行燈

5/16(木)
ここまで約3か月ぐらい就活を続けてきて、面接も幾度となく受けてきた。きつい面接もいくつも乗り越えてきた。しかしこの日、その歴史が覆された。このジャーナルはその記録である。この経験がこれからの僕の人生に活きるように、願っている。

金沢で2次面接があったので、朝早く起きて先に現地で対策をしようと思い、またも父親に駅まで送ってもらう。もう何度めの金沢。ここで働けたらいいな、と強く思うようになったのも、主に就活がきっかけだ。そしてカフェに入り、対策をした。何人かスーツのやつがいた。多分一緒な面接を受ける奴らだろう。まあ頑張ろうな、みたいな希薄な円陣を組む。

12時。時間だ。対策はバッチリ。正直何を聞かれても答えられる自信はある。自信だけね。会場に入ると、1次面接の時より本当に数人だけ減っているぐらいの人数で、すこし驚いた。1次面接で僕の右隣だった奴はいなかった。めっちゃ喋れてたのに。もう何を基準で選んでいるのかわからなくなり、少し焦ったが、もうそんなのは関係ない。「ここは自分の理論武装で戦うほかない」と考えていたからだ。形式はグループ面接。まあ2次やからそんなもんかと思いつつ、なんと7(就活生)対8(面接官)のクソデカグループ面接だった。これだけ多くて一体僕たちに何をさせようというんだ、、とまたも気持ちが揺らぐ。そして人数と面接予定時間の比率がどうしても合わない。この時点で少し嫌な予感はしていたのだがあまり気にしなかったのでひたすら志望動機と新聞社に向けた自分の論理を頭の中で繰り返していた。

ついに僕らのグループの番になった。これまで幾度となくこうした「THE 面接」という形式は乗り越えてきた。「いつも通りにしていれば大丈夫。」と心で呟く。自己紹介を済ませ、座る。そして面接官の1人から衝撃の一言。

「厳正な審査を行いまして、皆さんには最終面接まで残っていただいた形になります。」

ん?最終面接?え、メールに2次面接って書いてあったよな?え、これで最後なん?その瞬間に冷や汗と共に血の気という血の気が僕の体から引いていくのを感じた。目の前の景色がゆがんだ。押さえつけていた緊張が、一気に解放され、僕の全身を駆け巡る。そして、その負の連鎖はまたも襲い掛かってきた。

「内定を出したら、入社してくれますか?」

という質問が1発目に飛んできた。僕は2番目だったので少し考える時間はあったのだが、頭が真っ白になってしまった。自分でも何を言っているのかわからなかったし、覚えていないが「ここは念押ししたい」と決めていたことが言えなかったような気がする。今まで出せていた全力が出せなかった、とこの時気づいた。しかしまだ1つ目の質問。まだ挽回できる。「来い、、質問、、、俺に、、!!」と願うのだが、ここで先ほどの「面接の人数と設定時間の違和感」が正体を現した。

なんと、今回の面接で聞かれたのはこの質問1つだけだった。

僕の中で何かが崩れ落ちた瞬間だった。もちろん情報取集はしていたし、堅めな雰囲気だというのは予想済みだった。しかし、これだけ面接官がいて、質問が1つ、、、、やられた。足元どころか、身体全体をすくわれてしまった。他のやつらはこの面接にどう思ったのだろう。自分の中でベストを出せたのだろうか。俺には、、、とてつもなく大きな後悔しか残らなかった。本当に行きたい企業の1つだったから、本当に悔しかった。自分ではどうすることもできない。今までこういう大きなチャンスを逃しながら生きてきたのかな、と憔悴した。

帰り、天気は僕の心に追い打ちをかけるかのような風雨だった。はあ、、、、傘もないし、、、、まあなんかかわいい子もいたし、もし同期になれたらよろしくねって感じ。そう思うほかない。

裏返せば、大きなチャンスと捉えられる。自分で言うのもなんだがこの企業に関しては北陸最大級まである有力新聞社だ。俺自身、「ここ受かったらマジで奇跡」ぐらいの気持ちで受けた。ES、適性検査、作文試験、1次面接。おそらくここに来るまで多くの就活生を蹴落としてきた。そして上り詰めたところでうまく出せなかった、自分の力を。どうしてこうもうまくいかんかねえ。いやでもまだ落ちたわけじゃないし?まだ結果待ちやし?受かればこっちのもんやし!前向きで行こうや。

俺には俺なりの風が吹く。きっと大丈夫だと、信じよう。

ー行燈


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