ある脳出血患者の記録2

なぜ入院?
 まず、わたしは何のためにここにいるのか、と考え、(ときどき眠り)いろいろ話しかけられるが答えがままならず、という調子で、何日か同じようなことが続きました。病院側としてはおそらく、それによってこちらの意識層がどのようなレベルなのか、を研究していたのでしょう。(もちろんそれ以外にも、病院としてはいろいろ情報収集はしていたと思います)わたしの認識では転院して1週間くらい経ってから、なんとかようやくまわりのかたたち、つまり病院スタッフのみなさんとの会話らしい会話ができはじめた気がします。
 で、「ここにいるわたしは入院しているのだ。でも、なんのために?」という疑問が生じます。ここがどんな病院なのか、ということはまったくわかっていません。自分のなにかにダメージがあってそこにいるのだ、などとは思いもよらない状況でありながら、自分がなぜそこにいるのかだけは、だんだんはっきりしてくるのです。
 そして自分が入院している理由をそれなりに考えます。自分で出した最初の答えはなんと「歯の病気」でした。歯が悪くて入院、なんて聞いたこともありませんが、そのときはまともにそう考えていました。頭に包帯を巻いていた? そんな記憶はまるでありませんが、ひょっとしてそうだったのかも。そんなことを誰と話をするでもなく、自分ひとりで納得していました。
 
次の展開
 入院の理由について理解したと書きましたが、ずっとそう思っていたわけではありません。それに、次に出会った人とは、「歯で入院」なんていう面談すらしていなかったのです。なにか思いついては発言したかと思うとつぎの瞬間には忘れ、というように、一瞬一瞬にさまざまなかたに対してお会いしては、バラバラのコメントを発していました。
 いろいろな本を見ると、この時点でもすでに相当意識をしっかり持っておられ、「治す」という意図が明確なかたがたくさんおられます。もちろん身体の状態は人それぞれでしょうが、それぞれにしっかりとした計画を立てていらっしゃるのです。その点、わたしには治療の方向性すらわかっていませんでした。
 これがだいたい1月末までの時の流れだと思います。「思います」といわざるを得ないのは、わたしの記憶力ではそういう程度にしか答えられなかったから、と申し上げておきましょう。
 それと、なんどもいうようですが、新型コロナのせいによる家族との別離という、環境の厳しさを忘れてはいけません。1月初旬に家内と息子にこの病院に連れてこられ、北側の窓の大きな部屋に入ったものの、あとは家族の助けはなし。自分の力だけでここから出られるものなら出てみれば、といわんばかり。はっきりいって、ひとりぼっちのさみしい空間で、俺はどうすればよいのか、と、完全にほおり出された感じでした。
 
夢からさめた夢
 最初に入院してから正気にかえった自分がいったいなにものであるか、いまではわかっているつもりですが、当初は不明でした。意識が薄れた中では、さまざまな夢をみたようです。ここではそのなかでの代表的な場面を3つほど書いておきます。ひょっとすると、死後の世界と隣り合わせという感じだったかもしれませんが、あのような夢は、それ以来見ていません。
 
(病室)
 まずは一番あたりまえの夢、時代はなぜか昭和40年ころ(たまに昭和50年代もあり)
 看護士が1〜4人出てくる。目が覚めて起きようとするが起きられない。
「起きちゃダメじゃないの!」と何度も怒られる。意識ははっきりしている。しかし、病室に1人いれば充分なはずの看護士さんが、ときには4人も出てくるのは、希望のあらわれなのかも。
 ストレッチャーにのせられて新館(勝手にそう呼んでいました)の地下にある部屋(大きな窓や中庭があるステキなところ)に連れていかれ、女性の医師が人体の絵(いやらしいものではない)を見せて質問するなど、有意義な会話もやるのだが、具体的な内容はまったく覚えていない。
 他の階の部屋にも何回か行ったことがある。また、仲間と3〜4人でベッドに並行に寝かされ、順に診察されようとするが、わたしの番になるところで夢が覚める。
 同じ場面を何回も見るが、少しづつ新しくなっていく。
 
(飛行機の中)
 戦前から戦後までのいろいろな飛行機だが、普通の旅客機ではなく軍用機の感じ。しかも前方は必ず左側という設定。この夢を見た1日目は明らかに戦前だった。(はっきり申し上げておきますが、戦前、戦後とも、軍用機には見たことも乗ったこともありません。というか、戦前には産まれてない)
機中で夢に目覚め、着陸する前に現実に目覚める。なんとなく覚えているのは、夢を見るごとに少しづつ年代が新しくなっていること。したがって徐々にいい空気になっていくのはわかる。
 
(北海道?の駅)
 どこの駅かはわからないが、たぶん函館駅(しかし本物の駅ではない)とそのあたりの他の2、3駅。時代は昭和50年ごろ。現実に北海道にはじめて行ったのは昭和55年だと思うが、夢はそれよりも前の時期らしい。
 駅員かだれかと追いかけっこをしていて、逃げている途中で目が覚める。なんで逃げているのかもわからない。
 
 他にも、皇居周辺など(これも誰からか逃げているパターンなのだが、なぜか皇室のかたに助けられる)各種の夢を見ました。あれがいったい何をあらわしていたのか、どう考えてもわかりません。

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