『国籍法案に関する資料』からわかること・・旧国籍法は重国籍を認めていた
「国立国会図書館デジタルコレクション」は自宅に居ながらにして貴重な歴史的文献の調査ができる素晴らしいサービスです。
ここのところ、続けて重国籍問題の関連の記事を書いていたこともあり、制度の成り立ち・歴史的経緯に関する資料を閲覧していたのですが、興味深い資料を見つけました。
それがこちら
国会資料『国籍法案に関する資料』,法務府民事局. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1878108
この資料、明治期~戦前の国籍制度に関する日本社会の「共同幻想」を壊すだけのポテンシャルを秘めているのではないかと感じました。
国籍法11条1項違憲訴訟
国籍法11条1項は、「日本国民は、自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。」というものです。(この趣旨の規定の源流は明治時代の旧国籍法20条にまで遡れます。)
さて、この規定で日本国籍を喪失してしまった人が、救済を求めているのが、「国籍法11条1項違憲訴訟」です。
個人の感想で申し訳ありませんが、自分はこれまで進められてきた訴訟戦略は、どうも筋が悪いという感覚を持っていました。訴訟の原告の立場、思いには、私は深く共感しております。筋の悪さを問題にしたいのは、どのように主張を打ち出していくか、という「戦略」の部分です。
朝日新聞デジタルのこちらの記事によると、原告は
「国籍法の規定は兵役義務などの観点から重国籍を認めなかった明治憲法下の国籍法から引き継がれたもので、グローバル化する現代に対応していないと主張」
要は、「古臭い明治憲法下の国籍法がとにかく悪い。だから、その流れをくむ国籍法11条1項は、今の時代にそぐわない。」という主張でしょう。
もし、旧国籍法が問題だというのだったら、旧国籍法の下でも、当時から同じように「外国の国籍を取得した」人が、日本国籍を喪失したことで苦しんでいた、救済を求めていた、という事例が見つかりそうなものです。
でも見つからない。(少なくとも私は見つけられなかった。)
『国籍法案に関する資料』から
p5-6「一、現行國籍法」より
(現行といっても旧国籍法のこと)
つまり、旧国籍法時代は、外国籍を志望取得したことで、旧国籍法20条により、日本国籍を喪失しても、旧国籍法26条で、国籍回復する救済制度がちゃんとあったわけですね。
p20 「七、國籍法新舊對照表(二)」より
昭和25年(1950年)国籍法と、旧国籍法の対照表です。先に述べた通り、旧国籍法20条では、自己の志望で外国の国籍を取得した人は日本の国籍を喪失しますが、この立場の人は旧国籍法26条「国籍の回復」規定で、取得した外国の国籍を放棄することなく、日本国籍を回復することができました。
ところが、昭和25年(1950年)に戦後の日本国憲法下の国籍法大改正がされた際に「二重国籍の発生を防止するため」と言う理由で、「国籍の回復」が「簡易帰化」にまとめられてしまった。
「簡易帰化」というのは、「簡易」ではあるといっても、外国の国籍を放棄することが手続き要件となっていますから、それまでの国籍回復制度のように、外国国籍を残したままで日本国籍を回復することができなくなってしまった。制度の問題点を訴えるとしたら、肝になるのはここなのではないでしょうか?
帰化制度の利用数
・帰化の人数なんて、明治33年から昭和24年までの旧国籍法の下、全部合わせてもたった299人だった。
国籍回復制度の利用数
・帰化の299人に対して、「国籍回復」は大正13年以降で7333人。
「国籍回復」は(相手国が許せば:つまり、日本国籍回復の手続きによって、相手国側が国籍喪失の扱いにしていなければ)実質二重国籍状態。
つまり、外国籍を志望取得して日本国籍を一旦喪失しても、日本国籍を回復して、二重国籍状態になる、というのが、はるかに一般的だったと言うことがわかります。
>『重国籍を認めなかった明治憲法下の国籍法』
というのは、言ってみれば「共同幻想」でしょう。
結論
こうした資料を踏まえて考えてみると、「国籍法11条1項違憲訴訟」は、国籍法11条1項それ自体の廃止を求めるより、旧法下に存在した(外国籍の放棄を当事者に要求していない)「国籍回復」の規定の復活を求める方が、筋がいいのではないかと思う次第です。
「前提を疑え」という言葉をしばしば耳にします。
「日本は明治以来二重国籍を禁止している」という「前提」(日本社会の共同幻想)は「疑ってみる価値」が十分ありそうです。
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