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SM小説「路上の恋文」①遺失

麻美という女性

名前は麻美、27歳。女子大院卒のいわゆるリケジョ。正確はまじめで几帳面。学業成績は非常に良かったため、第一希望の某化学薬品メーカに入社することができた。そして、希望通り開発部で働き始めて三年が経過していた。

ようやく自分でも少し仕事ができるようになってきて仕事の楽しさを感じ始めた頃だ。特に実験データをまとめる部分についてある程度の裁量を与えられるようになっていた。毎日残業が当たり前の職場であったが、麻美にとっては苦痛ではなく、むしろ心地好い達成感があった。

一方、私生活に目を向けてみると、学生時代との友人とは縁遠くなってしまい、同僚ともたまに飲みに出かける程度であり、付き合いは苦手だった。これといって熱中している趣味もなく、週末は家で仕事に関連する技術書の読書や資格の勉強をしたりして一人で過ごすことが多かった。麻美はそのような状況に寂しさと満たされない気持ちを持っていた。しかし、そんな気持ちも自分の殻の内に閉じ込めておくしかなかった。


きっかけ

11月最終週の金曜日、夜20時だった。麻美はいつも通り残業を終えて会社を出た。最寄りの駅ビルでからあげとビールを買って一人暮らしをしているマンションへ向かった。

コートを纏っているものの、夜道はとても寒く麻美は早歩きで家路を急いだ。家まであと50メートルという所で麻美の歩く足元に封筒が落ちていた。とても発色のいい真っ赤で綺麗な封筒だった。明らかに捨ててあるものではなかった。封筒の表には何も書かれていなかったが、裏に住所だけが書かれていた。その場で周りを見渡したが誰もいない。どうしたものか躊躇したが、その封筒を拾ってそのまま家まで小走りして急いで中に入った。

明日にでもこの封筒は交番に届けよう。麻美は家に着くと玄関にその封筒を置きっぱなしにして、すぐにシャワーを浴びるのだった。冷え切った身体と一日中仕事をして疲れた心を勢いのあるお湯で癒すのが麻美の日課となっている。20分後、バスルームから出てきた麻美は部屋着に着替えてテレビを観ながら買ってきたビールを飲みだした。・・・本当にテレビというのはつまらない。そんな思いでテレビをぼんやりと眺めながら、からあげを食べ終えビール2缶を飲み干した。気持ちの高揚を感じた麻美は、退屈さを紛らわすために玄関に置いた封筒をリビングまで持ってきた。明るい部屋でよく見るとその封筒は真っ赤ではあるが一様ではなく、少しずつグラデーションのかかった凝ったデザインになっていた。破れや傷は全くなく、簡単にセロファンテープで閉じられているだけであった。

封筒の中身

アルコールによる後押しと自らの好奇心によって、麻美はそのセロファンテープを丁寧に剥がして中身を見てみることに決めた。中には一通の手書きの手紙が入っていた。

信愛なる 真美様

貴女と知り合って二年の月日が流れましたね。貴女は私についてあまり意識していないので驚かせてしまうかも知れません。ですが、私は初めて貴女を見た時に心を奪われてしまいました。その時から、見るもの全てがカラフルで、貴女と過ごす時間全てが新鮮なのです。

貴女の全てが好きです。

貴女にもそのような気持ちになってもらえたら嬉しいのです。是非、これからの将来も見越した上でお付き合いをお願いします。私の生涯をかけて貴女を愛し続けたいと思っています。

すぐでなくてもよいです。貴女からのお返事をお待ちしています。

淳司 090-XXXX-XXXX

一通の手紙

内容は恋文だった。中高生の恋文ではなく、大人の恋文のようだった。麻美は歯の浮いたような表現を馬鹿らしいと感じ、その手紙を放り出して再度テレビに目をやるのだった。結局、テレビはつまらないままだったので30分もしないうちに寝る準備に入った。

麻美はその手紙を持ってベッドルームに移動し、ベッドに横たわりながら再度その手紙を読んでみるのだった。酔いの醒めが進むと共に、麻美の中で距離を置いていた恋愛感情が戻ってきたような気がした。2回、3回とその手紙を読み返した。麻美は過去を思い出して、少し感傷的になった。あの人もこれくらいの気持ちを持って私を愛してくれていたんだろうか・・・また愛してくれる人は現れるのだろうか・・・こんな一途な想いを受け止めてみたい・・・この誰かも分からない男の恋の行方が気になり始めた。

敦司さんはきっとこの手紙を探しているに違いない、早く返してあげないと・・・枕元のスマホを使って、Googleマップで封筒に書かれていた少し見慣れた住所を検索すると二駅隣ということが分かった。ちょうど明日は何も予定が入ってない。交番に届けるよりも早く、そして内容を誰にも知られることなく、手紙をそっと返してあげたいと思いながら麻美は眠りに着くのだった。

<続く>

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