祝 婚 歌


                ・
   なべて始まりは、美しい。
   静かな凪に滑り出る帆の朝
   渚の波は玉を転がす。
   吐く息の白い高原の朝
   歩み出す背に朝日が熱い。
   岬を曲がったとたんの烈風、
   さまよう森朽葉、土の匂い、
   暑い夕べの無風の苛立ち、
         水場のない長い登りのガレ場。

   はらんだ帆に追いつけない艇の傾ぎ、
   密蜂のさわぐお花畑を下る軽いリュック、
   小さな漁港の昼下がりの寄港、
   滴る石清水のそばの一休み。
   いずれは夕べの最初の兆し、
   水平線の雲の金色の金色の総飾り、 
   最初の底冷え、一筋のそよかぜ、
   荷にわずかな持ち重り、
         ふくらはぎのかすかな硬さ。
   そういう未来のおぼろげな種子の   
   すべてのすべてをはらみ、含みつつも、
   始まり行くものは力強い、 
   出発する機関車が高々と吹き上げる
   蒸気のエクーゾストのように。
              ・
   春風が 春の丘にあたたかく吹く日
   春雨が 春の石だたみにやわらかく降る日
   ほのかにけぶるもやが 海を遠くに見せる日
   長かった冬がついに身をゆずる朝。
   ポプラ並木の幹が日ましにつやを見せる
   さかんな樹液がはぐくむ芽にも
   さえずりつつとびかう小鳥の羽根にも
   気の早いクロッカスの花にも
   まだ足早やに飛び去る白雲にも
   春分の太陽が気前よく光を注ぐ
   新しい春の誕生の
   すべてが息づく初々しい日。
   その日の光の祝福を受けて
   若いめおとよ しあわせに大胆に
   大胆にやさしく たがいにいたわりつつ
   やわらかな春の野をあゆめよかし。
              ・
   春は忍び足で始まる。
   今日も冷たい風を嘆きながら
   人はふと 光の明るさに気づく
   遠くでとを開ける音がする
   かすかに沈丁花のかおりがただよう
   樹の幹がいつの間にか艶を帯びている


   カロリナポプラの飴いろの葉が
         ほどけようとしている。
   雨のしずくが あたたかく 歩道を濡らす
   いくどか 雨と風の日が続き
   そのあと 春はにわかに急ぎ足となって
   またたく間に 梅が桃に変わり
   れんぎょうや雪やなぎの初花が
          ほのみえるころ
   桜のつぼみは 白く まろやかに
   南の風に乗って 遠くからやってくる。
   春はたしかにここにある。
   今日 春分の日
   太陽が牡羊座にある時に
   天と地と季節と人とに呪われて
   めぐりあうふたりに幸おおからんことを。
               ・
   晴れた秋の空は ひつじ雲の 
         遊牧の旅路である
   目に見えない 天の羊飼いが 追ってくる
   おびただしい羊のむれ一むれまた一むれ
   悠久の時をゆうゆうと過ぎ行く
   しかし 時にはしるしがある 
         ついに今日が来て
   この秋のこの日 美しい人はとつぐ。
   やわらかに陽は照り また照る。
   雲は行き時は来たって美しい人はとつぐ。
   やわらかに陽は照り また照る。 
   雲は行き時は来たって美しい人はとつぐ。

   秋の空には コスモスの花が似合う
   こけしのように並んで仲良く祝福を受ける
   秋風に揺れ揺れつつしっかりとなおく立つ
   かなしいほどに澄んだ秋の光の中を
   鳶がおおきく輪を描く広い空の胸の中を。
   そのように美しくなおく仲よくひろやかに
   羊の雲の流れるように悠久の時を
   ともにゆうゆうと歩め 新しいめおとよ。
              ・
   美しい今朝
   しわ一つない
   テーブルクロスに
   しぼりたてのミルクと
   かまどの熱を残すパンとを
   持ってくる 目に見えない天使の手
   やさしい恵み手の
   奇蹟のような日常の
   たまものをともに受けたまえ
   新しいめおとよ。
              ・
   花々を咲かせた 春の女神が
   身をくねらせて   
   しばらく ためらってから
   思い切ってつと 衣替えして
   さっと緑のころもをまとうまでの中休み
   新しい みどりの風が
   六甲の谷を 吹き抜けようと 
   ひそかに 待ち構えて
   時が けだるく止まっている 今
   女神が 透き通った素肌を かいまみせる
   静けさの ひととき
   いままさに 長い友情は
   新たな親密に 変わろうとする。

   昨日生まれた
   あざやかな 浅みどりには
   けぶる 新芽の春の 幼さが
   まだ ただよってる
   つやを おびた樹々の春の 幼さが
   まだ ただよっている
   つやを おびた樹々の幹の
   蜘蛛手に 交じりあう枝が
   葉ごもりに なお透けてみえる
   幼い手を いっせいに振る
   やわらかい葉の
   ふるえるような
   かそかな そよぎに 祝われて
   新しい夫婦が よりそう
   やさしく しかし しっかりと
   やがては五月さつきの
   晴れわたる大空に 枝葉を
   ほしいままに蒔き散らす 新緑の
   重なる樹々の葉の葉裏を ひるがえして
   白いさわめきが
   森を駆け抜け
   また駆け抜けるだろう。
   しかし
   二本でありながらひとつの
   きみたちの樹の
   みずみずしい根は
   いつも水みちを
   さぐりあえてあやまらず
   あふれる樹液が枝の末までをうるおして
   ついに尽きないだろう
   いつしか伸びた樹の
   繁る葉ごもりに
   珠の実がみのるだろう
   しっかりと大地をふみしめる きみ
   きらやかなかがやきを秘める あなた
   すぎゆく春の 余韻と
   さかんな夏の 予感とがとけあって
   やさしさとやさしさが
   一つの妙なるやさしさになろうとする今
   さあ
          おしみない拍手をおくろうではないか。
             ・
   長い待機のときは終り
   艫の泡は矢つぎに早に繰り出され
   見送りは たちまちもやにうすれて
   あいだの海面はみるみるひろがる
   みなれた森のつななりはどこか?
   親しかったビルの並びは?
   ひとつにひろがっていた地平は?
   なれ親しんでいた陸景は 
         もはや色のいりまじる一刷毛である。
   隠れていた二つの塔が大きく自己主張し
   三本のポールがたかだかと目じるしを掲げ
   四基のタンクのつらなりが海岸線を
         支配して
   へだたっていた町の港は一つにとけあい
   山なみは新しい谷をまとい 
         新しい稜線をいただく。
   それも ひとときの おどろき  
   やがて 
         かがやく海はひとつの大きな円盤となり
   光る空は壮大な天蓋となる。

   「ついに沖に出た」という 
         このかけがえのない感覚
   あらあらしい四つの元素に
         いだかれる出発よ
   きみたちは ついに 沖に出た
   大きな海景にとけこむ帆にむかって
   わたしたちは 今 
         祝のさかずきを挙げる。

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