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メッセージ

次女が亡くなったその瞬間から
厳密に言えば、
処置室から二人の医師が私たち夫婦に
そのことを告げたとき、
こちらが「もうどうにもならないんですか」と
すがるように尋ねても
思うような返答がかえってくることはなく

医師たちに背中を向け、歩く。
そうするしかない。

私が次女の死を認識したのはその場面でした。

その瞬間から
私は本当に今まで感じたことのない感情を
これでもか、これでもかと感じ
ばらばらになりそうな精神をなんとかつなぎ止め
息をして、食べ、眠って、起きてを繰り返していました。

1〜2ヶ月くらいは昼も夜もよく分からないような、
外がどんな天気かも関心がなく
家族や近い友達と少し会話する程度。

夫は心療内科に通いカウンセリングを受けていたので
あぁ、そうか、私も話を聞いてもらおう、と
数回通ってみましたが特に何も感じませんでした。
ただ電車に乗って出かけていくという外出の機会でした。
心療内科も受診してみましたが、薬を処方されるでもなく
1回で終わりました。

我が子を亡くしても、私はなんでどこも壊れないのだろう。
普通だったらこんな外的ショックを受けて、もっと精神が崩壊して大変なことになるのではないのか?

当時普通に生活していることに、罪悪感を持っていました。

だけど、今思い返すと
その時ですら私は
(世間一般では)我が子を亡くしたら悲しみで打ちひしがれて食事ものどを通らなくなって元気ではなくなるはず、だから私はそうならなければ
(他の家族からみて)心配させてはダメだから普通にしておかなければ
(他人からみて)かわいそうな私でいなければ

と、他人軸でした。
外側からみた「私」を形作っていたのです。

本当の本当の私の内側を、私は外に出すことができなかった。
というか、その術を知らなかった。
本当に感じていることを出してはいけないとも思っていた。
だから、世間一般とか常識とか家族とか、
そこに出しても大丈夫な部分だけを、瞬時に察知して見せていた。

これがいいとか悪いとかの話ではなく
こういう風に生きてきた私だからこそ、
次女が亡くなるという出来事が起きたんだなって今なら分かります。

「自分に向き合う」

外側でどんなことが起こったとしても
自分が内側で感じることが私の真実。
それを忘れないでね。

これが次女から私へのメッセージのひとつ。
そして私が今生きている意味でもあります。

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