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厭劇のヒロイン 落書き短編 3

05 路地を抜けバスのターミナル広場に出る。高架型の歩道へと続く階段を登る。 人混みの忙しなさ、その流動はカオスの極み。建ち並ぶビル群と無数広告が見える。 サラリーマン風の男が「君たち、今時間あるかな?」と声をかけてくる。俺は判然としない対応をしてしまい、隣にいた夢咲が「急いでるんで、ごめんさない!」と俺の腕を引っ張る。 八階建てのショッピングモールに入る。 洒落た小物や若者受けの良い腕時計が目に入る。有り体に言えば女子向けの商品が並ぶフロア。

    • 厭劇のヒロイン 落書き短編 2

      03 色気づいた枯葉が、葉風に攫われ宙を舞う。 もう秋なんだなと心の中で呟くと、その台詞の可笑しさに思わず薄ら笑いを浮かべた。 女心と秋の空──いや、この場合は春蘭秋菊倶に廃すべからず・・・・・・か。 校内放送の曲はいつの間にか切り替わっていた。 チャイコフスキーの「くるみ割り人形」花のワルツ。 「いいな〜」続いて「羨ましい〜」と、別のクラスの女子生徒達が口々に言った。 眼前に繰り広げられる少女漫画フィールド、女子達からすれば夢のある一幕だ

      • 厭劇のヒロイン 落書き短編 1

        厭劇のヒロインプロローグ 私が私を嫌いになるまでに、さして多くの時間はかからなかった。 この地味な顔も、この普通の名前も、この歪で陰鬱な性格も。そして何より、頭抜けた才能が何一つとしてなかった凡庸さも、その要因たり得た。 しかし、私が私を殺すまでに、多くの時間がかかったように思う。 挫折の繰り返し。人生の惨さを知っておきながら、私は初めて夢を志してしまった。 漫画家。我ながら上達はしたと思う。絵も物語の組み立ても。 それでも天才や鬼才には敵わないと分か

        • 鈍色と嘘 落書き短編 4(終)

          010 「シーザー暗号?」 夏希は弱々しく復唱した。しかし、潮の反応は違った。 「シーザー暗号って、決まった文字数分アルファベットをずらすシンプルな方法だよね」 俺は頷く。 シーザー暗号は共和制ローマ末期、ガイウス・ユリウス・カエサルが使用した有名な暗号だ。カエサルの英語読みシーザーからとってシーザー暗号と名付けられたとされている。初歩的な部類だと俺が思ったのは、この方法が最もシンプルだからだ。 僅かに脈拍が上がるのを感じた。不慣れなことをしている。俺

        厭劇のヒロイン 落書き短編 3

          鈍色と嘘 落書き短編 3

          08 悠揚。綿雲が漂う様なゆったりとした時間が流れる。まだ日は高いようだが、図書館の人気は少なくなった。閑古鳥が鳴く、それもまた趣深い。 「それで、その後どうなったんだ?」 「黛君、転校しちゃったんだ。夏休み直前に、事後報告みたいにひっそりと。暗号も結局のところ解けなかった」 潮の話から推察するに、件の暗号を書いたのは黛という男子という訳だ。 俺は思ったより長い話を聞き終わり、伸びをした。 すると、近くにある書棚の奥から見覚えのある人物が顔を覗かせこう言

          鈍色と嘘 落書き短編 3

          鈍色と嘘 落書き短編 2

          05 芒種。日が陰り寒々しい空とは裏腹に、妙な生暖かさが鼻につく。さりとて、学校生活に大きな変化はなく、尋常一様である。 ただ、何か変わったことがあるとするならばと、潮はマオを見やる。マオは黛を遠くから観察している。 「またやってるよ、あの子」と呟く。 マオは黛がどうしても気になるらしく、時に遠くから、時に後ろをピタリとつけたりと、傍からみたらストーキング紛いのことをしている。というのも中々話しかけられないのである。 まあ、気になる理由を本人に打ち明け

          鈍色と嘘 落書き短編 2

          鈍色と嘘 落書き短編 1

          鈍色と嘘 01 こんな話がある。聡明で碩学なメアリーという少女は、生まれてから一度も色を見たことが無いという。白黒の部屋で育ち、白黒のテレビで世間を知り、白黒の本で知識を得る。 彼女は視覚に関する神経生理学の専門家であり、何でも知っている。可視光の特性、眼球と網膜の構造、人がどのような時に「赤い」や「青い」という言葉を使うのか──など、色や視覚にまつわる情報を全て理解している。 そこで、メアリーは初めての外出を試みた。極彩、宙を仰ぐ。透き通るような

          鈍色と嘘 落書き短編 1