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210706 〈映画〉日常の延長線上にある小さなファンタジー

先日、久しぶりに映画を観た。このところ集中して映画を観る気になれなくて、ずっと映画を遠ざけていた。振り返ってみると、心の余裕を失っていた気がする。もう少し上手に気分転換できるようになれたらいいなと思う。

〈基本情報〉

15年後のラブソング
劇場公開日 2020年6月12日

解説
「アバウト・ア・ボーイ」「ハイ・フィデリティ」などで知られるイギリスの人気作家ニック・ホーンビィの同名小説を実写映画化したラブストーリー。イギリスの港町サンドクリフ。博物館で働く30代後半の女性アニーは、長年一緒に暮らす腐れ縁の恋人ダンカンと平穏な毎日を送っていた。そんなある日、彼女のもとに1通のメールが届く。送り主はダンカンが心酔するミュージシャンで、90年代に表舞台から姿を消した伝説のロックスター、タッカー・クロウだった。伝説のミュージシャンを「恋人までの距離」のイーサン・ホーク、ヒロインのアニーを「ピーターラビット」シリーズのローズ・バーン、アニーの恋人ダンカンを「ソウルガールズ」のクリス・オダウドがそれぞれ演じる。

2018年製作/97分/G/アメリカ・イギリス合作
原題:Juliet, Naked
配給:アルバトロス・フィルム
オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト(一部抜粋)
監督
ジェシー・ペレッツ
原作
ニック・ホーンビィ
脚本
エフジェニア・ペレッツ、ジム・テイラー、タマラ・ジェンキンス
映画.comより)

〈感想〉

いつものことながら、邦題を見ると悲しくなる。きっと素人には分からない色々な事情があって、こうなってしまうのは致し方ないことなのだと思うようにしている。

昨年末にイーサン・ホークのTEDを見て以来、いつか近年の出演作を観てみたいと思っていて、やっとそれが実現した。イーサン・ホークは、90年代に表舞台から姿を消した伝説のロックスター(タッカー・クロウ)という役どころ。本人が脚本や製作を担当したのかと思ってしまうくらい、見事にハマっていた気がする。彼を含めて、ヒロイン(アニー)を演じたローズ・バーン、彼女の恋人役(ダンカン)であるクリス・オダウドの主要人物三人の配役と演技が、この映画の良さを引き立てていると感じた。

それから、ここ数年で自分の映画の趣味が変化していることに気づいた。数年前だと、この映画をつまらないと感じたかもしれない。以前は「映画の良し悪しは脚本で決まる」という観念が強く、緻密な構成や観る者の予想を裏切るストーリー展開、唸らされるような結末なくして映画に面白みを感じることはないと思い込んでいた。だけど、今一番好きなのは、「もし自分の身にもこんなことが起こったら…」という想像を刺激しつつも、現実にはきっと起こり得ないであろうことを、絶妙なバランス感覚で描いている映画だ。そういう〈日常の延長線上にある小さなファンタジー〉に心惹かれるようになった。出来すぎたフィクションでも、空想を寄せ付けない過酷なリアリズムでもなく、ありそうであり得ない世界観が、ともすると代わり映えのしない自分の明日を彩る方法を教えてくれる。そう感じるようになった。

この映画の展開にも劇的な仕掛けはなく、全編を通じて比較的平和に進んでいく。悪く言えば、凡庸にも見える。アニーとタッカーのメールのやり取りは特別ウィットに富んだものとは思えず、ややコミカルな日常描写も細やかなものばかりだ。作り手を軽んじるつもりは全くないけれど、いい意味で「この映画も、私と同じ人間が作っているのだな」と感じられる。全くの別世界に住む映画人が技術の粋を集めて成し遂げた偉業ではなく、製作に伴う様々な制約がある中で、試行錯誤しながら可能な範囲でいいものを作り出そうと努力している製作者たちの姿を想像できる。「映画として秀逸な、最高傑作を作ってやろう」というような力みを感じさせないところが好きだ。すべて計算ずくで生まれたラフさだとしたら、それはそれですごいとも思う。

あまり立派とは言えない大人たちがそれぞれダメなところを抱えつつ、それでも前に進もうともがき、偶然に導かれながら変化・成長していく姿を見て励まされた。タッカーに心酔するダンカンを演じたクリス・オダウドさんは、イーサン・ホークに全く引けを取らない存在感を放っていた。痛々しいほどのタッカー(の作品)への熱狂ぶりが、むしろ清々しかった。この映画に個性を与えるために、欠かせない存在だったのではないだろうか。

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これまで映画の感想を言葉にするのは難しいと感じてきたけれど、今回は何となく形にできたのでよかった。好みの映画の傾向がはっきりすると、観るジャンルが偏ってしまう。それが自分にとっていいことなのか悪いことなのか、今はまだよく分からない。感受性の幅を狭めたくないと思う一方で、社会派ドラマや描写が過激なアクション・サスペンスなどは、最近観るのが辛くなってきた。これは心の衰えなんだろうか…