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不確かさであることの意味




今なにが着たいのか

なんの気分なのか



さっぱり見当がつかなくなる時が時々ある




クローゼットと何時間もにらめっこをしてみるものの
ぶわっとこころをゆさぶられるものが見当たらない




花瓶に水が入っていない植物みたいにこころがカラカラに乾いている




少しまえのわたしはそんな感じだった



セナカドレス」(soutiencollar)



『 潤い 』とはなまものなのだとつくづく感じる


水をやりすぎると根腐れを起こす


逆に、知識と経験が花を生かす




こころへの栄養の与えかたも同じだ



過剰に得すぎると
それの大切さが薄れてくる



満足できなくなると
今まで見たことのないものへの感動を求めるようになる



年齢を重ねるという事はそういうことかもしれない




たくさん揃っているより
少しで十分で


何度も付けたり着たくなるもの



バックグラウンドが垣間見えるものや
大地とつながっていることが伺えるものは
こころが洗われていくような気持ちにもなってゆく




セナカドレス」(soutiencollar)


だからコットン素材のお洋服に出会うととても嬉しい



サラッとしていて
シワも愛らしくて、くしゅっとなるところも魅力的だからだ



天然由来の素材には

紙の上に落ちた水滴の輪郭がぼやけたような

『不確かさ』がある




だけど

育ってきた過程で生まれる根強さもちゃんとあって

優しいだけではないことがわかる




もしも

日々を過ごしていく中で

こうでなくちゃいけないに疲れてしまう時があったならば

一旦自然の中に身を置いてはどうだろう



遠くに行く必要はなくて

ただ外を歩くだけでもキブンが変わっていることに気づくのではないでしょうか




その時にはぜひ

『不確かさ』のあるものに

思いっきりからだを預けて欲しいとおもう




そうしているうちに、十分にこころが潤ったなら

明日から自分が発するコトバにも変化がうまれたりして




「たぶんこうじゃないかなぁ・・・」



そんなあなたの答えを聞いて

ほっとする人がいるかもしれなくて




そのやさしさに救われて

1日穏やかに過ごしている



それを見て自分自身もまた


いつもこころに潤いを保ち続けることには

ちゃんと意味があると思える




この時期やっぱり求めてしまう懐かしい生地の風合い



こどもの頃に、着飽きたと思っていたコットンは

いつのまにか大人になってしまっていた私たちには

今だからこそ必要で




だから大丈夫




日差しが強くなるのと共に

みんなの周りにもたくさんのコットンが

あふれる季節がもう間もなくやってくるから




セナカドレス」(soutiencollar)



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