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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』(6)女子に敗れし男、恥辱の涙流す。

村椿和樹とNOZOMIの試合模様詳細。

『女豹の恩讐』 (8)スカート付きレオタード。(9)決着の肘と膝。
読んでくだされば嬉しく思います。

この試合の最後、カッとなった村椿が不用意に飛び込んだところをNOZOMIの狙いすましたカウンターパンチが待っていた。

“ この俺が女のパンチで倒れたのか?”

信じられないと思いながらも、ふらふらと立ち上がるとNOZOMIの鋭い肘が襲ってきた。更に流血する村椿の首を抱え込むと鋭角な槍のような膝がグサリとその腹部に突き刺さった。リング上でゴロゴロと地獄の苦しみで転げ回る村椿和樹。
この時の彼の心境はいかに? 女に倒される自分自身が信じられないだろう。そんな姿を大観衆の前に晒しているのだ。

なぜ、村椿はNOZOMIに敗北したのか?

立ち技のみのルール。
堂島源太郎は寝技でも何でもありの不利なルールでありながら、最終ラウンドまで優勢、勝利まであと一歩のところまで追い込んだ。なのに、村椿は有利な寝技なしルールにも関わらず第2Rであっさり打撃を浴びてKO負けを喫したのだ。堂島と村椿とではキックボクサーとしての資質が全然違う。
しかも、堂島は最盛期とうに過ぎた35才ロートル。村椿は28才円熟期。この二人がキックルールで戦えば、堂島は1Rも持たないだろう。それなのに、、、。

後日、ダン嶋原が堂島源太郎のトレーナーであった今井、岩崎の元を訪問する。
彼にしても、同じキック界を支えてきた盟友村椿和樹が女子に敗れたことは大変なショックだった。その敗因を知りたい。

「結局、村椿君は相手が女子だと思って甘く見ていたんだよ。堂島さんにはNOZOMIに対するリスペクトがあった。彼にはそれがなかった。村椿君のカッとなりやすい性格を知った上でのNOZOMIの作戦?それが雌蛇の罠と言われる所以さ…」


リング上でNOZOMIの入場を待ち構える村椿の目に映ったのは、真紅のレオタードに身を包んだ長身の美女。しかも、その腰回りはスカート状で、まるでバレエダンサーのようなスタイル。それが戦闘衣装だというのだから、格闘技に関しては愚直なまでに真面目な村椿のこと。

“ シュートマッチという、男の戦場にそんな姿でやってきやがって、、ふざけんな!”

最初から冷静さを失っていたのは想像に難くない。そこまでNOZOMIが計算していたのか否か?は分からない。

最終Rまでヒットアンドアウェイ作戦に徹した堂島とは違い、立ち技のみという安心感もあるのか? 組み付こうとするNOZOMIには構わず、村椿はインファイトで攻め込んできた。そのフィジカルの強さ、想像以上の圧力にNOZOMIの顔色が変わる。

 ”俺は堂島さんとは違う。女が男に戦いを挑むことの愚かさを思い知らせてやる“

そう思いながら猛攻をくわえる。
試合開始早々、インファイトからローキックを放ち、NOZOMIのガードが下がったところを右ストレートが決まる。パンチが吸収されているような妙な違和感を覚えながらも倒れたNOZOMIを見下ろした。

“ 雌蛇というからどんなもんかと期待していたが大したことないな。がっかりだ、、、まぁ、所詮は女だからな… ”

しかし、NOZOMIは立ち上がる。

これは堂島源太郎もNOZOMIとの試合中に感じていたことだが、彼女は打撃を受ける際、微妙に体を急所から反らしダメージを最小限に留めている。恐るべきカン、反射神経。それに男子の肉体と違って、打ってもそれを吸収されているような感覚?例えるなら砂の詰まったサンドバッグではなく水の詰まったサンドバッグを打っているようで手応えがない。そんな妙な感覚を村椿も感じていたのだと思う。

試合は第2Rに入る。
この回にKO宣言してい村椿は、一気に決着を付けるべく再び猛攻が始まった。二度目のダウンを奪われたNOZOMIがカウントを数えているレフェリーを制止すると、こんなのは効いていないとばかりに彼女はその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。それを見た村椿の頭に血が上った。

なめやがって!  カッとなった村椿は、拳を構えるNOZOMIに向かって突進した。

シュッ! グサッ!   雌蛇の罠である。

うそだ!うそだ!うそだぁ〜!

村椿としては、男である自分が女のカウンターパンチを浴びてマットに這っているという事実が信じられない。
焦っていた。否、もう殆どパニック状態に陥っている。こうなったら冷静に戦況の分析なんか出来るはずもなく、男の意地のみでふらふらと立ち上がる。この時点で勝負は決していた。雌蛇の餌食である。
村椿が反撃するより先に、NOZOMIの矢のように鋭い肘が眉間を襲い流血、更にその首を捕まえると、首相撲から槍のような鋭い膝がボディーに深く突き刺さった。
細く鋭角的なNOZOMIの肘と膝は極めて危険であり、それをまともに受けてしまったらたまらない。ボディーは効く。それを見ていたレフェリーはカウントも数えず慌てて試合をストップさせた。

地獄の苦痛でリングに蹲っている村椿は、それ以上に女にKO負けを喫した屈辱に恥辱に必死に耐えていた。そんな彼を真紅のスカート状レオタード姿の美女が見下ろしている。あの数々の伝説を築いてきたモンスター村椿和樹が女子選手に倒されたのだ。
大観衆が、テレビ中継で観ている全国格闘技ファンは声も出ない。
地獄の苦しみから回復して立ち上がった村椿は悔し涙を流している。大観衆の視線に耐えられない。恥ずかしい!俺は女に倒されたのだ。屈辱と恥辱の涙である。

そんな村椿にNOZOMIが近寄ってきた。

「村椿さん、ありがとうございました。ナイスファイトでした!」

村椿は女に負けた男に声をかけてくれるな、、この気持ち察してくれと思った。
尚もNOZOMIは村椿の手を取るとそれを大きく掲げ、最後にはハグをしてその健闘を称えた。村椿和樹の気持ちを思えば、これはあまりにも残酷ですよね?

「泣くな村椿、 お前もよく頑張ったぞ!」
そんな声が場内から飛ぶ。

頑張るも何も、俺は女に倒されたんだぞ。
そう思うと村椿の涙は止まらない。

いくら男女平等の世の中とはいえ、男が女にリングでシュートマッチの末倒される屈辱はどれ程のものだろう? 特に村椿のようなプライド高い男には切腹ものであった。
事実、彼はこの試合後、メンタルをやられ公の場に決して姿を見せず、暫く消息不明となり自殺も心配された程だ。
「ジェンダーレス」を世に唱えるNOZOMIに男の気持ちは理解出来るのだろうか?
そうでなければ、女に負けた屈辱に打ち震える男に対してハグはしないはずだ。

“なんで、女に負けると男は屈辱を感じるの? 男の誇りって何? そんなの、長い歴史の中で、虐げられてきた多くの女の気持ちに比べれば取るに足らないことよ”

NOZOMIは常日頃、そう考えていた。


会場の片隅で、ダン嶋原はNOZOMIに倒された村椿和樹の姿を信じられない思いで観ていた。自分と団体の存亡をかけ名勝負を演じた村椿の敗戦。しかも女子選手に敗れたのだから自分の目を疑うしかない。
村椿和樹の強さを、実際に戦った嶋原はよく知っている。あのキック界のモンスターを女がマットに這いつくばらせた…。
村椿和樹は多くのキックボクサーをマットに沈めてきた。彼に敗れた男たちの思いも背負っていたはずだ。そんな村椿が女子選手にマットに沈まされたのだ。
その敗戦は彼個人にとどまらず、キックボクシングという格闘技の存亡にも関わる。

もう逃げられない!
俺が雌蛇(NOZOMI)退治に行くしかない。

次回に続きます。






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