ。たぶっちゃんの友人代表挨拶、社長の『愛の讃歌』独唱、吉田くん(詳しくは知らないが)の大道芸・・・
僕はハラハラしながら成り行きを見守った。どうにか紙一重、乗り切ったと思う。

新婦のお色直しだ、トシユキくんに酌をしがてら愚痴をこぼした、
トシユキくん、酷いぞ、金持ちの息子だったんだな
「そうでしょ、嫌な連中でしょ。」
え?
「僕のことなんか、どうでもいいんです、落ちこぼれだし。体裁だけですよ。彼女も見合いで、親同士が。」
「みんなが来てくれなかったら、僕は一人ぼっちでした。ありがと、くまさん」

式はつつが無く終わった。引き出物を手に我々も式場を後にする。
トシユキくんとの会話を皆に伝えた。
たぶっちゃんが一言、
「キツイっすねぇ。」と言った。


トシユキくんとの思い出はそれで全部だ、全部のはずだったが・・

3年か4年経った頃、またまた、またも不意に呼びかけられる。

「くまさぁん!お久しぶりぃ」
傍らには奥さん・・と、ベビーカー。
おぉ、トシユキくん!お子さん?
「はぁい、もうじき1歳ですよ。」
奥さんがニコニコしている。種明かししない訳にはいかない。
こんなところの友人なんです、申し訳ない
「聞いてます。今日のレースなら、くまさんと社長さんはきっと来ているはずだって。」
いい奥さんだね
「はい、全部話してありますよ、全部。いい人なんで。」
奥さんの両親と4人で喫茶店兼お食事処を営んでいるらしい、幸せそうだ。

トシユキくんは帰ってきた、あろうことか家族で帰ってきてしまった。
なんだろうね、なんで僕たちはここへ引き寄せられるのだろう。

水上の格闘技などという威勢の良さも、1分40秒ほどで決するバクチの醍醐味もそれぞれ魅力的だが、それだけじゃない。不思議な磁場に絡め取られた僕たちは、これからも一喜一憂しながらボートを楽しむのだろう。

よし、ボートだ!



(了)





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