「君たちはどう生きるか」よく分からなかったけど

※内容に直接触れてはいません、が、ネタバレご注意

ジブリ作品は8割くらい見たことがあって、
別に熱狂的な映画好きでもない、
吉野さんの元の著書「君たちはどう生きるか」も読んだことがない人の率直な感想です。

よく分からなかった!


と、前回の記事でそれだけ言いましたが…。

「よく分かる」ものばかり求められる現代、
人の生き方や価値観さえも
「よく分かる」ことが求められる。
迷いにくいけど、薄っぺらくはないかと思う節がある。

この映画はなんか、
遺書みたいだと思った。
もっと言えば、走馬灯。

脈絡が見えにくくて、
説明も少なくて、
過去作のパレードになっていたり、
言い換えればパレードにしかなっていなくて、
エンタメとして見ようとすると裏切られる。

宮﨑駿監督が80年余り生きてきて、
今、頭の中にあるものを、そのまま切り取って
置きました、みたいな。

人の頭の中なんて、
本人にとってみればこれ以上ないメッセージ。
でもそれは全く普遍的なものではないよね。

誰かのことを、訳もわからずなんか好きになったり、
なんか嫌いになったり、
それくらいの次元のものだと思う。

もし1人の人間をパッと差し出されて、
「はい、これが映画です。批評してください。」
って言われたら、
まあ賛否両論溢れ返るだろうけど、
多分1番多そうなのは、
「映画だと言われて見に来たのに」
みたいな感想じゃないかな。
そんな感じ(?)

何度も見返せば色々気付くのかもしれない。
知識があれば見えてくるのかもしれない。
専門家やコアなファンの考察を聞けば
それを結論ってことにできるのかもしれない。

エンタメとしては面白いし、
勿論そういう見方も僕は大好き。
大学で文系科目をどれか1個取れと言われて
「表象文化論」を選んだくらいだし。

でも、タイトルを聞いた時点で、
結論なんて出るわけないだろうなと思った。
それに普遍的な結論を見出して、
それを言葉にしてしまったら、
多分、自分の手の中に持つにはあまりに安っぽいと思う。

僕は、結論を求めることは全然していなくて
1人の人間を見るような気持ちで映画を観ていた。

最近、昔の友達に久々に会った。
彼は美術系の仕事に就くんだけど、こんなことを言っていた。

「センスはいつか必ず腐る。
だから自分は、自分の作れるものをちゃんと言語化して、
技術として再現可能なものにしようとしている。
そうすれば、瞬間的な100%を出せなくなっても、
60~70%くらいの、プロとしての合格点はずっと出し続けられる。」

感性だけで音楽をやり続けてる僕には耳の痛い話だった。
まあ、僕は仕事にしてないからいいんだけど。

確かにそうかもしれない。
社会、ビジネス、という場所では、
分かりやすく、普遍的であることは必要なんだろう。

でも、人間そのものはそんな単純なものじゃない。
「どう生きるか」なんて問いに対しては、
もっとこう、
星空にただ見惚れたり
音楽にただ聴き惚れたり、
お笑いを見て何も考えずただ笑ったり、
そういう構え方をしていいんじゃないかなと思う。

いや、ただもしかしたら僕の場合は、
後者にハマり過ぎているかもしれない。
「どう生きるか」なんてものはもっと奥にしまっておいて、
「分かりやすく、普遍的であること」をもっと
大事にしてバランスを取るべきかもしれないなあ。


言いたかったのは、

この時代に、日本の最上階から、
こんな訳の分からない、
人間らしい爆弾を落としてくれたというのが、
とっても清々しい。
映画が終わった時、そんな風にワクワクしました。

ということです。

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