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A Winged Victory For The Sullen『Atomos』ライナーノーツ




アーティスト:A Winged Victory for the Sullen
タイトル:Atomos
レーベル:Erased Tapes Records
品番:AMIP-0052
発売日:2014年10月5日(木)

作品詳細:http://www.inpartmaint.com/site/10052/


2011年にリリースされたア・ウイングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サルンのデビュー・アルバム『A Winged Victory For The Sullen』はとても象徴的な作品だった。ダスティン・オハロランとアダム・ウィルツィーという2名の世界的な作曲家が組んで作り上げたこの作品は、現在ではそれなりに認知されている「ポスト・クラシカル」という名の音楽そのものだったから。なお、ポスト・クラシカルについてはp*dis作成による「オール・アバウト・ポスト・クラシカル」というサイト(http://post-classical.tumblr.com/)を参照いただきたい。


ア・ウイングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サルン(以下、AWVFTSと記す)は、ソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』(2006年)のスコアで脚光を浴びたアメリカ人ピアニストであり作曲家のダスティン・オハロラン(1971年生まれ)と、スターズ・オブ・ザ・リッドの片割れとして20年以上のキャリアを誇るアダム・ブライアンバウム・ウィルツィー(1969年生まれ)によるプロジェクト。オハロランはソロ・ピアノ作品『Piano Solos vol.1 And 2』がp*disから2011年に国内盤としてリリースされ、ポスト・クラシカルのアーティストでも屈指のセールスを記録している。一方でウィルツィーはサウンド・エンジニアやプレイヤーとしてザ・フレーミング・リップスやマーキュリー・レヴ、アイアン&ワイン、スパークルホースなどといった著名なバンドの作品やライヴに参加する実力派であり、ブライアン・マクブライドとのプロジェクト、スターズ・オブ・ザ・リッドは1993年にデビュー以降、ポスト・クラシカルというタームが生まれるずっと以前から、同様の音楽を奏でてきたアンビエント/ドローンの代表格であり、ある意味ではポスト・クラシカルの開拓者とも言える存在だった。

AWVFTSの象徴性は両者の音楽的バックグラウンドゆえだけでなく、そのはじまりによってもまたもたらされる。ふたりの出会いは2007年5月24日にさかのぼる。当時、ウィルツィーはマーク・リンカス率いるスパークルホースのツアーにギタリストとして参加していた(リンカスの死によってスパークルホースにとって最後のヨーロッパ・ツアーとなった)。イタリアのボローニャでライヴが行われたその夜、彼は友人であるフランチェスコ・ドナデッロ(現在はベルリン在住のサウンド・エンジニアで、当時はポスト・ロック・バンド、ジャルディーニ・ディ・ミロのドラマーだった)を招待し、そしてドナデッロが連れて来たのが当時イタリアに住んでいたオハロランだった。バックステージでふたりは出会い、AWVFTSのアイデアが生まれたのだ。

ボローニャの夜から数年が経った2010年、いよいよAWVFTSの最初のアルバムの製作がはじまってから数ヶ月後にスパークルホースのマーク・リンカスが自殺を遂げる。後に完成したアルバムを覆う強いメランコリーは40歳前後を迎えたお互いの人生経験を色濃く反映したものだが、当然のことながら、リンカスの死の影がアルバムの方向性に影響を与えたことは言うまでもない。「レクイエムでない音楽はない」・・・長田弘の詩(『イン・メモリアム』)の一節をぼくはよく思い出すが、AWVFTSの音楽はこの言葉こそがふさわしい。「マーク・リンカスの存在なしにはAWVFTSは生まれなかった」と認めるように、AWVFTSというプロジェクト自体がレクイエムだということ。

アルバムのレコーディングはベルリンのグリューネヴァルト教会ではじまった。この作品にも参加している、ピーター・ブロデリックの『Docile』、ニルス・フラームの『Bells』といった名作がレコーディングされた場所でもあり、オハロランも演奏したことのある教会(そのライヴは『Vorleben』として2011年にリリースされた)である。ふたりが重視したのは作曲にふさわしい正しい場所でレコーディングすることと、その場所にあるピアノの響きだった。通常のグランド・ピアノよりも1オクターヴ分低い鍵盤を持つベーゼンドルファーの「インペリアル」は、重々しいレクイエムのためには理想的なピアノだったと言う。グリューネヴァルト教会で一晩で録られたピアノに加え、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラのストリングス・カルテット(ヴァイオリンでピーター・ブロデリック、チェロでムームのヒルドゥル・グドナドッティルが参加)やフレンチ・ホルン、ハープ、そしてファゴットがベルリンやブリュッセルのスタジオでレコーディングされた。レコーディングは最終的にイタリアのウーディネでのセッションで終了した。彼らが最後に必要としたのはハンドメイドのファツィオリのピアノの音だった。

ウィルツィーとオハロランを引き合わせたフランチェスコ・ドナデッロによるミックス(彼はウーディネのレコーディングも担当)とベルリンのカリックス・スタジオでのマスタリングを経てついに完成したアルバム『A Winged Victory For The Sullen』。ウィルツィーがスターズ・オブ・ザ・リッドで長らく突きつけてきたギター・ドローンとオハロランのピアノとクラシック楽器のアンサンブルが溶け合わさった奥深い美しさをたたえたこの作品は、UKの気鋭レーベルErased Tapesとアメリカの老舗レーベルKrankyの共同リリースというかたちでリリースされた。マーク・リンカスに捧げられた「Requiem For The Static King」(Static Kingは彼のニックネームだったらしい)の深い慈しみ。そして12分を越える圧倒的な「A Symphony Pathetique」はウィルツィー自身が「20年も興味深いアンビエント・ドローン・ミュージックを作ろうともがいてきたが、ついに自分がしていることがわかった気がする」と自画自賛したほど。


印象的なアートワークに関して補足しておくと、担当したのはウィルツィーの元の妻で、ザ・デッド・テキサンというプロジェクトのパートナーでもあったヴィジュアル・アーティスト/作曲家のクリスティーナ・ヴァンズ。彼女はスパークルホースのヴィジュアルも担当し、AWVFTSが出会った夜もステージに立っていた。オハロランのアルバム『Lumiere』のアートワークとミュージックヴィデオも手がけるとともに、ソロ・アーティストとしてKrankyから2枚のアンビエント作品もリリースしている。

アルバム『A Winged Victory For The Sullen』のセールス面とプレス面、両方での成功とともに、2011年の終わりと2012年に行われたアメリカ・ツアーおよびヨーロッパ・ツアーもまた大きな成功をおさめたという。オハロランは2011年にソロ・アルバム『Lumiere』もリリースしており、作曲家としての映画のスコアの仕事やソロでのツアーも含めて非常に多忙な一年となった。2012年9月にオハロランが来日ツアーを行った際、「この後、ヨハン・ヨハンソン、ハウシュカ、AWVFTSでのヨーロッパ・ツアーを控えていて、その後、映画音楽の仕事が落ち着いたら、次のソロ・アルバムに取りかかるよ」と話していたのをよく覚えているが、まさかオハロランの新作よりも先にAWVFTSの新作が届くとは思いもよらなかった。


2013年、AWVFTSは、英国ロイヤルバレエの専任振付師ウェイン・マクレガーから彼の主宰するカンパニー、ランダム・ダンスの新作ダンス『Atomos』のスコアの依頼を受けた。マクレガーはレディオヘッドやアトムス・フォー・ピースのミュージック・ヴィデオにおけるトム・ヨークのダンスの振付や、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』で、役者の動きを指導するムーヴメント・ディレクターを務めたことで知られる世界的な振付師だ。過去にはマックス・リヒター、オーラヴル・アルナルズ、ベン・フロスト、ジョン・ホプキンスなどがマクレガーの作品の音楽を担当している。

マクレガーはAWVFTSのファンで、ダンスの稽古中に『A Winged Victory For The Sullen』を繰り返し流していたそうだ。委託作品とは言え、クリエイティヴ面においてはアーティスト側に自由が与えられた。前作と同じブリュッセルとベルリンのスタジオに加え、レイキャヴィックのグリーンハウス・スタジオ(ヴァルゲイル・シグルズソン所有のスタジオ)にて、フランチェスコ・ドナデッロとともに一夏を使ってレコーディングが行われたが、そのレコーディングの過程において、正式に2ndアルバム『Atomos』としてリリースされることが決定した。前作ははじまりから完成まで2年を要したことを考えると今回いかにうまく物事が進んだのか想像できるだろう。
マクレガーが伝えるアイデアやヴィジュアル・イメージに深いインスピレーションを得た彼らは、ピアノとヴァイオリン、チェロ、ヴィオラのストリングスのアンサンブルとギター・ドローンという前作における方法論に加え、エレクトロニクスやモジュラー・シンセサイザーなどを導入した。特にモジュラー・シンセ奏者でもあるドナデッロはこれまではAWVFTSの縁の下の力持ちと言える存在だったが、今回の貢献は計り知れない。またグリーンハウス・スタジオではベン・フロストがレコーディングを担当した。そのときに作られたフロストによるリミックス作品はアルバム『Atomos』の先行EP『Atomos VII』に収録されたが、今回、国内流通盤のボーナストラックとしてダウンロード可能だ。

マクレガーが常に関心を寄せてきた「人間」というものについて、分割できない、目に見えない、「原子(Atom)」レヴェルで表現しようとした『Atomos』は、10人のダンサーのパフォーマンスに加え、先鋭的なライティングとヴィジュアル(観客は3Dメガネ着用を推奨される)、ファッションとテクノロジーを融合させるStudio XOによる衣装、そしてAWVFTSの音楽による統合的経験とも言える作品であり、イギリスのメディアには「共感覚的」と評されている。ランダム・ダンスの『Atomos』を未見のまま、あれこれ述べることは避けるが、本作において、エレクトロニック・ミュージックの要素を大胆に取り入れたAWVFTSの実験はマクレガーの野心やセンスに触発されてのことだと容易に想像できるが、その結果として、アンビエント〜ドローン〜ポスト・クラシカルという狭い枠を大きく飛び出した飛躍作が生まれたことに喜びを感じたい。ウィルツィーは前作時のインタヴューでこう話している。「このプロジェクトはふたりが生きている限り続くだろう。ぼくらには伝えるべき物語がたくさんあるからね」と。彼らの冒険の行方を見届けたいと思う。

2014年9月18日 大崎晋作(p*dis)


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