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本には交流があるPー2 戯作ー8 山道と満天の星 と霧雲

ところで、山道やトロッコ列車の単線路を真夜中に歩いた経験をした人は稀だと思いますが、釣人は、目的の渓へ夜明けまでに間に合うように暗闇の道を歩きます。例えば新月で月は見えません。
けれども、心細くありません。街ではとうてい見られない満天の星が光り見守ってくれているように感じられるからです。
初めて、その夜空を見たとき、人は自分の内の何かが澄みわたって心が解放されるような、古代に戻ったような不思議な(時間)を全身で感じる。
二時間三時間歩いて、渓に降り、藪をこぎ、ウエーダにびっしりの蛭が上がってくることもありながら、半日釣り上がって行き、再び里へ歩いて帰っていく物好きな遊びだけれど、なぜか釣人は渓通いが増すばかり、アマゴ、ヤマメ、イワナ、どちらにしても大の大人が魚のために足繁く通う酔狂な遊びには違いない。貧果のときもある。雨の日は釣りやすく喜んで行く。けれども、皆、楽しそうで満足そうだ。帰り道、山をふり返り雨後の霧雲にも心がほっとする時間をもてる。
おもしろいことに、山釣りをする人は、案外と学生では興味を持てなかった気象をはじめとする自然の本を読み始める。もちろん、むつかしい本ではなく、小学生の読む図鑑の類の範囲です。図書館で子供に混じっての大人が愉しそうにページをめくっている。


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