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【禍話リライト】トンカチ小僧

 『トンカチ小僧』なんている訳がない、という話だ。

語ってくれた"彼"の小学校の頃の話だそうだが、絶対にディテールを変えてほしいという。状況も、時期も、場所も。
まあ、聞けば時期ぐらいはわかるとは思う。

【トンカチ小僧】


 いわゆる町内新聞で、七不思議特集をするという話になったそうだ。町にはひとつ小学校があって、そこに大人が取材に来るという。「小学校の新聞部も協力!」という張り切った見出しで気を惹く算段だったのかもしれない。

"彼"はその小学校の新聞部だった。わざわざ大人が来るというのもあり、彼も気合いをいれて「学校の七不思議」なるものを調べたのだったが、これが無かった。
超嘘の話しか無かった。

落武者の生首が飛ぶ、とか。ここは山を崩して作った町で、昔の戦場でもない場所にたぶん落武者はいない。
看護婦が夜の校庭を走り回る、とか。彼の小学校は昔の病院跡ではなかったので看護婦はいない。

どうも嘘っぽい話しかない。これは困ったと彼は悩んだ。このままでは、人魂が飛んでいるとか、誰もいないトイレから水を流す音がするとか、そういう"如何にも"な話を大人たちがでっちあげるかもしれない。しかし、新聞部としてそれは悔しい。

悔しくて、頑張って色々と探してみた。
過去の卒業アルバムや、クラブの冊子なんかを保管ーーーほとんど印刷が薄れたり破れたりボロボロで散々な有様ではあったがーーーしている埃だらけの部屋で、半ば意地で探した結果、ついに『トンカチ小僧』を見つけた。

トンカチ小僧。
彼の小学校の通学路には田んぼに囲まれた道がある。帰り道にそこを通った生徒が、「背の高いトンカチを持った男の子」に追いかけられて、みんなでウワーッと逃げた、という話だ。
事件である。

その後の話は書いていなかった。事件であれば犯人は補導されたとか、可哀想な子だったとか、何かしらあるはずである。過去の新聞部が作った記事にぽつんといきなり出てきた『トンカチ小僧』は、「これをトンカチ小僧と呼びます」で終わっていた。

冗談で書いたのかどうなのか、よく分からない。
ただ、まあ、七不思議に相応しいお化けみたいな話でなくともーーー田んぼに囲まれた帰り道に、トンカチを持った背の高い子供に追いかけられたら、それは怖いだろう、と思った。なにせ鈍器を持った不審者だ。

結局彼は小学校の七不思議に関するオリジナルのネタをそれしか見つけられなかった。町内新聞の実際の記事は、『七不思議は"学校の帰り道で不審者に追い回された"ぐらいしかなく……』というような形で掲載された。

新聞部の彼としては不服な事態である。彼はものすごく頑張ったのだ。出てきたのが『トンカチ小僧』だけだというのは、これはもうこの小学校がおかしい。うちの小学校ダメだな、と新聞部のみんなで慰めあった。現実はそんなもんかあ、と。

 その後。
新聞部ではそのとき『ガキ大将』を取材していた。ガキ大将と呼ばれる生徒をわざわざ呼んできてインタビューをする。中学生との喧嘩に勝ったとか、武勇伝というか、喧嘩自慢のようなものである。現代では問題があるかもしれないが、昔のおおらかな時代の話であった。
そんな武勇伝を聞いている最中、たまたまそのガキ大将くんが新聞部のメモを見つけた。

「なにこれ。この『トンカチ小僧』って」
「あーそれ、特に何ってわけじゃないんだけど……昔トンカチ持ったやつが追いかけてきて大騒ぎになったらしいんですよ」
「へえ」
「でもそれ、町内新聞に載せるって言われたけど、大人の人も採用してくれなかったから……そのメモ捨ててください」
「おもしれーじゃん」

新聞部の彼にしてみればもう忘れたい記憶だ。何がおもしろいのかよくわからない。え?と聞き返すと、「そのトンカチ小僧がまた現れたって面白くない?」とガキ大将くんは言った。

つまり、『下校途中にまたこのトンカチ小僧が現れたら、取材する価値があるんじゃないか』ということだった。
大人になった今考えれば絶対にダメなことだと分かるのだが、子供の彼にとってそれは『がんばったのに注目されなかった記事が脚光を浴びるチャンス』だ、と感じられた。

「でも危ないよね」
子供でもそれくらいは考える。
「おもちゃのトンカチでもいいんじゃね?」
「さすがにバレるんじゃ……」
「黒く塗れば?」

ホンモノらしく黒く塗れ、と言う。いや、そこまでして誰がやるんだ。

「言ったからにはオレがやるけど」
ガキ大将くんに男らしく言われたが、
「いや、君がやったら君がトンカチ持って走ってるだけじゃん。あとトンカチ小僧は背が高いって話で……君は背が……」
低かった。
「まあそれもなんとかするわ」

男らしいガキ大将くんは、「じゃあ○日後の放課後にやるから」と言った。

新聞部の"彼"がガキ大将くんに聞いた話はそこまでである。

 今のところ元新聞部の"彼"の幼い頃の愉快な思い出だ。怖くないし禍話でもない。この後ガキ大将くんがホンモノのトンカチを持ってきて、人が大怪我をしたり、そんな悲惨な方向にでも向かわない限り。
平坦な口調で語られた"彼"の話に対して物騒なことを考えながら、「それで、どうなったんですか当日」と尋ねた。

「いやあ、すごかったですよ」

"彼"は特に変わることのない平坦な口調のまま、

「どうやったのかなあ、身長が高くなってましてね」
と言う。

「ん?インソールブースト的なものですか?」
それ以外考えられなかった。
「違いますよ。だって結構全速力で追っかけてましたもん」

ちょっと話が通じないなと感じる。

「あれ、ちょっと……ごめんなさい、背が高くなった?」
「そうですよ。例えば彼にね、すごいよく似たお兄さんとかがいたらそうなのかなってぐらいに背が高くなってて」

ちょっとそこがおかしいんだよな。
さっきまで愉快な話だったのだが、言っていることがわからない。

「えっと、上手く変装したってことなんですかね?」
「そうなんでしょうね」
でね、と続ける。

「すごい形相でね、追っかけてきてね。トンカチもね、まああんなよく似たおもちゃがあるんだなあと思うんですけどね、すごい勢いで振り回してね、どこで演技プランを練ったのかわからないけど、口からね、両方の口の端から泡吹いて、ウワアアアアとか言いながら追っかけてきてね、もうね、低学年の子なんか泣き叫んで逃げてましたよ」

平坦な声。

大変なことだ。
大事件だ。

「え?で?え?それで?」
困惑しながら尋ねるが、"彼"はただ黙ったまま真顔でこちらを見つめている。それに戸惑いながらも、じゃあ、と相手のトーンに合わせて落ち着いて話してみた。
「じゃあ……大成功、だったってわけですね」

だって、元新聞部の"彼"は小学校の頃、そもそもそれで脚光を浴びたかったはずなのだから。

「ああ。それがやっぱりね、ダメですね」
「え?」

子供が泣き叫んで逃げまくって、話題にならない訳がない。

「それで誰か怪我でもしたんですか……?」
「転んで膝を擦りむいた子とかはいたらしいですね」
「あ、やっぱりそう……なら何人かの子は帰ってからお母さんとかに『大変なことがあった』って言うだろうし、ねえ、大騒ぎになりますよね。報道とかされたんですかね」

そう言った。なるはずである。
すると、

「いやあ、でもやっぱりねえ」

急に強めの口調で"彼"は応えた。

「『トンカチ小僧』ってやっぱ馬鹿馬鹿しくないですか?」

それから5分ほど、"彼"は『トンカチ小僧』は間抜けだとか馬鹿馬鹿しいと言い続けた。意味がわからなくて怖かった。

確かにネーミングは間抜けかもしれないが、起きている出来事はシャレになっていないし、それに、身長が高くなっていたことに関してはまだ全く意味がわからない。だがそこを抑えて、その後日のことを聞いてみた。大事なことだから。

「その翌日は、ガキ大将の彼が来てどうだった?って聞いてきました」

平坦な口調に戻っている。

「『いやあ大変だったけど、やっぱりトンカチ小僧じゃあ馬鹿馬鹿しくて、良くないね』ってことで、"お流れ"になりました」

最後、ちょっと照れ笑いのようだった。
こいつ、何を言っているんだろう。

正直もう十分に怖い話だったが、「それは残念な話ですね」と言った。"彼"に合わせて。
「結局、頑張ったけど、『トンカチ小僧』ってネーミングが馬鹿馬鹿しいってことで、話題にはならなかったんですね。残念な話だけど、怖くはないじゃないですか」

こちとら怖い話を聞きにきているのである。
だが、"彼"は「いやそれがね」と応えた。

大人になってその小学校の同窓会が盛大に開かれたのだという。学年全員が集まった場で、"彼"はガキ大将くんに会って「変わらないな」と話をした。『トンカチ小僧』の話題も出た。「あれは不発だったな」と笑い合った。
その後懐かしい顔に会ったため2次会、3次会くらいまで残ったところ、時刻は2時をとうに過ぎていた。その後、実家に帰った。

「実家はマンションです」

マンションにパトカーが止まっていて、黒山の人だかりになっていました、と"彼"は続けた。

「実家のマンション、オートロックなんですけど。どうやったのか……玄関のドアノブがボコボコに金槌かなんかで破壊されてて」

「両親もさすがに起きてきてたんですけど、獣が猛り狂ったみたいにウワアアアアとか言いながらバンバンに叩いてるから、その間は怖くて何もできなかったみたいで」

「いなくなってから警察を呼んだみたいで、見てみたらドアノブが鈍器みたいなのでバンバンに叩かれてグチャグチャになってて」

「なーんだ、あいつまだ"やってんのか" って思いました」

最後、ちょっと照れ笑いのようだった。

 この話を、いつも一言多いことで有名なオオイさんに話してみた。「背が高くなるっておかしいよね?」と。

オオイさんは、「2、3人の中での"共通幻覚"であってほしいね。それを未だに引きずってる……って話であってほしいんだけどなあ」

そして最後に、

「"トンカチ小僧"なんている訳がない」

と言われた。

そんなこと言われてもねえ……。

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こちらは毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による怖い話を語るツイキャス・禍話 様の配信を書き起こし・構築・編集したものになります。

◆出典:禍話アンリミテッド 第二夜(2023/1/14配信)
00:38:05〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/756599453

◆タイトル/参考サイト
禍話wiki 様
https://wikiwiki.jp/magabanasi/


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