200611 〈TED〉ジョナサン・ハイト リベラル派と保守派のモラルの根源を語る


以下、Transcript/日本語訳に基づくメモ及び引用(カギ括弧分)、太字は引用者によるもの

 「研究の第一人者ロバート・マクレイ曰く “開放的な人がリベラル派 進歩 左派を好むのに対し” オープンで変化する社会ですね “閉鎖的な人は保守派 伝統 右派を好む” 」
「ふむ これはいささか厄介です… TEDのゴールが “より深く世界を理解” することなら モラルの多様性に欠けるとまずいのです 同じ価値観やモラルの人が集まると チームが生まれます チーム心理が芽生えると― 柔軟な思考を妨げます」
■5つのモラリティの根源(人間が誕生時に備えているモラル)
1.危害/親切
2.公正さ/互恵関係
3.グループ性/忠誠(巨大な集団を結成し、一丸となる。同族意識は心地よいもの、人は部族を結成したがる)
4.権威/尊敬(人間にとっての権威は、力や残忍性でなく、自発的な敬意に基づく)
5.純粋さ/高潔さ(女性の純潔だけでなく、自分の体になす行為の制御ー摂取するものの制御は美徳だとするー価値体系や思想のこと。例:左派は食のモラルにこだわる)
  ↓
世界各国での調査の結果、危害と公正さについては、皆意見が一致していることがわかる →モラル論争の主なテーマは、グループ性、権威、純粋さ
絵画や実例、実験結果を用いて、実際にモラルがどのように働き、論争が生まれるのかを明らかにする
  ↓
多様な事例から見えてくるのは、保守とリベラルの両派が変化と安定の均衡を保っているという事実。それは、陰陽、ヒンドゥー教(ビシュヌ神とシヴァ神)など、アジアの宗教思想から学ぶことができる
「モラル心理学の叡智が この2行に凝縮されています 禅師の僧璨の言葉です “真実を掴みたければ 賛成も反対もするな 賛否の論争は 精神を蝕む” まさにその通りです 多くの指導者を蝕みました しかし ジョージ・ブッシュに優越感を覚える前に 自分に問いかけてみましょう 善悪の戦いから 踏み出せますか? 賛成も反対もしないと誓えますか?」
「自分が正しい」と思うのは人間のさが。誰もが皆、そう思っている。「あなたは間違っていて私が正しい」ということはできない。では、私たちはどうすればいいのか?
「私達の抱える問題の多くは 人を変えなければ解決しません 人を変えるのであれば まずは 己を知り 己のモラル心理を知ることです 自分が正しいと思う 人間のさがを理解し たとえ一瞬だけでも 僧璨を思い出し モラルマトリックスの外へ出てください 渦中の人物が皆 自分が正しいと主張するのが見えます あなたが賛成するかは別として 皆それなりの理由をもっています 踏み出しましょう それがモラルに対し謙虚になる最善の方法です それが独り善がりに 陥らない鍵です 」

〈感想〉

私はどうしても「真実」が知りたい。それはなぜか。政治に限らず、世の中のありとあらゆる場所に蔓延する二項対立的思考、「議論」という名の罵詈雑言の浴びせ合い、曖昧さを排除し続ける二元論に、心の底からうんざりしているから。どうしてそんなにも争わなければならないのか、その争いの末に、一体人は何を得ることができるのか。私にはよくわからない。だから、どんな状況下でも変わらず守るべきもの=「真実」がどこにあるかを問うことの中に、救いを求めてきた。

しかし、話者のいうところの「モラルマトリックスの外に出る」というのは、「自分だけ安全な場所に身を置き、A対Bの争いについて高みの見物を決め込む」態度を意味しているとは思わない。私はこの世界に生きる限り、ありとあらゆる争いに否応なしに組み込まれているのであり、その対立が破局的な方向に向かって激化してゆけば、為す術もなく大切なものが奪われてゆく事態に直面することもあるだろう。それは歴史が証明している。

あらゆる場面で争いが完全に解消されることは、恐らくない。それでも、その一つ一つの争いに対して、自分がどのように向き合うかは決められる。争いは醜く愚かで、問題の解決を阻む面倒な代物である。そこで匙を投げて対立項の一方に身を置くのは簡単なことだし、そうして「仲間」ができれば、確かに心地よいだろう。あるいは、こうしたバカバカしい争いから身を引き、それとは別の場所で楽しみに耽るのは、気持ちの良いことだろう。

だけど、それをすれば「真実」からは遠のくことになる。だから私は、たとえそれが苦しく険しい道であるとしても、モラルに対して謙虚になるための努力を続けたいと思う。私は常に、誰の味方でも支持者でもアンチでもなく、賛成派でも反対派でもない。ただ「真実」だけを求めて、それが一生たどり着くことのできない場所であるとしても、そこだけを目指して歩み続けたい。

そのために己を知ることが重要であろうことは、よくわかる。というのも、人は自分で自覚しているよりもずっと、自分のことをわかっていないものだと思うから。何かを「正しい」と信じるとき、実はその理由を理解していなかったり、説明できなかったり、ふとしたきっかけで正反対のことを信じるようになったりするのは、よくあることだ。「これが正しい、間違いない」という確信を抱く時、自分自身をそう思うに至らしめたものは何かを問うこと。それが「真実」への第一歩となるだろう。

このトークは2008年とある。話者は現在をどう見ているだろうか。


※同じ話者のトーク(上から順に2012年2月、2012年12月、2016年)


追記(200629)
翻訳済みの著書二冊について

1.ジョナサン・ハイト(2011)『しあわせ仮説』( 藤澤隆史・藤澤玲子訳)新曜社

どのように生きるべきか。幸福はどこからくるのか。逆境に、どう立ち向かったらよいのか。世界の文明が生みだした偉大な思想がこの難問に取り組んできた。その教えは、正しいか。現代心理学の成果に照らし合わせて吟味。
Amazon/内容(「BOOK」データベースより)

レビューにもある通り、タイトルと装丁が誤解を与えかねない雰囲気を醸してる。近くの本屋さんで検索したら奇跡的に在庫ありで感動したのも束の間、〈スピリチュアル〉の棚に配置されてたし結局在庫なかったし…残念。著者の視点、ものすごく刺さるなあと思ってたら、どうやら哲学で学士をとった後、社会心理学(道徳心理学・ポジティブ心理学)の道に進んだ方らしい。納得した。

2.ジョナサン・ハイト (2014)『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』(高橋洋訳)紀伊國屋書店

リベラルはなぜ勝てないのか?政治は「理性」ではなく「感情」だ―気鋭の社会心理学者が、哲学、社会学、人類学、進化理論などの知見を駆使して現代アメリカ政治の分断状況に迫り、新たな道徳の心理学を提唱する。左派と右派の対立が激化する構図を明解に解説した全米ベストセラー。
Amazon/内容(「BOOK」データベースより)

TEDで扱っている内容はこちらの著書との関連が強いのかな。レビューでは、この本で指摘されている道徳的基準は6つ(ケア、自由、公正、忠誠、権威、神聖)と書いている方もいるし、トーク内容とは若干違いもあるのかもしれない。