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Artist Connection完全攻略(その1): CEOインタビュー

Streamsoft社が2019年に発表した「Artist Connection」は、アーティストやスタジオ、ライブハウス等が利用するためのクラウド・サービスであり、コンテンツのアーカイブ構築やライブ配信が可能な配信プラットフォームです。

間もなくリリースされる「Live Extreme Encoder v1.12」では、Artist Connectionを通じてライブ配信できる機能が追加される予定です。国内ではいくつもの配信プラットフォームと提携していますが、海外ではこれが初となります。

Artist Connection関連のニュースを追っていくと、MQA360 Reality Audio(以下360RA)、AURO-3Dなどホットな話題が並んでいることにお気づきでしょうか?なぜ最先端のオーディオ技術はArtist Connectionに集まっていくのか…?この謎に迫るべく、StreamsoftのCEOであるJonathan Reichbachのインタビューを行いました。


Jonathan Reichbachインタビュー

Jonathan Reichbach

Sonic Solutions〜Sonic Studio時代

ーー2018年にStreamsoftを始める前はどんな仕事をしていたんですか?
1990年にSonic Solutionsという会社に入社し、最初のCDプリマスタリング・システムの開発に携わりました。その後、多くのスタジオに「Sony CDW-900E」というCDライターが導入され、たくさんのCDがSonic Systemのマスタリング・システムで制作されました。

SONY CDW-900E

確か2000年頃だったと思いますが、Sonic SolutionsがDVDを始めた頃、Sonic Studio(オーディオ部門)がスピンオフされました。Sonic Studioとしての最初のプロジェクトは、ソニー向けにDSDのプロトタイプ・システムを開発することでした。

ーーあなたはずっと制作側のプロオーディオ製品に携わってきましたが、Sonic Studioでは「Amarra」というコンシューマー製品も発売しましたよね。これはどういった経緯だったのでしょう?
Sonic Studioでは専用ハードウェアをなくし、ソフトウェアに移行する方針を立てたのですが、最終的に「soundBlade™」というソフトウェア・ベースのDAWをリリースすることができました。

Sonic Studio - soundBlade

ある日、イギリスでオーディオ系の人々がsoundBladeのデモ版を多くダウンロードしていることに気づいたのですが、調べたところ、「デモ版でも96kHzのPCMファイルを再生可能だから」という理由でした。そこで、オーディオ市場向けにAmarraの最初のバージョンを書き上げました。DAWシステム上にプレイヤーを構築し、GUIをプレイリスト・ベースに置き換えただけでしたが、非常に良い音がしましたし、今でも良い音がしています。

Sonic Studio - Amarra 3.0

ーーAmarraはまだ開発中なのでしょうか?
小さな変更は加えていますが、アクティブな開発は止まっています。

ーー開発を再開する予定はないのでしょうか?
再開するとしたら、全く新しいソフトに作り変えることになると思います。Artist Connectionやストリーミング技術も取り入れて、Artist Connectionと連携したモダンUIに差し替えつつ、ローカル再生にも対応させたいですね。

Streamsoftの創設とMQAの関係

ーー その後、あなたはStreamsoftを立ち上げることになるわけですが、Streamsoftとはどのような会社なんでしょうか?
Streamsoftはカリフォルニアを拠点とする小さな独立系企業で、エンジニアリングはセルビアのベオグラードで行っています。ソニーやMQA社と一緒に、360RAやMQAを再生可能なiOS用モバイルSDK(ソフトウェア開発キット)を開発したのが会社の始まりです。このSDKは、360RAやMQA、ハイレゾPCMをサポートするために、多くのストリーミング・サービスで使われています。

MQA社とは、2018年3月の「SXSW (South by Southwest)」でもご一緒しました。ロンドンからオースティンに、96kHzのMQAでライブ・ストリーミングするイベントがあったのですが、私たちがiOS用の再生アプリを開発しました。私もオースティンで96kHzのストリームを聞いていたのですが、Facebookストリームと比較して圧倒的に良い音でしたね。

同じ日の晩に「Sweetwater Music Hall」のFacebook Live配信も聞く機会があったのですが、あまりにも酷くて「我々ならもっと高音質にできる!」と伝えました。そこから私たちのシステムの中で、どうやってライブ配信を実現できるか検討を始めました。2020年にパンデミックが発生して、彼らとは多くの配信を行いましたが、ライブ配信以外に、ペイ・パー・ビュー用コンテンツのアーカイブ構築にも注力しました。

ーーSXSWで使ったライブ・エンコーダーはMQA社が持ち込んだんでしょうか?
エンコーダーはMQA社が開発しました。私たちはiOS用の再生アプリを書いただけです。彼らがどうやっているのか興味はありましたし、本当はライブ・エンコーダーを入手して、自分たちでもハイレゾのライブ配信をやりたかったのですけどね。

ーーArtist ConnectionはMQA対応ということですが、再生アプリにMQAのコア・デコーダーが搭載されているということでしょうか?
はい。アプリ内のソフトウェアで一段目の "展開 (unfold)" を行い、96kHzにすることができます。

Artist Connectionのサービス概要

ーーArtist Connectionがどのようなサービスを提供しているか改めて説明してもらえますか?
GoDaddyのように、必要なツールを取り揃えて、簡単にオリジナルのWebページを作って公開できるようなサービスは、世の中にたくさんありますよね。Artist Connectionはそのストリーミング・サービス版と言えます。このシステムの上に、独自のストリーミング・サービスを構築することができるわけです。

Artist Connectionアプリ画面

配信者のユーザー・アカウントは"Studio"と呼ばれています。イマーシブ・オーディオを配信したいレーベルやライブ・ハウス、NewAuro社のように自社技術をプロモーションしたいメーカーなどが、Studioを作成することができます。

Artist Connectionはもともと、音源のアーティスト・チェック (approval) を、非常にセキュアな環境で行うためにデザインされたものです。スタジオで制作された360RA、Dolby Atmos、バイノーラルなど複数のコンテンツをアップロードして、ユーザー(関係者)を招待して聞いてもらったり、(設定によっては)iPhoneやAndroidにダウンロードして試聴することもできます。値段設定、共有の開始日・終了日など、共有条件について細かく設定することも可能です。

Artist Connection配信者向けポータルサイト

ーー現時点でいくつのStudioが存在しているのでしょう?
Studioは現在35以上あり、今でも増え続けています。殆どのStudioはapproval用に使っているので、一般の方には非公開になっています。

StudioがArtist Connectionにコンテンツをシェアして、一般公開することも可能です。一般公開すれば、コンテンツをプロモーション利用することができます。例えば、Sweetwater Music HallやUnterfahrtMontruex Jazz Festival等がコンテンツを一般公開しています。

StudioがコンテンツのQRコードをウェブ公開して共有することもできます。

ーーArtist Connectionには、無償公開されたコンテンツがたくさん見つかりますが、有料配信の仕組みも用意されているんでしょうか?
もちろんです。このシステムは課金やマネタイズに主眼を置いて開発されています。ライブ配信を含め、どんなコンテンツでも、iOSやAndroid、更にブラウザの課金システムを使って有料化することが可能です。ブラウザの課金システムにはStripeを使っています。

ーー普段、ライブ配信はどのように行なっていますか?
AWSを使って、RTMPによるライブ配信に対応しています。RTMPで対応できない形式の場合は、Live ExtremeのようにMPEG-DASHで送ってもえば、私たちのシステムとつなげることができます。私たち自身はライブ・エンコーダーの提供は行なっておりません。

ーーサービスは日本でも利用可能なんでしょうか?
はい。一部の国を除き、ワールドワイドで使えるはずです。ライブ配信はアメリカとドイツ、イギリスから行なった実績があります。

Artist Connectionが対応するコーデックについて

ーー先ほどのMQAやロスレス・オーディオ以外に、Artist Connectionが対応しているコーデックは何でしょうか?
全ての環境で対応しているフォーマットは限られていて、多くは環境により対応状況が変わってきます。例えば、AURO-3DはiOSとAndroidモバイル、Nvidia Shield TVで再生可能ですが、今のところデスクトップには対応していません。Dolby TrueHDはNvidia Shield TVで再生可能ですが、iOSやChrome, Firefoxでは再生できません。360RAは現時点ではモバイルのみの対応ですが、いつかデスクトップでも対応できると考えています。

Artist Connection再生対応プラットフォーム(2023年10月現在)

今後追加予定のコーデックについてですが、近々「MPEG-H」に対応できればと思っています。まだ何とも言えませんが、向こう数ヶ月の間に出せるといいですね。

ーーそれはいいですね。特殊なコーデックの再生機能はArtist Connectionの特長になっています。ソニーが360RAをスタジオで始めた頃、クライアントが自分のファイルを再生する手段はArtist Connectionしかなかった気がします。
DSDやSACDの話に戻りますが、approvalの手段がなかったのは大きな失敗だったと思っています。CDならスタジオで焼いて、外でも聴くことができました。今回はこのSDKをソニーに提供して、アーティストによるapprovalプログラムの重要性を訴えました。

ーーArtist ConnectionとAURO-3Dの互換性について、もう少し詳しく教えてください。
Auro Technologies社(現New Auro社)からAURO-3Dをプロモーションしたいとの相談がありました。AURO-3Dは音が大変素晴らしいので、私たちのシステムに搭載することにしたのですが、家庭でAVアンプに繋ぐために、Android TVに対応させることも重要なポイントでした。iOS版やAndroidモバイル版には、バイノーラライザー(Auro-Headphones)も搭載されています。

ーーAURO-3Dのマルチスピーカー再生は、Android TVなら何でも良いわけではなく、Nvidia Shield TVが必須でしたよね?
そうなんです。私が知る限り、Nvidia Shield TVがAURO-3Dをデコードできる唯一のSTB(セットトップ・ボックス)です。これはAURO-3D側の問題ではなく、8チャンネルのFLACをビット・パーフェクトで再生できるデバイスが他にないということです。AURO-3D以外のフォーマットであれば、他のAndroid TVも使えますし、Airplay(Apple TV)も利用できます。

Nvidia Shield TV Pro

「360 Reality Audio Live」について

ーー360RAに関連してですが、Streamsoftはソニーと「360 Reality Audio Live」というソフトも共同開発しましたよね?このソフトについて、もう少し詳しく教えてください。
長きにわたってソニーとの関係を築いていたこともあり、360RAのライブ・ストリーミング用のアプリを一緒に開発することになりました。特殊なコンテンツを配信可能なワールドクラスのプラットフォームも開発しましたが、これはローカルな配信に必要とされるものとは異なっています。

私のゴールの一つはイマーシブ・ライブ・ストリーミングと考えています。配信会場の選定、適切なマーケティング、機材調達など、取り組むべき課題はたくさんありますが、是非とも実現したいと思っています。

今後の展開について

ーー今後の展開や目標について教えてもらえますか?
イマーシブ・ライブ・ストリーミングをホーム・スピーカー・システムと繋げることですね。私たちの顧客が業務を行うためにこれが必要とされており、来年特に力を入れていきます。デスクトップ再生アプリも必要になるでしょう。私たちにとって最も重要なのは、(モバイルではなく)ホーム・エンターテインメント・システムなのです。

ーーイマーシブ・ライブ・ストリーミングについてですが、先ほどの360RA配信以外に実績はありますか?
いえ、まだありません。そこはあなたたち(コルグ)に期待しています。Artist ConnectionとLive Extremeが組めば、より良い配信を実現できると思っています。

(本インタビューは2023年10月17日にオンラインで行われたものです。)


まとめ

私自身、Jonathanとの付き合いはDSDレコーダー(MRシリーズ)を開発していた18年前まで遡りますが、今回のインタビューを通じて、彼が提供してきたサービスやオーディオ業界の流れについて、より深く理解することができました。

Live Extremeはブラウザ再生を基本とし、配信エンコーダー技術にフォーカスして日本国内で事業展開してきました。逆にArtist Connectionは自社でライブ・エンコーダーを持たず、プレイヤー技術を軸に欧米でサービス展開してきました。サービスの生い立ちも技術アプローチも異なりますが、ハイレゾ(FLAC)やイマーシブ・オーディオ(AURO-3D)など、目指すべき世界は一致しています。

Live ExtremeとArtist Connectionがタッグを組むことで、お互いの技術を組み合わせ、高音質ライブ配信の新たなページを開くことができるのではないかと期待しています。

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