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220701 〈映画〉普通の共感

〈基本情報〉

わたしは最悪。(2021年製作の映画)
Verdens verste menneske/The Worst Person in the World
上映日: 2022年7月1日/製作国:ノルウェー、フランス、スウェーデン、デンマーク/上映時間:121分

あらすじ

ユリヤは30歳という節目を迎えたが、人生はどうにも方向性が定まらない。いくつもの才能を無駄にしてきた。年上の恋人アクセルはグラフィックノベル作家として成功し、しきりに身を固めたがっている。ある夜、彼女は招待されていないパーティに紛れ込み、若くて魅力的なアイヴィンに出会う。ほどなくしてアクセルと別れて新しい恋愛に身を投じ、人生の新たな展望を見出そうとするが――。

監督
ヨアヒム・トリアー
脚本
ヨアヒム・トリアー
出演者
レナーテ・ラインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム
Filmarksより)
オフィシャルサイト

〈感想〉

普段、具体的な共感を求めて映画を見ることは少ない。主人公と自分を重ね合わせ、境遇の類似性(いわゆる「あるある」ネタ)を見つけて安心する。そういう映画の見方はできるだけ避けてきたような気がする。なんというか、そんな風に映画を「利用する」ことに抵抗を感じていたからだ。周り(フィクション)をキョロキョロ見渡して「ほら、自分と似たような人ってやっぱりいるんだよ!私と同じように共感してる人もきっとたくさんいるはず。だから大丈夫」だと、束の間の安堵を得ることで現実に直面する不安や問題を適当にやり過ごす。そんな態度に対して、少しも寛容になれなかった。「みんなと同じだから」は現状を肯定する理由にはならないし、本質を見失っているだけじゃないかと、批判的に冷めた目を向けてきた。

客観的に見れば「あれこれ御託を並べてないで、普通に共感して観ればいいじゃない」って話だと思う。結局私は「みんなと同じ」であることを怖がっていただけなんだろう。「他人とは違うオリジナルな何か」が自分にも備わっているはずだと信じたがる青臭い根性が、映画の主人公に共感する心性を否定し、退けてきた。

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そんなめんどくさい人間が、初めて素直に共感を覚えながら映画を観ることができた。まず、いくつかの幸運に恵まれて映画館に足を運べたことに感謝したい。珍しく月初に休みが取れて、1日はお得に映画が観れる上、本作は今日が公開日。そうでもなければ、いつものように共感を恐れて観に行こうとすらしなかったかもしれない。鑑賞できてよかったと、心からそう思う。

表面的な描写で自分とは異なる点なんていくらでもあるだろう。だけど、彼女のふとした表情や振る舞い、いくつかのファンタジックな演出を通して垣間見える心のあり様や物事の受け止め方、そうしたところで自分と重ねて考えずにはいられなかった。

現代のリアルを描こうとする作品はたくさんある。その描写が過剰になることも希薄になることもなく、まだ評価すら定まっていない時代の曖昧な空気を、本作はよく汲み取っていると感じる。ヒロインはどうしようもないダメ人間だとは思えず、とはいえ、心根が美しくてとびきりハッピーな結末が待っているようにも見えない。映画の色調は悲壮感に満ちているわけではなく、かといってお花畑のような非現実的な甘さを許すものでもない。このどちらにも転びうる「リアル」を鮮明に描写しようとすると、どこかに違和感が生じたり、映画としてのインパクトに欠けたりしてしまう気がするけれど、本作はそうした難しさを乗り越えて「リアル」に迫っていると感じた。

本作を「ダーク・ロマンティック・コメディ」と表現する紹介をいくつか見かけて、良い言い回しだなと思った。私にはもうハリウッド2000年代のラブコメ映画を観て気が晴れるようなメンタルは残っていない。90年代になると、尚更きつい。今まさに30歳の独身女性として現代を生きる私にとって、心軽やかに明日を生きるための力を与えてくれるのは、ひねりのない元気でハッピーな物語ではなく、本作のような「ダーク・ロマンティック・コメディ」なんだろうと思った。

色々とままならないこともたくさんあるけれど、疲れすぎて死にたくならない程度に、自分に嫌気がさしてうんざりしてしまわない程度に、明日もがんばりたい。

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監督は主演女優さんについて、「レナーテは明るさと深みのバランスが独特なんだ。コメディでもドラマでも演じられる素晴らしい才能を持っている」と評したそうだ。いつかまた、彼女の作品に出会えたらいいなと思う。