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Tamas Wells Japan Tour 2024 ツアー後記〜Ten Years in April〜

タマス・ウェルズ10年ぶりの来日ツアー。これまでアルバムのリリースごとに来日を果たしてきましたが、2017年リリースの『The Plantation』で初めてアルバム・ツアーを行わなかったことで、タマス・ウェルズの来日ツアーが行われることはもうないのかもしれない、そのように思われた方もいらっしゃったようです。

昨今、様々なコスト増と過度な円安によって、この規模のアーティストの来日ツアーのハードルは格段に上がっていています。それでも今回ツアーを実現できた理由は単純です。ぼくが会社を辞めたから。2023年12月にリリースされた最新作『To Drink up the Sea』。アルバム完成の報告があったのは昨年8月のことで、その時点でぼくは10月退職が確定していました。正直に申し上げると、ニュー・アルバム完成の喜びよりも先に「タイミングわる…」という気持ちが先にありました。しばらくはレーベルの活動はやるつもりはなかったからです。でも、タマス・ウェルズの音楽に関する使命感は消えてはいなかった。それなら一番近くで最後まで見届けよう、そんな思いでリリースの準備をはじめました。リリースを行うからにはツアーも。デジタル配信のマーケティングやPRとかアドバイスして欲しいな。なんならマネジメントも。という感じで自然発生的に彼との関係性が変化していきました。

タマスに関しては予算的に中国ツアーとセットにしないと来日ツアーは難しい。しかもメンバーにはそれぞれ本職があって長期間の休暇を取れないとツアー自体を組めないというのが2018年に来日ツアーができなかったひとつの理由ですが、今回は運よく日程を調整できました。
4月というのはタマス・ウェルズにとって象徴的な月です。『Two Years in April』というミャンマーで作ったとてもパーソナルな完全ソロ・アルバムは、4月にはじまり、4月におわります。だから10年ぶりに行われる来日ツアーにふさわしいと勝手に感じていました。またアルバム『To Drink up the Sea』収録曲で個人的にもっとも気に入っている「August I Think Nothing Much at All」の歌詞の一節「4月は革命的」というフレーズを常に頭に置いて準備してきたツアーです。10年ぶりにタマスの歌声が日本に響いた4月。ぼくにとっては革命でした。みなさんにとってはいかがだったでしょうか。

スケジュールと予算的に東京2デイズしか行えなかったため、それぞれ内容の異なるセットにしたいと思い、”2ndアルバム『A Plea en Vendredi』再現ライヴ”という企画をタマスに提案しました。「やったことない曲もあるし…」と最初はそれほど乗り気ではなかったですが、「全曲はやらなくてもいいし、ソロでもいいからお願い」という感じで話し合った結果、結局全曲演奏してくれました。まあ、ぼくがただのファンとして個人的に観たかっただけなんですけどね。

今回のツアー・メンバーにはキム・ビールズ、クリス・ヘルム、ピーター・キャロレーンをサポートに迎えた4人編成。

Tamas Wells - vocal, acoustic guitar, piano
Kim Beales - electric guitar, electric bass, piano, tambourine
Chris Helm - drums, electric bass, piano, ukulele, tambourine, melodica
Peter Carolane - piano, keyboard, viola

キム以外の2人は初の来日。クリス・ヘルムはメルボルンのインディー・ポップ・バンドSkipping Girl Vinegar(スキッピング・ガール・ヴィネガー)のドラマー。ちなみに前回の来日メンバーだったクリス・リンチの妻アマンティはクリス・ヘルムのバンドメイトでもあります。ピーター・キャロレーンはプレーヤーとしてメルボルンのアーティストの作品に参加する他、キム・ビールズが昨年リリースしたアルバム『Nine Portraits』や、メルボルンのバンドThe Tealeavesの『The Wolf and the Girl Child』といった作品にミックス・エンジニアとして関わっています。

Day 1 代官山 晴れたら空に豆まいて

晴れ豆は昨年秋にThe Vernon Spring、そしてEast Forest & Peter Broderickの来日でお世話になったばかり。質のいいピアノがあって、親密な空気感を形成できそうだったので選びました。フリーランスになったばかりの身としてはスタッフ不足により今回はライヴハウス以外の選択肢はありませんでしたが、いい選択だったかと思います。

ゲストして声をかけたのは寺尾紗穂。以前このノートに彼女を選んだ理由を書きましたが、タマスとの相性は最高でした。しかも今回、寺尾さんの曲でタマスがギターを弾き、タマスの曲で寺尾さんがコーラスで参加(しかも3曲も)というライヴならではの素敵なサプライズもあり、この夜をより特別なものにしてくれました。

最初の2曲はタマスとキムのデュオでスタート。とりわけ「When We Do Fail Abigail」は2012年の来日をすぐさま思い出させます。「England Had a Queen」は歌い出しでいきなりタマスが吹き出してしまいます。すぐに再開しましたがなんとも雲行きの怪しいはじまり。それでも同時にぼくは2010年のsonoriumでのライヴのあの吹き出しを思い出していました。あのライヴは過去最高のものだったので、いい兆候でもありました。とはいえ、ライヴ自体コロナ以降初めてだったので、その後も細かな演奏ミスや歌詞の間違いが随所に見られ、何度も「10年ぶりだから」と言い訳していましたが、タマスだからこそ成り立つ天使の笑顔によるリカバリーは決して悪い印象を与えません。

初めてライヴで観た「Please Emily」。キムは今回ベースも演奏します。6度目の来日で初めてのフル・バンド・セットです。繊細な疾走感が最高。「Thirty People Away」を挟んで、ニュー・アルバム『To Drink up the Sea』収録の4曲を立て続けに演奏。それについては後述します。


そして中盤からいよいよ『A Plea en Vendredi』セットに突入します。寺尾紗穂をバッキング・ヴォーカルに迎えた「From Prying Plans into the Fire」。「Valder Fields」があまりにも名曲すぎるので、他の曲は影が薄くなりがちですが、このアルバムを名作とたらしめているのははじまりであるこの曲こそ。サウンドチェックで一度一緒に演奏しただけなのにもう何度も一緒に演奏しているかのような寺尾さんとのハーモニーも本当に美しかった。

「Valder Fileds」はイントロなしの原曲のヴァージョン。冒頭で息が合わず、2度やり直すという。よりによってこの曲で…苦笑。クリスはメロディカを演奏し、この名曲のエヴァーグリーンさに牧歌性を加えていました。

「Lichen and Bees」はいつもライヴでは心を軽くしてくれる1曲ですが、ベースが入ると随分印象が違います(クリスが演奏)。キムはコーラスが随分と上手くなっていた印象。ピーターのピアノも安定感があります。

「Yes, Virginia, There Is A Ruling Class」と「Valour」はライヴで演奏するのは初。特に「Valour」はこんなにいい曲なのになんでライヴでやらないんだろうといつも思っていたので聴けてうれしい。タマスの中では珍しい5分超えの曲ですが、ピアノ、アコギ、ドラム、ベースの濃密なバンドアレンジでしっかりと聴かせてくれました。多分もうやらないと思いますが…。

「I’m Sorry That the Kitchen Is On Fire」では再び寺尾紗穂をコーラスに迎え、豊潤で贅沢な時間が過ぎていく。『A Plea en Vendredi』の最後を飾る「Open the Blinds」では、「この曲はいつも家族のことを思い出す。いままさにそこにいるんだ」というMCとともに演奏。そう、今回彼の妻のブロンの他に、娘2人(15歳と10歳)が初めてメルボルンから来日してきていました。なんと彼女たちは父のライヴを観るのは今回が初めてだったそうです。彼女たちの目に父の姿はどう映ったのでしょうか?個人的には、日本で、このライヴで、初めて観てもらえたことを嬉しく感じています。

本編ラストは「Fire Balloons」。タマスがピアノ弾き語り、ピーターはヴィオラを演奏。終盤の怒涛の展開はタマス流のサッドコアとでも言える激情の演奏でかなり新鮮でした。両日を通じてこの曲がハイライトだったと言えるでしょう。

アンコールは「A Riddle」。三度、寺尾さんが参加。口笛が吹けないという彼女はコーラスを務めてくれました。最後には全員で口笛を吹くコミカルなアレンジ。ぬくもりと笑顔に満ちたラストはまさに文字通り一夜限りの特別な夜のおわりにふさわしかったです。


photo by Ryo Mitamura

Day 2 渋谷 7th FLOOR

2日目にして早くもファイナル。この日のセットリストが今回の日本、中国ツアー、そして5月にメルボルンで行われるライヴのために考え抜かれた内容です。全アルバムからバランスよく選ばれた、ベスト・オブ・タマス・ウェルズ。

前日、復帰戦を経験したことで、ホッとしたのか余裕もできましたし、サウンドチェックも入念に行えたので、開演前からいい雰囲気を感じていました。「I Threw A Shoe at Their Alsatian」「A Reason Not to Stay」と、前作『The Plantation』収録の2曲でスタート。「A Reason Not to Stay」はオリジナルではチェロが担っていたメランコリアをピーターのヴィオラが華麗に表現していました。おそらく前日のパフォーマンスに対する反省もありとても集中していたせいか、4曲目の「Please Emily」が終わって、そこで思い出したかのようにMCで自己紹介を行なっていました。結果的にこの日はほとんどノーミスで、個人的にはタマスが幾度も行なった日本でのライヴの中でも過去最高級の内容だっと断言できます。

『The Plantation』収録曲もそうですが、バンド・サウンドを追求したアルバム『To Drink up the Sea』から演奏された「It Shakes the Living Daylights from You」「Arguments That Go Around」「August I Think Nothing Much at All」「It’s Not the Same」はどの曲もライヴ映えして本当に素晴らしかったです。アルバムのシングルでもある「It Shakes the Living Daylights from You」では元々のサイケデリック・フォークにピーターがジャジーなアレンジを加えていたのがとてもクールでした。「August I Think Nothing Much at All」は個人的にアルバムの中でも一番の名曲だと思っていますが、永遠に聴いていたいと思わせる美しいメロディーに心が震えました。亡くなった父の思い出について語った後に演奏された「It’s Not the Same」は曲の内容や展開的にももっともエモーショナルな1曲。

photo by Ryo Mitamura

今回、メンバーそれぞれマルチ・インストゥルメンタリストぶりを発揮し、曲ごとに楽器を入れ替えて演奏を行なっていました。メンバー全員が一度は鍵盤を弾くのもあまり観たことのない光景だったと思いますが、とりわけクリスの器用さが際立っていた(彼の笑顔の貢献度も高かった)。曲間の楽器の入れ替えのタイミングを気にせずにしばしばタマスが曲を演奏しはじめてしまい、観ていてハラハラしてしまいましたが、メンバーは特に動じる様子もなかったですし、あれが彼らなりのタイミングだったのでしょうか。この4人で組むのは初めてのことですが、それぞれが長年の友人同士。絆は随所に感じさせてくれました。

photo by Ryo Mitamura

この日はカバー曲も演奏。1曲はタマスのレパートリーの定番でもあるマイク・オールドフィールド「Moonlight Shadow」。そしてもう1曲のカバーがサプライズでした。「ある曲が他の誰かの曲に似ていると言われることがあり、ある時はそれがうれしいと思うこともあれば、曲によってはそうじゃないこともこともあって…その曲が何かとは言わないけど」という前振りから演奏した「Bandages on the Lawn」。曲の途中から突然別の歌詞を歌い出したと思ったら、ブライアン・アダムスの「Heaven」にミューテーション!タマスはファルセットじゃない普通の歌い方で熱唱するし、キムはノリノリでギターリフをアレンジする悪ノリっぷり。「この曲はもう2度と演奏しないと思うよ」とタマス。

photo by Ryo Mitamura

本編最後「A Riddle」。アンコール1曲目「Fire Balloons」を経て、最後は「Grace and Seraphim」でフィナーレ。この曲はいちばん最後に演奏されることが多い、「自身を投影した少女の葬式」についての葬送曲です。これまでの来日ではタマスのソロによるアコギ弾き語りで幾度となく演奏されてきましたが、今回初めてバンドで演奏されました。キムはコーラス、クリスはウクレレとコーラス、ピーターはヴィオラをピチカートで。決して悲しみにまみれすぎない、明るいフィーリングで別れを告げるような演奏もまたとても美しかった。

最初の来日から17年。前回から数えて10年。タマスも49歳(ことし50)。いくつ年をとっても決して失わなかったもの、そして年をかさねたからこそ得たものをはっきりと感じることができた気がします。アーティストの全盛期を決めるのはアーティスト自身なんだと思います。体力的にはツアーが厳しい年齢になっていくけど、これからも新しい音楽が生み出されていくことを確信しています。年をとることは美しいこと。彼の音楽と一緒にこれからも年をとっていきます。

約束はできませんが、またどこかで会えたらうれしいです。

Setlist 2024.4.20 晴れたら空に豆まいて
<Tamas Wells performing “A Plea en Vendredi”>
1. Fine, Don't Follow a Tiny Boat for a Day
2. When We Do Fail Abigail 
3. England Had a Queen
4. Please Emily
5. Thirty People Away
6. It Shakes the Living Daylights from You
7. Arguments That Go Around
8. August I Think Nothing Much at All
9. It’s Not the Same
10. From Prying Plans into the Fire  (with Saho Terao)
11. Valder Fields
12. Vendredi
13. Lichen and Bees
14. Yes, Virginia, There Is A Ruling Class
15. Opportunity Fair
16. Valour 
17. The Telemarketer Resignation
18, I’m Sorry That the Kitchen Is On Fire (with Saho Terao)
19, Melon Street Book Club
20. Open the Blinds
21. The Northern Lights
22. I Threw A Shoe at Their Alsatian
23. Fire Balloons
______
encore
1. A Riddle  (with Saho Terao)

Setlist 2024.4.21 7th FLOOR
1. I Threw A Shoe at Their Alsatian
2. A Reason Not to Stay
3. England Had a Queen
4. Please Emily
5. Thirty People Away
6. The Crime at Edmond Lake
7. It Shakes the Living Daylights  from You
8. Arguments That Go Around
9. August I Think Nothing Much at All
10. It’s Not the Same
11. Fine, Don't Follow a Tiny Boat for a Day
12. When We Do Fail Abigail
13. Benedict Island (Part One)
14. The Northern Lights
15. Valder Fields
16. Vendredi
17. An Extraordinary Adventure (of Vladimir Mayakovsky in a Summer Cottage)
18. Moonlight Shadow (Mike Oldfield cover)
19. Lichen and Bees
20. I’m Sorry That the Kitchen Is On Fire
21. Bandages on the Lawn 〜 Heaven (Bryan Adams cover)
22. A Riddle
___
encore
1.  Fire Balloons
2.  Grace and Seraphim


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