諦メ

飲みニケーション
ノリとテンション
求心力
行動力
要領
ステイタス
フェイマス
お金
おしゃれ
人望
協調性
社交性
社会性
柔軟性
主体性
積極性


結局のところ自分が足りない



改善をしていかなくちゃいけないのは分かっている。
このままでいい、なんてことがないことも分かっている。

「明日のたりないふたり」を観て本当にそう思った。

”人生を歩むことで解決する「たりなさ」と新たに発生する「たりなさ」の両方があって、人としてのたりない部分が0になることはない。”という前提の元、僕は「たりないままでいい」という結論を「オールクリアはできないけど一つひとつを潰していく努力はしないといけない」という意味で受け取りました。



もうずっと考えたけど、「たりなさ」を一つも潰せる気がしません。

無理でした。

少しでも「潰せる」「変われる」と思った自分がバカでした。

変わろうとするから、変われていない自分に押しつぶされるんですかね。




ここ最近、特に寝る前の時間が本当に地獄です。

無音で目を瞑ると、意味ない考え事とそれによる自傷(物理的ではない)をしてしまう。

だから、音量マックスにしてイヤホンで曲をギャンギャンに聴いて無理やり吹き飛ばしてみたりします。

そりゃ寝れないだろって話なんですが、そのままTwitterを眺め続け、途中でラヴィット!が始まったことに気がつきます。

で、いつの間にか寝てます。




たりない部分を潰そうとするのを諦めたら寝れるようになりますかね。


「否定してくる人がいない世界」の他に、朝気持ちよく起きれる世界はないんだろうか。


根拠のない自信がずっと欲しかった。
僕が読んだ著書によると、根拠のない自信とは「”おそらく自分は他人から肯定的にみられているであろう”というイメージ」のことらしい。

そして、世界の見え方は良くも悪くも思い込みで、「肝心なのは、"どう思い込むか”である」と。

”根拠のない自信”は、自信なんかじゃなかった。


ここで俺が「たりなさ」を潰すことを諦めるのは根拠のない自信になるのかと言えば多分ならない。

"思い込み"とは程遠く、現状を放棄して思考停止をするだけ。



「卵が先か鶏が先か」じゃないですけど、若林さんのエッセイを読んだのが先か悩んでいたのが先かわからなくなってきました。
エッセイを読んでから悩むようになったのか、悩んでいるところでエッセイを読んで救われたのか。





言語化されてるから苦しいんじゃないかな、と思って。

こんなふうにnote書いて足踏みして、どんどん言語化していくしされていくから苦しいんじゃないかな、と思って。


一旦、諦めてもいいですか。
潰すことを。



寝れるといいな。


【僕が読んだ著書】

若林正恭, ナナメの夕暮れ
引用:p163, ℓ2  p163, ℓ5  p163, ℓ11




#232  諦メ

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