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櫻坂46「Start over!」MVのすごさを映画オタクの視点で解説してみた


自己紹介

当方、古今東西そこそこの数の映画に詳しい。数年前から後輩の布教で乃木坂を追い始める。他の坂道グループも多少知っていたが、去年から櫻坂にはまり始める。普段noteなど書かない人種だが、先週末からコロナで寝込んでしまい何もできないので、ずっと頭の中で溜まっていたMV感想を吐き出そうと思いました。喉つらいです。

「Start over!」MVの衝撃

今になってこの記事を読む人はすでに鑑賞済みかと思いますが、改めて。何はともあれ、まずはこのMVを見てほしい。

ドスの効いた曲調もさることながら、その映像のすさまじさに度肝を抜かれました。目が離せなかった、というよりピアノ間奏の時点で「こいつは凄すぎるわ、一度じゃ消化できんw」とあきらめて笑いながらTwitterを開いたレベル。
それからほぼ毎日、このMVを見ない日はないくらいにドはまりしてしまったわけですが、ネットの海を探し回っても、MVのストーリー性を取り上げた考察記事や動画は多数あるものの、テクニカルな部分に絞った解説って皆無に近いな、ということに気づきました。

「動」の黒澤明と「静」のキューブリック

自分が愛してやまない映画監督に黒澤明とスタンリー・キューブリックがいます。「七人の侍」「シャイニング」などの作品名なら聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。どちらも映画の歴史で欠かすことのできない超大御所ですが、かなり作風が異なります。
大雑把な分け方をすると、カメラワークやレンズの使い方が対照的。以下の解説が非常に分かりやすいです。

「動」の黒澤明は
・望遠レンズ
・大人数、よく動くマルチカメラ
・自然や動植物が生き生きする画面
・迫力のアクション

「静」のキューブリックは
・広角レンズ
・少人数、ゆっくり動くワンカット
・自然物すらも人工的で不気味な画面
・サスペンスやホラー

を得意とする作家です(もちろんあえてその逆を行くパターンもあり、そこが魅力でもあります)。
とりあえず代表作を置いておくと
黒澤明「隠し砦の三悪人」 スターウォーズの元ネタとしても有名。

キューブリック「2001年宇宙の旅」 人生で一番好きな映画。

この二人のテクニックは現代の映像芸術にも強く受け継がれており、この「動」と「静」をいかに描けるかが映像の面白さに繋がってきます。
そして「Start over!」のMVは、まさに「動」と「静」を真っ向から描いた王道にして尖りまくりの傑作映像だと思います。

映像作家、加藤ヒデジンさんの仕事

このMVを監督したのは映像作家の加藤ヒデジンさん。日本の映像作家100人にもコンスタントに選出される、若手気鋭の作家さんです。今はCMやMVの仕事を中心にされていますが、プロフィールによると映画畑のご出身。

櫻坂46とも縁が深く、「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」「BAN」「Dead end」「夏の近道」はいずれも人気の高いMVです。
アップテンポな曲がメインのように思えますが、櫻坂以外のアーティストと組んだ作品を見ると印象が変わります。JO1、SixTONES、Aimer、SUPER BEAVER、BiSHなど名だたるメンツですが、結構バラード曲が多いのです。
たとえばAimerの「朝が来る」

SixTONESの「Lifetime」

いずれも激しいカメラワークは少ないものの、奥行きのある見事な映像で、色彩の映え方も素晴らしいの一言。実は「静」の作風も非常に得意とされる作家さんだと分かります。
そして、このヒデジンさんの映像の特徴として
・キューブリックを彷彿とさせる左右対称の広角レンズ画面
・スピリチュアルな円形モチーフ
・曲の中盤で登場するタイトル
があります。円形モチーフは「BAN」の淡路夢舞台、「なぜ恋」のらせん階段にも共通しますね。JO1でも富士山(左右対称)に円を描いちゃう。

追記(8/24) なんとSexy Zoneの新曲で決定的なキューブリックオマージュが出ました。ほぼ間違いなく時計じかけのオレンジとシャイニングです。
https://youtu.be/1z-_XtdtMwk?si=6N6-UMgg2_ulVOXY

さて、これまで櫻坂では「動」にフォーカスしたMVの多かったヒデジンさんが新曲「Start over!」にどうアプローチしたか。曲や歌詞、振り付けがどこまで出来上がった段階で制作を始められたのかなど、詳しい経緯は不明ですが、「この曲、この歌詞、この振り付けなら俺の持ってる「動」と「静」全部ぶち込めるじゃん」という直感がはたらいたのではないかと推測します。櫻坂46 meets 究極完全体加藤ヒデジン。もちろん今までのMVも素晴らしかったですけれども。
前置きが長くなってしまいましたが、ここから実際のMVを詳しく見ていきましょう!

イントロ~1サビ終わりまで

ベースに合わせたストンプ音とともに、床をジャンプする足の映像が差し込まれます。

大阪ジャイガで観客全員こうなったらしい。異様でしかない。ほめてる。

これを見て思い出したのがエイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」。心理描写を表すために別の映像を入れる、現代映画の古典ともいえるモンタージュ理論の先駆け映画です。掴みからして良い。

この足の映像と交互にセンター藤吉夏鈴さんのアップが3回映るのですが、普通に考えれば3回目が一番ズームアップされそうなところ、実は2回目が一番大きいことに気づきます。ちょっと意外ですよね。

0:12(1回目)
0:19(2回目)ここが一番大きい。鼻血出現。
0:21(3回目)。ちょっと小さくなります

一つの仮説が、次の意識を失って倒れる場面との繋ぎです。3回目のカットは肩や腕が見えていて、倒れた直後のカットと水平位置が近いので、素早い転換でも違和感がありません。細かい点ですが非常に上手い(思い込みだったらごめんなさい)。

0:22。これだけ出されるとただのサボり魔に見えて面白い。

さらにここから、失われる意識とマグカップを重ね合わせる映像。これはまさにキューブリックの「2001年宇宙の旅」に登場する骨と人工衛星のモンタージュを思わせます。

そっくりじゃないですか?私だけ?w

0:23~0:24

また、この後のシーンが夢の世界であることを強調するため、倒れた瞬間周囲ではピントがぼやけたカットや、ぐっと引いた無機質なカットが用いられています。

0:27、藤吉さんの足が見切れた直後。異変に気付いて立ち上がる井上さんもあえてぼかしてます
0:28、倒れた藤吉さんは見えるものの、床の上のモノ扱いな感じがします

まだ歌やダンスが始まる前ですが、すでにこれだけの仕掛けがある。基本を押さえたクラシカルな手法ですが組み合わせ方が絶妙です。すごい。
さて、歌が始まってからは藤吉さんが職場をめちゃくちゃにし始めて他のメンバーをドン引きさせます。ここも細かいカットのつなぎで飽きさせないですが、注目ポイントは窓から入ってくる光です。オフィスにしてはやたらと強烈。ロケ地のYOKOHAMA COASTで実際に入ってくる日光だと思いますが、あえて日差しの強い窓を背に撮影している場面が多いので、逆光で夢っぽさを演出する手法とも考えられます。映画ならオーソン・ウェルズの「市民ケーン」、黒澤明の「羅生門」などで使われていますね。

0:44。周囲の壁にも日差しがくっきり表れています

本棚をぶっ倒してからサビに突入。ここでも窓からの光が影を作って良い味出してますね。全員が躍り出し、一気に「動」の様相を呈します。全体をとらえたカメラの動きがかなりトリッキーで、前半は手前の机より奥に進んでフロアに入り込み、さらにその後は一歩引いて机の横の柱で見きれる、という動きです。

1:06、まずは机より手前にいます
1:08、ここで机の間を通ってフロアに接近
1:19、ここで柱にぶつかるように見切れる

集団ダンスを別カットから撮った映像も多く差し込まれているので、この奇妙な視点移動も別カットのつなぎ合わせだと思っていたのですが…違った。後日公開されたショートMVで、元々ワンカットだと判明しました。何なら、やぐらダンスまで全部通しで撮ってた。嘘だろ。もちろん、後から追加のために撮り直したものもあったと思いますが…

このMVのすごいところ、編集前のオリジナルカットを見せてもらえるのです。五点盛りの刺身だけじゃなく中落ちまで食わせてくれる。これが無料ってどういうことだ?

このタイトル画面、只者ではない

やぐらが崩れた瞬間、キマった笑顔で躍動する藤吉さんのアップとともに「Start over!」のロゴが画面いっぱいに登場。安定のヒデジン演出、なのですが。よくよく見てほしい。

文字の間にバッチリ片目だけ入っている。顔全体が見えないけどギリギリで表情を視認できる位置、それも動きながら3回合わせている。どうなってんだよこれ。事前にロゴが出来上がったうえで「カメラのここら辺に来るように動いてください」とお願いしたのか、動きを撮ってしまったあとでロゴを合わせてデザインしたのか。あるいはすべてが偶然の答えだったのか。いずれにしても信じがたい芸当です。
そしてF1カーのような「ブゥーーーン」というSEとともに、元気いっぱいなゾンビのごとく爆走してフレームアウトするメンバーたち。気合いの入り方が尋常じゃない。この時点で圧倒されてます。

2番始まり~2サビ手前まで

2番では歌詞で「それじゃ僕はいったい何なんだ」と始まることもあり、傍観していた側が多めに映される展開なので「静」の要素も出始めます。それを象徴するのがビルの中庭です。

1:50、その昔「二人セゾン」のロケ地でもあったらしいm BAY POINT幕張

ヒデジンさん、そしてキューブリックも好んだ、奥行きを強調する構図と左右対称な建造物。その中で藤吉さんと何人かの同調者が暴れはじめます。「静」に「動」が食い込みつつあるイメージです。歌詞の流れとも連動しています。
この手のビルは多くの映像作品の舞台になり、もっとも有名な場所は香港のモンスタービルディング、作品としてはMONDO GROSSOの「ラビリンス」でしょうか。のちに「偶然の答え」のMVも監督された林希さんの名作ですね。

その後も印象的なカットが随所に登場します。

1:57、誰の顔も見えない正面カット。ホラーだろ…
2:03、いまだにどうやって撮ったのか分からない角度。メンバーの下から撮影…?

そして、「やり直す」ことにためらう人の象徴として小林由依さんが登場。2サビに突入し、藤吉・小林ペアによる爆発的な「動」の場面と、その他メンバーによる「静」の場面が激しくぶつかり始めます。このMVのハイライトです。

2サビその1 ハグシーンに埋め込まれたイマジナリーライン

映画などで人物が会話・対話するシーンを撮影するときの原則として「イマジナリーライン」(想定線)というものがあります。

簡単に言えば、「向き合ったシーンを映像の切り返しで再現するには同じ側に立とうね」ということです。下の図だと、A→Bは自然ですがA→Cは不自然に見えると思います。

上記Wikipedia記事より

これを踏まえたうえで、2サビで多くの人々が欅時代の「黒い羊」を連想した、というハグシーンを振り返ってみましょう。(恥ずかしながら、新規勢の私には全然わからず)

2:24、藤吉さんから一度目のハグ
2:25、小林さんが一度拒否します
(拒否してないように見えますが、ピントが合っているのがこの瞬間だったので)
2:26、藤吉さんが再度ハグして
2:29、小林さんが受け入れます

一度目のハグではA→Cの不自然な切り替えしだったのに対して、二度目のハグでは二人が向き合う形、A→Bの自然な切り替えしになっています。台詞に出ない人物の心情をきっちりと映像で表現している。王道ながら、実に見事です。ここから二人は激しく踊り狂い、カメラもドローンまで使いだして激しく動き回り、画面全体に火花も飛びます。情報量が多すぎるし生命力が高すぎる。何だこれ。

2:37、ドローン旋回中!ハイ!いや違う!

2サビその2 度肝を抜いた円卓土生サークル

オフィスの会議室の円卓で突如儀式めいたダンスを始めるメンバーたち。こんなシチュエーションをどうやったら思いつくんでしょうか。

2:20、足元の照明も内側を明るくするのに重要と思われます

ダンスの動きこそ速いですが、カメラワークは比較的シンプルで、横移動とズームに絞っています。「静」の側にいたメンバーにも得体のしれぬエネルギーが溜まっていくことを暗示するかのような場面です。
また、こちらの場面でも円卓や天井の照明が縦に伸びた見た目になっており、先ほどのビルと同様、広角レンズのはたらきで奥行きが非常に強調されています。
円形モチーフに左右対称の広角レンズが映える場所を探し求めていたヒデジン監督が行きついたのが会議室の円卓だったとは…そして、シンプルなカメラワークにメリハリをつけるための切り札が登場します。みんな大好き、急激どアップで何度も現れる土生先生です。いきなり出てきたときのインパクトが半端なかった。完全にスリラーじゃん。
追記(8/24) 土生さんの卒業発表、大ショックです。

2:34、これだけ見るとまじで怖い

間奏 もう手が付けられない

2サビ終わりから作曲ナスカさんのドヤ顔が炸裂。怒涛の勢いで転調を繰り返す鬼のピアノソロが始まります。それに合わせて映像も大暴れ。

2:48、黒メインの衣装の中で強烈に目立つド金髪の小池美波さん。
これを狙ってスタイリングしていたんだとしたら恐ろしい
2:54のサークル足上げダンス。どう考えても会議室でやることじゃない
2:59のスローモーション。火花の散り方が一番美しいカットだと思います

また注目すべきは、ペアダンスと集団ダンスがどちらも反時計回りで、別々のカットでありながら一体感を持っていること。これもめちゃくちゃ上手い。

3:02のハンマー投げ(?)からの
3:03で一気に倒れるメンバーたち

そして編集前のオリジナルカットだと、ペアダンスも集団ダンスも通しでやってるんですよね。これも驚いた。

ラスサビ 「動」が「静」を呑み込んだ

ピアノソロ明けに現れる藤吉さんのソロカットも見逃せません。ここでも天井の照明の配置にこだわった左右対称の構図が生きています。

3:11、ギリギリ表情を確認できない横顔も上手いです

そして徐々に照明が消えて暗くなり、真っ暗闇に浮かぶ笑顔のホラー感も絶妙。再び現れたストンプ音とともにラスサビの急展開を予感させます。

3:19~3:20、ライティングが完璧すぎる

そしてラスサビ。1番の舞台だったオフィスに戻ります。ここでも構図は左右対称で、元々は誰もがあきらめていた「静」の側の舞台ですが、センターから全員に伝染した「動」のエネルギーでぶち壊してしまいます。これも歌詞とリンクしていますね。

3:31、心臓を模したダンスと言われて弁の役割を担ったメンバーがいると話題に

ここからは火花あり、スパークあり、コピー用紙の紙吹雪ありで完全にリミッターが外れた状態に。意外と均整のとれたダンスですが、別撮りのソロカットと合わせ、とにかくカット数がものすごいことになってます。ほぼ1拍につき1回カットが変わる。オタクでなければ顔を見分けることすら困難です。アイドルビジネスとして不利な気もしますが、作品としては極上にかっこいいのも確か。

3:44、時刻によっては照明が切れて真っ暗なときすらあります。これはありなのか

なかでも一気に首元へ寄るズームと回転の組み合わせは痺れました。よく合わせたなこれ…あと、紙が落ちてる床でダンスしてよく怪我しないな…みんな摩擦係数高いのか。

3:44~3:45、サビ中盤のシンセの音と相まって最高でした

その後も勢い止まずに踊り続け、夢から覚めて元の世界に戻る、というオチでアウトロを迎えます。最後は鼻血とガチのサイコ笑顔で締め。

まとめ スタオバは映像芸術の教科書

思いつくままに書いていたらこんな膨大な文字数になってしまいました。これでも泣く泣くカットしたところがあるくらいです。
私はあくまで映画や映像の視聴者でしかなく、作り手ではないので、的外れなことを書いている可能性も大いにあります。ですが、少なくとも勘違いしてしまうくらいには、この「Start over!」のMVには
・由緒ある古典の魅力を受け継ぐ王道の見せ場
・普通じゃ出てこない革新的なアイディアや編集技術

が共存していて、見れば見るほど味が出る、何度見ても新しい発見がある、めちゃくちゃ上質の映像教材だと思っています。ヒデジン監督、TAKAHIROさん、Remiさんらスタッフと、ナスカさん秋元さんら楽曲サイド、そして櫻坂メンバーの皆さんの素晴らしい成果に感謝しかありません。

そして、私自身は今月下旬に新せ界へ参加することが決まっています。これだけ勝手な妄想を書きなぐってきたスタオバの制作過程についても、初めて目にする資料が多数あることでしょう。心から楽しみです。

コロナ療養中という環境なのでこれだけ書いてしまいましたが、平時に戻ったらこんなことはしないと思います。続報記事にはあまりご期待なさらず。でも今後これだけはまるMVが出たら、あるいは…?


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