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ニューヨークタイムズに載れなかった私



Op-Edという名の壁

アメリカのイラストレーターたち(少なくとも私の周りでは)が憧れる、ニューヨークタイムズの”Op-Edイラストレーション”というものをご存知だろうか。まずアメリカのイラスト業界にいないと聞かない言葉であるのは確である。(いやどうだろう、ヨーロッパでも同じような言葉があるのか?)

Op-Ed (Opinion Page Editorial) は日本の新聞で言う天声人語のような、 「いまと向き合う」ことをテーマに書くコラムのことだ。そこには毎回必ずイラストが添えられる。そしてニューヨークタイムズ(以下NYT)のOp-Edコラムに自分の作品が載るということは、アメリカでは若きイラストレーター達のプロへの登竜門とも言われているのだ。(画像はGoogleより)

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「新聞に絵が載るなんて、毎日大量に記事が出てるんだから確率的に簡単そうじゃん!」と思う方もいるかもしれないが、それは大きな間違いである。

まず、NYTには敏腕のアートディレクター達(以下AD)がいる。始めに仕事を貰うには彼らの目に止まらなければいけない。そもそもコネがあるか、またはある程度作品が世に出ている人にしか声が掛からない。

そして、この仕事の最大の難関は数時間しかない納期である。

新聞は毎日記事が出る。その記事に合わせた内容を描く。焼きたてホヤホヤの生地に、すぐさま飾りをつければならない。温かいうちに生地にトッピングをつけないと冷めてしまう。職人であるイラストレーターはいかに早く、そして美しく、目に止まるような飾りを作れるかが仕事なのだ。

与えられる時間は短くて3時間〜6時間、長い時(この場合は大抵長めの記事であることが多い)は数日。仕事の流れとしてはまずADから「Hi, Op-Edを依頼できるか?納期はスケッチがX時間で完成までにX時間。予算はXXXドル。15分以内に返信をしてくれ。」と短いメールが入る。そう、返信するのもスピード勝負だ。携帯かパソコンに常時張り付いていないといけない。すぐさま「できます!」か「今回は申し訳ながらできません。また次の機会にぜひお願いします。」と返事しなければならない。メールに気がつかない場合は後の祭り。ADは膨大に持っているイラストレーターリストの中からすぐさま次の候補を見つけ、連絡する。彼らも常に時間に追われているのだ。

そして次の関門は記事をイラストにする作業。「できます」と送ったらば、今度は記事と向こうの欲しいイラストの指定が添付されて送ってくる。送られて来た記事を読み込み、記事のエッセンスとなっているものを抽出、それを再構築しイラストに落とし込まなければならない。記事の内容としては、恋愛話の様な馴染みのあるものから、リサーチを必要とする政治経済の様な複雑なトピックもありピンキリだ。数時間しかない中で記事を一早く理解し、陰影のきいたラフスケッチを1〜3枚送る。すると次は向こうから「このX番のラフが良いね!ちょっとXXXの角度だけ直してそのままファイナルに移ってくれ。」と返事が来る。その後は完成品を〆切の2時間前までに描く。高画質ファイルを送ったら「素晴らしい出来だ、有難う!請求書はXXXに送ってくれ。」と任務完了のメールが届く。次の日か数日後には自分のイラストがNYTのインスタグラムに流れて来るだろう。

一連の流れは一見簡単に聞こえるかもしれないが、この依頼が明日来るのか、はたまた数年後に来るかわからないので、常にティースプーンほどの緊張が頭の隅に残る。

ある日、友人で同じくイラストレーターをしているSallyとランチに行く約束をしていた。約束当日の朝9時頃に「XXXに12時だったよね?確認。」とテキストを送りすぐさま、「うん!会うの久しぶりだから楽しみだね。」と返事を貰った。5分後、彼女から電話がかかってきた。今話したばっかりなのにどうしたんだろうと思い電話を取ると、彼女は申し訳なさそうな声で、「リサ…まじでごめん。Op-Ed依頼が入った。」と言った。それを聞いた瞬間、「え〜〜〜!良かったね!あーでもそれじゃしょうがない。じゃあ3時とか夕方のお茶に変更する?」と私は提案してみた。すると彼女は、「いや。今依頼が来てラフの〆切が12時で、ファイナルが3時で、その後は普通に違うイラストの仕事もあるんだ。だから今回はごめん、また今度!」と謝り、一分一秒でも無駄にするものかと言わんばかりの勢いで電話が切れた。普段の私なら、久しぶりの友達との再会がなくなり、ふてくされてしまっているところだが、ここでは友達が夢に向けステップアップをしている大切な局面だったので素直に喜ぶことにした。一旦気持ちを落ち着けた後、「それよりOp-Ed頑張って!誌面で見れるの楽しみにしてるよ。次のご飯はOp-Edお祝いで!」と励ましの言葉を送り、私はその日ランチで食べるはずだった温玉が乗ったアボカドトーストを恋しく思いつつ、ぬるいお茶漬けを食べた。


NYTは年に一度、その年のOp-Edで活躍したイラストレーター達をまとめ、NYTイラストレーション年鑑というものをホームページに掲載する。

その文頭にはこう綴られている。

WE CALL ON ILLUSTRATORS late at night, in the early morning and on deadline. The subjects are complex: #MeToo , the immigration debate, climate change. We ask them to address these topics with sensitivity, wit and feeling — to add fresh perspective and avoid cliché. Also, “Can you send a sketch in a few hours?”

「私たちはイラストレーターたちに呼びかける。深夜にも、早朝にも、〆切時にも。題材は複雑だ。#Metooから移民、環境問題について。この題材でクリシェ(ありきたりな表現)を避けつつ新しい視点を加え、センスが良く温もりのある作品にして欲しいと彼らに依頼する。そして、『そのスケッチを数時間後に送ってくれないか?』と」

We call on them because, at a time when the news cycle can feel relentless and overwhelming, these images make a different kind of impact: conveying emotion, creating space for thought, adding depth to subjects that may feel at once both too complex and overly familiar.

「私たちが彼らに呼びかけるのは、ニュースサイクルが容赦のない圧倒的なものに感じる時代において、この作品たちは異なる影響を与えることができるからである。感情を伝え、思考の余地を作り、複雑すぎると同時に身近にも感じる話題に深みを加えることができるのだ。」


極限まで限られた時間とプレッシャーの中、ありふれた日常的なものから、心がすり減る様な題材のものまで、それらを人々の奥深くまで届けることができる絵を描くという事は、認められた職人にしかこなせない匠の技だ。



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下界の住人


NYTのOp-Edを任されるイラストレーターは、従来のイラストレーターの様に、一目で内容とテーマがわかるものを描くことができ、「この人の作品だ」と人々が分かるような作風を持っているだけではない。移ろいの速い社会に敏感に反応できるよう、常にSNSを通し多様な情報に触れ、様々なテーマの作品を発信し続けている天上人の様な職人達である。そしてごくたまに、下界で足掻いている数多の若手にも希望の手が差し伸べられることがある。ただ、その手を掴むには、のんびりあぐらをかいているだけではなく、己の手や脚を使い、AD達の注意を引くための営業が必須だ。このnoteを書いている間にもAD達は天上へ登ろうと必死な若手から営業メールやハガキ、自主制作グッズなどを貰っていることだろう。


かくいう私も天上を夢見て、NYTに営業しに行った若手の一人である。大学を卒業して数ヶ月後、アメリカの三大イラストコンペの一つである「アメリカンイラストレーション」で賞を受賞し、ニューヨークで開催されたパーティにイラストレーターの友人二人と招待された。人混みに揉まれながらもその場でなんとかNYTのAD達と交流を持とうと試みたが、彼らは救いの手を求める周りに引っ張りだこで、あまり話すことができなかった。少しでも印象に残ろうと、木通色と金色の着物を着て行き、歩くたび褒められたがそもそもみんな酔っ払っていたので記憶にないだろう。私が取り出せた唯一の情報は、ADの一人が昔日本で英語の先生をしていてその時に吉祥寺に住んでいたことぐらいだ。(そもそも今考えれば、お酒も入っている場で初対面のどこの馬の骨かもわからない人からいきなり仕事の話をされたら嫌だろうから、そのくらいの世間話で済んで良かったと思う。)


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(パーティの会場)

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(受賞者の作品。少し雑な展示だが憧れの木内先生の隣で嬉しかった)

ちなみに後から知った話だが、このパーティに同じくロサンゼルスから参加していた別のイラストレーターの友人が会場で営業をしていたところその場でOp-Edの仕事を貰い、〆切が次の朝だったためパーティを放り飛ばしてホテルに直行し、徹夜でイラストを描いて納品したということがあった。タフネスだ。

数日後、アポイントメントを取っていたNYT本社に友人二人と向かった。隣ビルのデリで高いクロワッサンを頼み、足をぶらぶらさせながら緊張しつつ時計を見ていた。そして直接ADとアポのやり取りをしていた友人が「よし!時間だ、行こう。あ、ちょっと待って。」と席を立ち上がった。「ADさんがちょっといま作業が終わらないからアポの時間を一時間遅らせてくれってメールが来た。」イラストレーターの方が大変だと思ってたけどディレクションを出す方も大変だなぁ、と実感した。その後私たちは近くの無印良品で時間を潰し、お互いの営業内容(イラスト入りの名刺、アップデートされているウェブサイト、自主制作の画集、手土産用の薄く小さめのzine)を確認しながらエレベーターに乗った。迎えてくれたADはNathanという男性だ。アポを取ってくれたといっても忙しい身な上こっちは三人分の作品を見せなければならないので、ミーティングルームに行き手短に営業を行った。まず一人ずつウェブサイトを見せ、大学で作った画集を手渡しパラパラ見せ、自分の強み(私は当時食べ物イラストメインだった)をアピールし、アドバイスをいくつか貰い、最後に自分の作品をまとめた薄いzineを渡した。一人の作品を見るのに10分程度かけてくれ、合計40分ぐらいだっただろうか。その他にもJimとAlexandraというADがたまに話に加わってくれた。常時にこやかで時間はあっという間に過ぎた。私は今回お世話になった3人のことを既に知っていたので幻の伝説ポケモン3匹同時に遭遇したような気分であった。そして一番喜びを覚えたのはこの仲良しAD3人組のデスクの近くの壁一面がイラストの切り抜きやプリントで大量に埋め尽くされたのを見た時。いつか、私の絵もこの壁に貼り出されるよう頑張るぞ!と意気込んだ瞬間である。


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本社を出てすぐさまお礼のメールを送り、そして友人二人と「NYTに営業しちゃった!ADにも作品渡しちゃった!」「多い数の中の1つだろうけど、ここまで来れたね私たち!」「現実じゃないみたい!」「プロへの一歩だね!」と屋台のホットドッグを食べながら騒いだ。その後は他の編集部や出版社などにも持ち込みのアポイントメントを取っていたので、3人でニューヨークにいた一週間の間、営業を続けた。そしてロサンゼルスに帰省。数週間後には二人の中の一人がNYTからOp-Ed依頼を貰い、数ヶ月後にはもう一人も依頼を受けた。友人二人に依頼がきたし、順番的に私にも来るよね。私の番はいつだろうと密かに心待ちにしていたが、1年経ってもNYTから依頼が来る事はなかった。営業力が足りなかったかな?でもしつこいのは嫌だよね、また営業メールするかな?いやでもADさんは数ヶ月に一回の営業メールで良いって言ってたし…とさんざん悩んだ。まだまだ新人のイラストレーターの私は1ヶ月に2件ほど仕事が入れば良い方で、普段は寿司屋チェーンのマネージャーの仕事をしていて忙しくイラストの営業に積極的ではなかった。のくせして毎日メールの受信箱を数時間毎にチェックしながら、(イラストの仕事来ないなぁ)とため息をつきながら日々を過ごしていたのである。


ある時、メールチェックをしなかった一日があった。夜11時、就寝前。一応新規メールを確認しとくか、と思い受信箱を開いて背筋が凍った。なんとそこにはNYTからOp-Ed依頼が来ていたのだ。本社訪問から2年経っている。恐る恐る内容を見ていると「受信時間:午前9時」「件名:今日中にOp-Ed描ける?本題:ラフの〆切が午後3時、ファイナルが6時。記事はXXXについて。15分以内にこの仕事を受けれるか教えてくれるかい?」


〆切はとうに過ぎていて、私は頭を鈍器で殴られた気分だった。


これは現実か?

嘘だといって。メールチェックしてなかった日に限って。いやでもそうだこういうのはそういう時に起こるんだだからタイミングっていうんだでもこんなのないよ神様。日々の生活に飲まれてイラストの方おざなりになってた罰か。いやしかも記事の内容見たら食品関係のことじゃん!食べ物イラストでアピールした私のこと思い出してくれてるじゃん!2年前に1度しか訪問してない若手イラストレーターのことを!多分zine見返してくれたんだよね。え〜〜こんなのってないよ嘘でしょ時間戻して嘘でしょ〜〜(以下ループ)


そう、私は若い脳みそを持っていたにも関わらず機械に疎く、携帯の通知が嫌いでテキストと電話以外の通知を切っていた。すぐさまこの話を同業の友人に話したところ、「だからこういうことが起こるかもしれないから、通知は切るなって言っただろう。」と一喝された。メソメソ落ち込む私に彼はGメールの通知表示の設定を変えてくれた。「とりあえず、今日はもう遅いから(ニューヨークはロサンゼルスより3時間進んでいる)明日謝罪のメール書けよ。」と言われたが、実は返信の内容を考えに考え過ぎて、(いやでも向こうも終わった仕事についての謝罪のメール来ても迷惑だよな)とグダグダしているうちに数日経ってしまい、なんと不義理なことに結果返信しなかったのである。(社会人のマナーがなさ過ぎて数年前の自分を殺したい)次の日には私が描くはずだった記事のイラストをを学校の先輩が描いていたのをインスタグラムで見つけて、更に寝込んだ。その後は1ヶ月ほど落ち込んでいた。しかしいつまで経ってもうじうじしているのも時間の無駄なので、気を持ち直してなんとかペンを手に取った。


プロ意識が足りなかった自分が憧れのNYTに載れるチャンスを逃したという無念は凄まじく、その後営業活動も再開し、志を高め、縁もあり今では胸を張ってフリーランスイラストレーターをしていると言えるようになった。(しかし寿司屋のバイトは継続中。イラストだけで食べてけない月もある。)そしてここ数ヶ月、頑張りの実が叶いNYTではないが、ロサンゼルスタイムズのイラスト依頼で忙しい日々を送っている。それについては次の投稿で仕事内容に関してギャラ・実際のメール本文も交えつつも詳しく書こう。まだそれほどの数をこなしてないので「Op-Edとは!新聞の記事イラストとは!」というあたかも自分が一番詳しいような振る舞いの内容を自分が書くのはおこがましいが、記録の意味も込めて綴ろうと思う。このnoteを読んでいる天上人の先輩方がいらしたら、暖かい目で見守っていてください。




感想。

まとめるのにものすごい時間(深夜の4時まで)がかかった。noteを書くのは実に久しぶりで、脳みそが固まっていたのがわかった。短くてもいいから数を書くことが文章力アップに大事だと実感。最後にこの記事を書こうと思ったきっかけになったア・メリカさん有難うございます(来日中に会えた時に面白いと言ってくれ、ツイートもしてくれたので)。そして英日翻訳の部分を手助けてくれたErikも有難う。本文を添削してくれた主人にも感謝。


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