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ニュースメディアによるショート動画SNSの基本戦略

(最終更新日:2023年9月21日)
今日、人々は様々な方法で情報を取得しています。その中でも最も新しくかつ世界全体で急速に浸透してきているチャネルは、TikTokやInstagram Reelsに代表されるショート動画SNSでしょう。特に、TikTokは全世界で17億人を超えるユーザーを抱えています。9ヵ月で1億人を突破し、現在も急速に成長を続けています。

しかも、ショート動画SNSにおいてニュースはHow to videoに次いで二番目によく消費されるコンテンツと言われています(Press Gazette)。
しかし、ニュースメディアのTikTok運用率はあまり高くないのが現状です。ロイターが2022年に実施した調査によると、世界のトップパブリッシャーのうち49%がTikTokでコンテンツを配信しており、日本では31%に留まっています。なお、世界で最もTikTok運用率が高いのはインドネシアで、その数字はなんと90%にも至ります。ちなみに、米国は77%です。

Press Gazette

この記事では、ニュースの取得方法に関するマクロトレンドを整理しショート動画SNSの重要性を再確認した上で、ニュースメディアによるショート動画SNSの基本戦略について解説します。

メディアイノベーションの変遷

現在はショート動画SNSの成長が著しいですが、そこに至るまでに情報メディアは様々なイノベーションを経て進化してきました。
最初の大きなイノベーションは、16世紀頃の活版印刷技術です。それまで一部の特権階級に属する人のみが取得できていた文字情報へのアクセスを一気に民主化し、情報取得が日常の一部になりました。次のイノベーションは、20世紀前半に発明されたラジオやテレビなどの電波メディアです。文字中心だった情報が聴覚と視覚にも広がり、大量の情報を直感的に消費できるようになりました。その後、20世紀後半頃にインターネットが登場します。これによって、場所的・時間的制約が限りなくゼロになり情報取得の自由度が一気に高まりました。そして、現在我々がその激変ぶりを目の当たりにしている、検索やSNSなどのプラットフォームです。これらのメディアは、インターネットの普及と共に増えすぎたコンテンツを個人のニーズに合わせ整理し提示してくれます。

Liquid Studio

ChatGPTやSearch Generative Engineなど生成AIを基盤としたサービスが定着すると、「AIがユーザー毎に情報を再構築し提示する」という新しい情報取得の方法が生まれるでしょう。

ニュース消費方法のマクロトレンド

ニュースの消費方法を「テレビ」「ウェブサイト・アプリ」「新聞」「ソーシャルメディア」「ラジオ」に分類したとき、その割合はどうなっているのでしょうか。

NTTドコモ モバイル社会研究所が2022年に実施した調査によると、2022年における利用率No1はテレビで、72.9%の人が日常的にテレビでニュースを取得しています。No2はウェブサイト・アプリで55.6%、No3は新聞で41.4%、次にSNSで39.5%、最後にラジオが18.7%となっています。ただし、これを年齢別に区切ってみるとその様相はかなり変わってきます。10代・20代ではNo1がSNS、No2がテレビなのに対して、50代以降はNo1がテレビ、SNSはNo4にまで落ちます。

NTTドコモ モバイル社会研究所

なお、「ウェブサイト・アプリも減少傾向」にあるという点は強調する必要があるでしょう。日本におけるニュースサービスの圧倒的No1はYahoo Newsですが、同サービスのユーザー層が高齢化してきていることが一因として考えられます。右側のチャートはYahoo Japanの年代別利用者割合ですが、Yahoo Newsの年齢層も同様の傾向を示していると考えて差し支えないでしょう(Web集客ラボ)。

また、上記調査に含まれていない重要なチャネルとして、ポッドキャストがあります。ニュースの情報取得方法としてのシェアはまだ小さいですが、ソーシャルメディア以外に成長している唯一のチャネルです。下記はアメリカでの調査データですが、日本でも同様のトレンドが存在します(YouGov)。

YouGov-Global-Media-Outlook-Report-2022

日本ではポッドキャストユーザーは月間で約1700万人いると言われています。また、聴衆者の年齢層も10-30代が約6割を占めており若者の支持を得ていることがわかります(Media Innovation)。ラジオと異なりオンデマンドで利用できるため、外出先で聴いたり「ながら聴き」できることが利便性になっていると思われます。また、SpotifyやApple Podcastなど既に利用しているプラットフォームの一機能として提供されていること、資本力があるIT企業がコンテンツ制作に大きな投資をしており良質な番組が多いこと、AIアルゴリズムにより個人の嗜好に基づいた番組を自動推薦してくれることなども人気の理由として考えられます。なお、ポッドキャストで聴いている番組のジャンルではニュースが一位である点も特筆に値します(Media Innovation)。

Otonal
Otonal

ショート動画SNSのビジネス的位置づけ

FacebookやTwitterなどテキスト主体のSNSでは、できるだけインプレッションを増やし投稿経由で自社サイトへ誘導することが基本的な目標でした。しかし、TikTok, Instagram Reels, Youtube Shortなど主要なショート動画SNSは動画から外部サイトへのリンクを掲載することができません。

ショート動画SNSから収益を生み出す方法としてまず考えられるのは、Youtubeの広告システムのような収益分配プログラムの活用です。実際各社ともクリエイターへ収益分配機能を提供しているものの、分配率の低さから現状ではそれを使った本格的なマネタイズは難しいと言えます。例えば、Instagramのショート動画機能であるReelsのCPM(広告が1000回表示される毎に発生する費用)は700円程度と言われています。クリエイターはそのうち55%を受け取るため、1000回表示される毎に350-400円程度の報酬が支払われることになりますが、「無いよりはまし」程度の数字と考えられます(Digiday)。Youtube Shortも収益化プログラムを提供していますが、1000再生につき0.04ドルから0.06ドルと言われておりReels以上に収益源として心細い規模感になっています(Twipe Digital Publishing)。TikTokには、全動画の上位4%が対象となるTikTok Pulseと、コンデナストやVox Media、Buzzfeedなど一部の大手企業のみが参加できるTikTok Pulse Premiereという二つの広告収益分配プログラムが存在します。TikTok Pulseは還元率が50%とかなり高いですが、日本ではまだプログラム自体を利用することができません。

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以上より、ブランデッドコンテンツ以外でショート動画SNSを直接マネタイズするのは困難ということがわかります。そのため、現状ショート動画SNSは「若年層のリード獲得」を目標に運用することが基本となります。

海外では、その戦略で一定の成果を出している事例も複数存在します。例えば、The EconomistはInstagram Reelsを積極的に運用しており、約620万人のフォロワーがいます。YoutubeやTikTokなども含めた動画プラットフォーム全体で1億3000万回以上再生数を稼いでいますが、Instagram Reelsだけで9000万回を記録しています。現在では、InstagramはFacebookを上回るトラフィックと有料購読者数を本サイトへもたらしており、同社にとって重要なリード獲得チャネルになっています(World Association of News Publishers)。

World Association of News Publishers

コンテンツフォーマット

ショート動画SNSのパフォーマンスに大きな影響を与える要因の一つが、コンテンツフォーマットです。ショート動画SNSには、「横長動画(アスペクト比が16:9)の動画」「画像と音声」「ライブ配信」など様々なフォーマットが存在しますが、最もパフォーマンスが高いのはアスペクト比が9:16のスマホ画面に最適化された縦長動画です。
実際米国でTikTokのフォロワーが多いニュースメディアは、ほぼ全てがショート動画SNSのためにネイティブコンテンツを制作しています(Reuters Institute)。

Reuters institute

例えば、The Washington Postはエンタメ性が強いTikTokの特性を活かし、ニュースとユーモアを掛け合わせたネイティブコンテンツを制作しています。ハロウィンに合わせて「トリックオアトリートの文脈でシュリンクインフレーション(小売価格が変わらないまま内容量が減ること)を解説する動画」や感謝祭に合わせて「鳥インフルエンザに関する動画」を投稿しています。(Reuters Institute)。

The Washington Post

一方、インドネシアやタイ、日本などTikTokの採用率が低い地域では別メディアで制作した動画をそのままショート動画SNSに転用しているケースが多いです。この形式は、制作コストを抑えた上でコンテンツ量を確保することができるメリットがある一方で、ユーザーからのエンゲージメントが低下する傾向があります。例えば、テレビ朝日の公式TikTokはフォロワーが420万人いて、動画あたりのView数はおおよそ数千程度となっています。一方、The Washington Postの公式TikTokはフォロワーが160万人しかいないものの、動画あたりのView数はおおよそ数万程度となっています。

TikTok For Businessによると、横型動画を縦長動画にトリミングするだけで6秒視聴率が391%増加し、エンゲージメント率は923%増加するそうです(Markezin)。また、縦型にトリミングした動画にテキストを追加することで6秒視聴率が269%増加し、エンゲージメント率が408%増加するそうです。

TikTok For Business
TikTok For Business

これらは広告動画に関するデータなのでそのままニュースコンテンツに当てはめる事はできませんが、ショート動画SNSに最適化されたフォーマットにすることでエンゲージメントを高めることができる可能性を示しています。

ショート動画SNS専用のネイティブコンテンツを制作するのは、ケイパビリティ的にもリソース的にも非常にハードルが高いです。そのため、既存コンテンツをショート動画SNSと相性が良い縦長動画にフォーマット変換することが良いスタート地点になるかもしれません。

Liquid Studioについて

Liquid Studioは、メディアエンタメ業界に特化した併走型コンサルティングスタジオです。生成AIなどの先端テクノロジーに強みを持ち、ビジネスと技術の両面からハンズオンでご支援致します。これまで、大手新聞社やデジタルニュースメディア、エンタメ系スタートアップ、雑誌社など多数の企業様に対し、社内セミナーや技術導入、戦略提案、オペレーション構築など多角的な支援を提供してきました。
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