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Efterklang 『Windflowers』ライナーノーツ


アーティスト:Efterklang
タイトル:Windflowers
レーベル:p*dis
品番:PDIP-6595
発売日:2021年10月8日
作品詳細:http://www.inpartmaint.com/site/32295/

過去最大のヒット作となった4thアルバム『Piramida』を経て、2014年2月28日にエフタークラングは彼らの故郷であるデンマークのアルス島セナボーで大規模なライヴを行った。「THE LAST CONCERT」というタイトルとステートメントから解散や活動休止が示唆されたものの、これまでのバンドが歩んできたキャリアをオーディエンスと共に祝福し、その歴史にひとつの区切りをつけるという趣旨だった。地元の交響楽団や少女合唱団に加え、脱退した2人のオリジナル・メンバーなども参加したそのライヴは「テイク・アウェイ・ショーズ」シリーズのディレクターとして知られるフランス人映像監督ヴィンセント・ムーンの手によって映像作品として作られ、YouTubeで公開されているので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

「エフタークラングの最後のコンサートになります。このコンサートの後には何が起こるかはわかりません。今は内省の時であり、前に進む時です。私たちは、エフタークラングであることの意味と、私たちがどのように活動し、創造し、演奏するかを根本的に変えたいと思っています」というステートメントが表していたのは、アルバム・リリースとそれに伴う長いツアーという伝統的なタームからの脱却だった。

以降、自由を獲得した彼らは新しい方向へ進んでいく。2015年にコペンハーゲン・オペラ・フェスティヴァルからの委託により、デンマーク人作曲家カールステン・フンダルとコラボレーションを行い、オペラ作品『Leaves - The Colour of Falling』を作曲。16度のコンサートを行い、レコーディング音源として2016年にリリースされた。

また、ツアーのドラマーだったフィンランドのパーカッショニスト、タトゥ・ロンコ(Tatu Rönkkö)とリーマを結成し、エフタークラングとは対照的なエレクトロ・ポップ・サウンドで、『ii』(2016)、『1982』(2017) という2枚のアルバムをリリースした。

そして2019年、リュート奏者ピーター・トゥーンス率いるベルギーのバロック・アンサンブルB.O.X(Baroque Orchestration X)とのコラボレーションがエフタークラングとしての帰還のきっかけとなる。コルネット、ハープシコード、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テオルボなどのバロック楽器のプレイヤーが集い、さまざまなジャンルをブレンドした新たな音楽を志すハイブリッド・バンドと、長年ポップかつ実験的な手法で独自のチェンバー・ポップ・サウンドを作ってきたエフタークラングの共鳴によって生まれたのが、5thアルバム『Altid Sammen』だった。

デンマーク語で「Always Together(いつも一緒)」という意味のタイトルのこの作品は、初めて母語であるデンマーク語で歌われることで、エフタークラングの歴史と伝統からの脱却を図っていた。

2000年、マッズ・ブラウアー、キャスパー・クラウセン、ラスマス・ストールバーグという幼少期からの友人3人によって、エフタークラングは結成された。3人が18歳の年だった。2003年には自主レーベルRumraketよりEP『Springer』でデビュー。2004年には当時良質なエレクトロニカ・レーベルとして知られていたUKのLeafと契約し、1stアルバム『Tripper』をリリース。エレクトロニカとチェンバー・ミュージックが高次元で融合したそのサウンドは国際的に高い評価を得た。2010年には世界的名門レーベル4ADと契約し、3rdアルバム『Magic Chairs』以降、前述の『Altid Sammen』までをリリースしてきた。

2020年、エフタークラング結成20周年の年。前年9月にリリースされた『Altid Sammen』のツアーが1月にはじまったものの、新型コロナウイルスのパンデミックにより、3月からの北米ツアーは延期に(10月に延期されたツアーは最終的にキャンセルとなった)。ファンと共に結成20周年を祝福する機会を奪われた3人は、新たな音楽を生み出すことに目を向ける。未来は限りなく不透明だったため、あらかじめ制作やリリースのスケジュールが細かく決められてはいなかった。期限がないことで、彼らは自由に創作することができた。

エフタークラングのようにツアーを行ないファンとの精神的な交流を行うタイプのバンドにとって、パンデミック時代は悪夢のような状況であることが容易に想像できる。この制作はいわば現実からの逃避のようなもので、結果的に、70以上もの新曲のアイデアが生まれ、過去のあらゆるアルバム制作時に作ったデモの数よりもたくさんのものが作られ、すべての曲を聴くのに2日間かかったという。

レコーディング期間中、彼らはコペンハーゲンの南に位置するムン島のレジデンシャル・スタジオ「Real Farm」に5回通った。都会を離れ、自然を感じながら、自らも自然の一部であることを再認識しながらの作業。

コロナ禍でのレコーディングだったため、ゲスト・ミュージシャンを招くことは諦め、基本に立ち返り、20年のキャリアの経験を存分に活かすとともに、3人で共に音楽を作ることの遊び心と喜びを再認識することができた。

メローぺやブック・オブ・エアのメンバーでもあるリトアニア人アーティスト、インドレ・ユルゲレヴィシュート(Indrė Jurgelevičiūtė)と同バンドのベルギー人ギタリスト、バート・クールズ、デンマークのジャズ・ピアニスト、クリスティアン・バルヴィグ、ノルウェーのトロンハイム・ジャズ・オーケストラなどにも参加するジャズ・ドラマー、シーヴ・エユン・シェンスタッド(Siv Øyunn Kjenstad)らエフタークラングの現ライヴ・メンバーを中心に、結果的には最小限のミュージシャンが参加。

こうして完成した6thアルバム『Windflowers』。毎年春にデンマークの森に咲き乱れ、白い海を作る「ウィンドフラワー(アネモネ)」。希望と変化の象徴であるその花を彼らはアルバム・タイトルに選んだ。

古巣4ADを離れ、ドイツのベルリンの老舗レーベルCity Slangからのリリースとなった本作は、現在はコペンハーゲンとリスボンで離れ離れになった幼馴染の3人がパンデミック時代の苦境と変化を受け入れ、お互いを再発見し、それぞれの絆を再確認することで新たな未来を描き直したそんな作品だと言える。

大阪のバンドgoatの「std」のクールなドラム・ビートをサンプリングしたぬくもりと包容力をたたえる「Alien Arms」でアルバムは幕を開ける。ルーネ・トンズガード・セーレンセンによるヴァイオリンとクリスティアン・バルヴィグが演奏するチェロのストリングスとエレクトロニクスが交わり合うエフタークラングらしい「Beautiful Eclipse」。先行シングルの「Dragonfly」ではキャスパーが魅了されてきた、愛という一箇所に留まることのできない巨大なもののメタファーであるトンボをモチーフに、愛のはかない性質を歌っている。過去に共演したソプラノ歌手カレン・ベルドリングを迎え、キャスパーと、カレン・ベルドリング、インドレ・ユルゲレヴィシュートの3人の歌声が華麗に絡み合うエレクトロニック・ポップとなっている。同じく先行シングルとなった「Living Other Lives」では、ララージの「Deep Listening Session」のスピリチュアルな演奏がサンプリングされ、エフタークラングにとっては新境地的なダンス・トラックに仕上がっている。再び英語で歌われたこのアルバムにおいて、唯一のデンマーク語詞曲「Åbent Sår」では、スウェーデンのエレクトロニック・アーティスト、ザ・フィールドとコラボレーションを行い、感動的なフィナーレを飾っている。

結成から20年以上、その出会いから数えると30年もの月日を共にしてきた3人の変わらぬ絆は、本作を作ったことでさらに強固となった。何よりもファンとの結び付きを大切にしている彼らにとって、パンデミックがもたらした時代の変化はとても歯痒いものだったと想像できる。欧米では少しずつ街に音楽が戻り始めているが、2012年に東京で行われた唯一のライヴ以来、2度目となる来日公演が行われる日が訪れるのはいつになるだろうか。エフタークラングは円熟期を迎えてもなお、挑戦と実験を行い続けている。本当の意味での「THE LAST CONCERT」はきっと行われることはないだろう。エフタークラングは進み続ける。

2021年9月15日 大崎晋作(p*dis)


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