WRC 2023 Rd.7 Safari Rally Kenya
大冒険
2021年にWRCにカムバックしたサファリラリー
1953年に始まった伝統のイベントは70回目を数え、今年も野生生物の楽園にラリーカー達がやってきた。
今年もナイバシャ湖を起点にラリーが行われ、SSは19個設置されSSトータル距離は355.92km、リエゾンを含む総走行距離は1,190.79kmとなる。
21年のWRC復活から3回目を迎えるが、他のラリー同様にSSは完全封鎖され、過去大会の様なCS(コンペティティブ・セクション)という括りでは競技区間を設けていない。
往年の様なアフリカ大陸を股にかけて、1日で1000㎞を走破するなどといった事は無くなっているが、それでも自然の厳しさが他のイベントとは全くことなる特長や難しさは健在。
特にフェシュフェシュと呼ばれる非常に柔らかい砂は、いとも容易くラリーカーを飲み込みスタックさせてしまう他、野生動物との遭遇でコースを阻まれることもしばしばだ。
更には突然の降雨で、ラリーフィールドはスケートリンクのようにグリップを失うような事さえもある。
サファリはそうした背景を指して、1分差は10秒差のようなものとも言われる。他のグラベルラリーでは、1本のSSで10秒も差がつくと、何かミスがあったか、トラブルか?となるが、ここサファリは割とそれが普通だ。
8度の世界王者であるオジェはインタビューでこう語る。
つまるところ、何が起きるか解らない、正に大冒険、それがサファリラリーなのだ。
カーブレイカーラリー
クルマをしばき倒すラリー、日本語で言うとそういう荒っぽい表現がよく当てはまる。サルディニアやアクロポリスにメキシコもマシンには十分に厳しいラリーだ。
過去には、ヘリコプターが追従し、先行くルートに蠢く野生生物や一般車両を退かす役割を担ったり
何かあればそのヘリに同乗しているメカニックが降りて来て、その場で車を直したり物量作戦で押せ押せの時代もあった。
1996年を持って、このヘリコプターからの車両整備は禁止され、昨今は路上での緊急サービスももちろん禁止となっている。
別の厳しさといえば、一般車両も競技車両も右往左往することが常だった過去、一般車との事故どころか競技車両同士の事故もままあった。
1991年には日産ワークスのパルサーと地元ドライバーのスバル レオーネがリエゾンの交差点で衝突事故を起こした。
これは路上サービスが道路脇で行うことが常だったことに起因しており、交差点に面した場所で日産ワークスがサービス部隊を展開していた。
そこへ向かったパルサーと行きかうレオーネが激突、双方のドライバー、コ・ドライバーが骨折による重症を負った他
更にはそこに日産のメカニックが立っており、そのメカニックも弾き飛ばされたレオーネに轢かれて負傷、5名が病院へ搬送される。
というような衝撃的なワンシーンも過去にはあった。
何があっても不思議じゃないというエピソードを補強するには十分すぎる衝撃的シーンだ。(2分21秒あたりにそのシーンが収まっている)
もちろん、そういう自然の厳しさや険しさ、野生生物との"触れ合い"という点で、今年のサファリもスペクタクル満載だったと言える。
多くのドライバーがパンクやリムからの離脱に苦しめられ、一部はハイブリッドシステムを失うなども散見された。
特にDAY2の勝田はSS4でステアリングアームを痛め、SS7では枝にマシンをぶつけ、フロントガラスの破損やその後右前タイヤのパンクでフェンダーを破壊するなど、その満身創痍っぷりはかなりの状態。
DAY2を何とか走り切ったものの、リグループで勝田のマシンをみたオジェやタナックが「これマジ?」という表情をするほど、マシンは痛めつけられた。
ただコースに留まろうとするだけでマシンがボッコボコになっていく様は、カーブレイカーラリーの名をサファリが欲しいままにする特別なラリーだと言わざるを得ない。
豊田艦隊
サファリラリーの結末は昨年の再演、圧巻とも言えるタフネスとスピードを持ってトヨタ勢が2年連続で1-2-3-4フィニッシュを達成した。
ポディウムエリアに居並ぶGRヤリスRally1の隊列はさながら、大海原を行く艦隊の様だ。
だが、トヨタも決して無傷だったわけではない、ロバンペラは大きなトラブルは無かったが、オジェ、エバンス、勝田は何れもマシンにダメージを抱えるシーンがあったし、鬼門のウォータースプラッシュでマシンが止まりかけることもエバンスに降りかかるなど
決して順風満帆ではなかった。だが、それを補うチーム力と選手達の力走が2年連続、通算3回目のサファリ1-2-3-4完全制覇へと道を繋げたことは間違いないだろう。
サファリラリー 2023 最終結果
1位:セバスチャン・オジエ/ヴァンサン・ランデ(トヨタ)
2位:カッレ・ロバンペラ/ヨンネ・ハルットゥネン(トヨタ)
3位:エルフィン・エバンス/スコット・マーティン(トヨタ)
4位:勝田貴元/アーロン・ジョンストン(トヨタ)
5位:ダニ・ソルド/カンディド・カレーラ(ヒョンデ)
6位:オイット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ(フォード)
7位:ピエール-ルイ・ルーベ/ニコラ・ギルソウル(フォード)
8位:カエタン・カエタノヴィッチ/マチエク・シュチェパニアク(シュコダ) ※WRC2
9位:オリバー・ソルベルグ/エリオット・エドモンソン(シュコダ) ※WRC2
10位:マルティン・プロコップ/ズデニェク・ユーシュカ(フォード) ※WRC2
各チーム其々の週末
◆トヨタガズーレーシングWRT
トヨタは7戦中5勝を計上、そして2年連続の1-2-3-4フィニッシュを達成、同一イベントにおける通算3度の1-2-3-4フィニッシュはWRC史上初。
トヨタ勢はこのラリー、他よりも一歩抜きんでたスピードと冗長性でサファリを支配した。特にDAY2の午後のループではオジェがスペアタイヤを1本下ろし、5本でのアタックを敢行。
これが見事的中し、オジェはDAY2の終わりにロバンペラとの差を22.8秒に広げるなど戦略とスピードが上手く噛み合っていた。
いくつかのパンクやトラブルにもチームとドライバー達は上手く対応、ただ、このサファリGRヤリスの大きなウィングが籔枝に引きちぎられるシーンがまぁまぁの頻度で散見され、一時はウィングのスペアが無いのではないか説がSNS等で囁かれた。
特に最終日の午前中、オジェはテールゲートごと失う場面があり、エアロダイナミクスのバランスが大きく崩れた状態で疾走を強いられ、午前を走り切っても15分間の時間しかないサービスFで修理ができるのか注目された。
結果は、見事マシンは新車同様に修理を終え、オジェ自身もこのサービスFで修理・掃除を手伝うなど勝利への執念がほとばしっていた。
結果的に2年連続の1-2-3-4でサファリを完全制覇、メイクスタイトルに大きな弾みをつけケニアを後にした。
◆MスポーツフォードWRT
全体を通して、マシンの調子とパンクに悩まされ、最終SSはルーベにターボ加給圧が上手くかからない事象が発生するなど、信頼性がサファリでも足らないことを吐露している状態だ。
モチベーションに陰りが出てもおかしくないような、難しい状況下でもタナックは力走、パンクで足を引っ張られ6位が限界であったが
最終パワーステージはヌービルの失格もあり、見事5ptを獲得するなど、マシンがタナックのモノに完全になれば、今期2勝目も存分に有り得る。
次戦はタナックの地元エストニア、そしてその次は昨年タナックが制したフィンランドと相性の良いイベントが待っている。
メイクスタイトルでは既に可能性は持ちえないが、タナックはドライバーズタイトルでまだ挑戦権を手放していない。
◆ヒョンデ シェル モービス WRT
スピードはあった、だが他は持ち合わせていなかった様だ。
サルディニアの1-2優勝を土産に、アルツェナウから乗り込んできた彼らにケニアの大地は1度たりとも笑顔を向けなかった。
DAY2にヌービルがサスペンションのトップマウントが緩み、そのままショックがボンネットを押し上げて走行不能に陥る他
DAY3ではシェイクダウンでラッピを襲ったプロペラシャフトトラブルが再発、1日で4回も損傷し、競うどころの話では無かった。
更にはそれが起こるまではラッピが3位を争っていただけに、その損失感は中々の大きさと言わざるを得ない。
更にはラリー後に、ヌービルの違法レッキにまつわる審議でスチュワードに招聘され、その事実関係があった事をヌービルが認めた。
よってヌービルはラリー失格となり、8位の4ptもパワーステージの5ptも失うという後味の悪い結末を迎えた。
このことでトヨタとのメイクスタイトル争いは更に差が広がり、48ptのリードをエストニア、フィンランドの高速グラベルで追うことになる。
サファリラリーのおわりに
【勝田3年連続のポディウムならず】
21年の2位、22年の3位とサファリではポディウムに立つことが続いていた勝田だが今年は25.3秒差で4位に留まり、惜しくも3年連続ポディウム登壇とはならなかった。SS12とSS18でステージ優勝こそ挙げたものの悔しいと感じる部分も否めない。
開幕のシェイクダウンで2回転ロールでマシンを壊し、あわやという場面から始まったこのサファリだが、多くのダメージを負いながらもマシンを前に進め最終SS完走後には冷却液漏れが起こるなど、トヨタ勢の中では誰よりも満身創痍だったと言える。
だが、今シーズンここまで中々波に乗り切れていない部分でもがく中、この4位をキッカケに次のエストニア、フィンランドと第二の故郷で"カツタネン"の大活躍に期待したい。
【ヌービル失格処分】
ラリー終了後、現地ケニアの日付が変わろうかというタイミングで、スチュワードが8位でゴールしたヌービルを失格処分とした。
レッキ終了後に、ヌービルの関係者が許可なく2本のSSを走行、または移動し、岩の位置や、コーナーのカット防止策についてなどコースの状況をレッキ以外でも収集したというものだ。
これは23年のWRC競技規定(35.4.2項)に違反するもので、このことに関してヌービルはすぐに関与を認め、失格の裁定を受け入れるとした。
この無許可のコース内立入については、現場でその関係者が2度、オフィシャルに止められているという事もあった様で、隠すというよりかは、何かしらの理由を持って事に及び、上手くいけばお咎めなしを期待しての行動だったのか……は解らない。
が、筆者が思うにヌービルとしてはこのサファリが是が非でも3位以上に着けておきたかった事は想像に難しくない。
なぜならば次戦はエストニア、更にフィンランドと続く、ドライバーズタイトルでヌービルにとって目の上のたんこぶとなったロバンペラの得意イベントだ。
つまるところ、ラリーの結果もパワーステージでもロバンペラを上回るのは非常に骨が折れるため、ただでさえリードされているのに、ケニアで差を広げられたらかなりタイトル争いで危うい立場になる。
そういう気持ちがあったにせよ無かったにせよ、一連の事象に及んでしまい結果的にはサファリをノーポイントで去ることになった。
【選手権の行方】
今シーズンは7戦を終えたところで、ランキングリーダーのロバンペラと2位のエバンスの差は41pt差。昨年が、7戦目のエストニア終了時点でロバンペラとヌービルの差は83ptもあった。
それを思うと、今年は大分ロバンペラが詰め寄られているようにみえるが、41pt差というのはかなりの大差だ。
実状的にはロバンペラが次のラリーで、最終日にリタイアして全くのノーポイントに終わっても、誰も逆転出来ないのである。
どこかで聞きかじった話で恐縮なのだが、確か1シーズン中に40pt差以上ついた状況で逆転戴冠をなし得た例は無かったはずで、それが本当だとすると、今年も順当に進めばロバンペラの連覇が決まることになる。
目下、ドライバーズタイトル戦線はトヨタ勢が1-2-3と並んでおり、3位に位置しているのがパートタイムで走っているオジェというのも思わず目を疑ってしまう。
4位で追うタナックは、やはりマシンの信頼性が足を引っ張るだろうと思われる。失格により5位に沈んだヌービルは、ロバンペラに対して47ptの差を開けられており、かなり厳しい状況。次のエストニア、フィンランドの2連戦でポイント差を60pt以内に収めて切り抜けないと、今年は早くもゲームオーバーの様相が漂う。
次戦は高速グラベルその1エストニア
次戦エストニアは7月20日~7月23日にかけて行われる。
高速グラベルの一戦に数えられるが、フィンランドよりも道は狭く難しいとされ、路面についてもフィンランドより柔らかく轍を選手達がどういなしていくかが試される。
スピードを発揮しながらも、臨機応変に立ち回る必要があり、少しの息継ぎであっという間に置いてかれてしまう。
優勝候補は昨年の覇者ロバンペラ、そして地元タナック、更に今季優勝は無いが好調を見せるラッピも良いパフォーマンスを発揮するだろうと思われ、出走順の有利を活用してくるに違いない。
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