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塩糀は健康食品ではない

(この記事は2012年のメールマガジンバックナンバーからの転載です。定期購読はこちら。トップの写真はきくち先生ご自宅の塩糀です。現在はすっかりお友達付き合いをさせていただいております……せんせいありがとう。)

なんだか爆発的なブームになってしまいました、塩糀。
http://yakan-hiko.com/wakabayashi.html

だいぶ作り方や使い方も浸透してきた気がしますが、再度「塩糀、若林理
砂の使い方」をしっかりまとめておきたい気分になったので、今回のコラ
ムは塩糀をぎっちりと特集することとします。

そもそも、塩糀。わたしの知る限り初出は漫画『おせん』の第三巻。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063520021/showshotcorne-22/
ここに「おせん的、朝メシ自慢」という一篇があります。

これを読んだわたしはまずはインターネット検索から始まり、いろんな発
酵食品の書籍を漁ってみたのですが、塩麹を探し出すことは出来なかった
のです。なので、この調味料のバックグラウンドは全くわからぬまま、
「とりあえず、作ってみよう」と漫画に載っていた「米こうじ1升に対して
粗塩3合」という配合を、「米こうじ1kgに対して粗塩300g」という重量
比に変換してつくりはじめたのが2003年のことでした。

わたしが一番最初に書いた『はりめし』(2005年刊)という書籍にもこの
配合で塩糀を紹介しています。そこから何年も、わたしの書いたレシピ以
外はネットを検索してもほぼ見つからない状態が続きました。それがなん
だか大爆発のブームとなり、あらゆるレシピがネットに見られるようにな
ったのはみなさんご存知の通りです。

だがしかし。今年の1月。雑誌『イブニング』に連載中の『おせん』の中
で、現在流通している塩麹はまがい物だという連載が2月まで集中的に掲
載されました。これによると、麹:塩の割合は重量比ではなく体積比なの
で、米こうじ1kgだったら塩は600g入らないと本物とは言えないというの
です。

これを読んで「うわー、ひょっとして、わたしが大間違いしたからでは。
この配合が流布したのって……」と背筋に冷たいものが走りました。だっ
てさ、もしも『おせん』を読んでいたなら、つまり配合量はそこに書いて
ある通りを試したら、1kg:600gという配合が導き出せているハズなので
す。

世の中に流布している塩麹のレシピが1kg:300g近辺で落ち着いていると
いうことは、たぶん、わたしのレシピが大元になっていると考えて差し支
えないんではなかろうかと……。わたしみたいに、家に一合枡が無いから
とりあえず重量比にしてみようって頓珍漢なことをみんながみんな考えつ
かない限りは! あの時一瞬、「でも、重量比だとなんか間違ってる気が
する」って思ったんだから思いとどまれよ、自分。

でもねー……『はりめし』書いたときにはちゃんと『おせん』の作者さま
に献本して直筆のお返事ももらったからさ……。これでいいんだと思って
ずーっと作り続けて来たわけですよ。なんかすごくハズカシイやら悲しい
やらで、ちょっとツテを使って『イブニング』編集部に直にお手紙を差し
入れたところです。お返事はもらってないけど、確実にきくち先生には渡
ったはずです。ほんとごめんなさい先生……。

『イブニング』連載では、わたしのレシピだと塩が少ないので常温保存が
難しいとか、手でかき混ぜちゃダメとかの記述がありましたが、ウチでは
一度に3kg仕込むので、お玉でかき混ぜるんじゃ樽の底まで混ざらないた
め、手でかき混ぜて熟成させていますし、常温保存で腐ったりしたことは
ありません。

熟成が進むのが嫌いな方は、ある程度気に入った味わいになったら冷蔵庫
に入れてしまえばそのままの味で保存できますが、ここ數年の灼熱地獄の
東京の夏でも別に悪くなったりしていないです。この偶然から生まれてし
まった配合、塩分濃度は醤油と似たようなもんなんです。だから特に問題
なく発酵が進んだ上で雑菌が繁殖することもなかったのでしょう。

ということで、1Kg:300gのレシピは「若林のうっかり塩糀」であって、
本来の郷土食である「塩麹」のレシピとは異なることをここに宣言させて
いただきます。ほんとにもう……。

ということで、「うっかり塩糀」なんて書いてると気分がガッカリしてく
るので。「塩糀」と呼ばせていただくこととして。この塩糀、元来は野菜
を漬ける漬床として発達したものです。

『おせん』の中に書かれているのもその使い方が正統だと。しかし、塩糀
のふるさとである秋田には「寒麹」という塩糀と似たものが存在します。

http://www2.enekoshop.jp/shop/andojyozo/item_list?category_id=13342

コイツは、肉や魚の味付けとして昔から使われていたようなのです。こち
らのほうが塩糀と比べて甘みが強いので、魚や肉に塗って使うと照り焼き
的な味わいが出ます。

どうも秋田では寒麹は肉や魚に使用するようなのですが、塩糀は漬床一辺
倒なようです。でも、いいんだ。うっかり塩糀だから。肉や魚に使うと、
糀に含まれているタンパク質分解酵素のおかげで肉や魚の身が柔らかくな
り、更にタンパク質を分解すると旨味成分であるアミノ酸が増えるために
とっても美味しくなるのですよ。

「美味しくするためにたっぷり使っちゃえ!」とするとしょっぱくなるの
で、素材表面に塗りつける程度で数時間寝かすのがよいです。でも、塗っ
て15分程度放置してすぐに調理してもそれなりにおいしいです。薄切りの
豚肉なんかだと、200gに対してカレースプーン一杯程度を揉み込んで5分
も放置すればOKです。私の食事日記に出てくる「常夜鍋」の豚肉ってそう
やって作っているものです。

また、漬床であるので、野菜を長期保存できるようになるのはもちろんの
こと、一人暮らしや核家族だと使いにくい塊の肉類もおいしさを損なわず
保存できます。特に豚肉はおすすめ。豚肉500gとお玉一杯くらいの塩糀
をジップロックに入れて袋の上から揉んでまぶして、空気を抜いて袋の口
を閉じます。この状態で冷蔵庫保存なら……そうだな、豚肉が1ヶ月位も
ちます。味わいはイタリアの生ベーコンであるパンチェッタに似ます。

浸けこんである豚肉は清潔な包丁とまな板を使用して、ちょっとずつ削い
で使えます。削いだところには新しい塩糀を少量まぶしてまた同じ袋に入
れて同じように保存します。牛肉でも同じような使い方が出来ますが、こ
ちらはちょっと味噌漬けっぽい味わいがでるので好き嫌いはあるかもしれ
ないです。黒胡椒少々と一緒に漬け込んでおくとわたしはおいしいなと思
います。

魚を漬け込むのは肉と違って注意が必要で、1~2日以上は保存しない方が
よいです。なぜなら、魚には塩分に耐える細菌群が繁殖することがあり、
塩糀程度の塩分濃度だと太刀打ち出来ないことがあるのです。このような
理由で、塩糀を使ってシメサバを作ったりするのはおすすめしません。塩
鮭作ったりとか、鯖に塩糀まぶして塩鯖にしたりとか、まぐろのアラの部
分にまぶしてそれを竜田揚げにしたりするのは最高においしいのでおすす
めです。

米を炊く際に4合に対してティースプーン一杯程度を入れると、米が柔ら
かく炊きあがります。うちではお米を炊き忘れた朝、精米して浸水する時
間が足りないときに、この方法を利用して柔らかいご飯を10分程度で鍋で
炊き上げることが多いです。余りたくさん塩糀を入れるとご飯が糖化して
しまって、おかゆっぽくなってしまうので注意が必要です。

正統派に漬床として使う場合は、きゅうりやナスをヘタを取って丸ごと漬
け込んでも半日もあれば漬かってしまいます。それ以上はしょっぱくなる
ことが多く、その場合は水で洗って塩抜きします。

プチトマトの漬物やカラーパプリカとかもおいしいですよ。キャベツとき
ゅうりの浅漬なんかを作るなら、キャベツ1/4個をザクザク刻み、きゅう
りを一本スライスし、生姜を親指の先程度の大きさのものを刻み、全部ま
とめてボールに入れ、そこにカレースプーン1杯半程度の塩糀をまぶして
手で揉んでしまいます。しばらくするとしなっとしてきますから、軽く水
を絞ったらもう食べられます。これに酢を少々回しかけたりするとおいし
い酢の物にもなりますよ。酢と塩糀は1:1がちょうどいい割合っぽいです。

で。表題の「塩糀は健康食品ではない」という件なのですが……。最近、
塩糀で健康に! とか、塩糀で放射能防護!とか、そういった切り口で塩
糀に興味を持たれている方が少なくないようなのですが、塩糀は健康食品
のたぐいではありません。これは、おいしい発酵食であり、便利な調味料
なのです。だから私は、生の野菜を漬けた物以外は、ちゃんと火を通して
調理します。

こうすると酵素が失活してしまうのでもったいないと言われちゃうんだけ
ど、中途半端な温度で火を通した肉や魚なんて食べたくないからね。主に
塩糀に含まれる成分はアミラーゼ(澱粉を糖に分解)・プロテアーゼ(タ
ンパク質をアミノ酸へ分解)・リパーゼ(脂肪の結合を分解し鎖を短くす
る)という酵素だそうで、こいつらが素材に働きかけて味わいを増してい
るみたいなのね。

酵素食を旨としていらっしゃる方は、高温調理を嫌いますが、酵素が失活
してもこれら酵素が増やしてくれたアミノ酸や糖類が消えるわけではあり
ません。だいたい、酵素って胃酸で失活するし、そのまま体内に取り込ま
れるものではないから酵素そのものを食べることが体に良いってことじゃ
ないはずなんだよね。

漬け込んで、素材を先に分解してもらってアミノ酸や糖類を増やすってこ
とは、先に消化をしてもらっていることと同じだから、その点は栄養素を
体に吸収されやすくするってことでうなずける話なんだけどさ。

サポートしてくださると、多分さらに私のマッスルがスマイルすることでしょう。